いま、目の前で起こっていることが理解できなかった。

「あれ程言ったのに、お前はまだこんなことをやってたのか!」
 参考書を買ったときに、余ったお金を貯めて。
「こんなことをしている暇があったら、もっと勉強しろ!」
 学校の教材だと、足りない色を買い足して。
「もし学校落ちたらどうするの!? お母さん外歩けないわ!!」
 その筆は、美術部の先輩からもらったもの。
「その程度の才能で、一生食っていけるわけ無いだろ」
 その絵の具は、クラスメイトが誕生日にくれたもの。
「みっともない事するな!!」
「恥ずかしいことしないでちょうだい!!」
 その絵は――――俺が……


カサブタ


 必死にかき集めた。
 ジグソーパズルみたいに、破れた所をつないだ。
 今机の上には、ちぎれた青しかない。
 それ以外は、全部捨てられた。
 破られたのは、絵じゃない。俺の時間と、絵にこめた思いと……

『すごいな!!』
『キレイ……』

 目がぼやけて、青が滲んだ。
 一粒、何かがこぼれた。
 もう戻らないとわかった瞬間、どうしようもないほど叫びたくなった。
「――――っ、う……っぁ……」
 ちぎれた青を、ゴミ箱に叩き込んだ。
「あ……あぁぁぁぁぁ!!」
 本棚の参考書を床に捨てる。
 好きなアーティストの画集を破り捨てる。
 今まで隠しておいたスケッチブックを、カッターで引き裂く。
 一通りやった後、疲れてベッドに寝転んで目を閉じた。
 目が覚めたって、コレが夢じゃないことはわかっていた。
 でも、目が覚めたら――もう一度あの絵が破られる前に戻っていたら良いのにと……期待した。


   *   *   *   


 気が付いたら病院だった。
 何が起こったかわからずに、そばにいた医者や、マネージャー、監督の顔を見渡す。
 皆、なぜか辛そうに、マネージャーは泣きそうに顔を歪めていた。
「――――どうしたんですか?」
「――――……寛人君……」
 俺が声を出すと、マネージャーが泣いてしまった。
 監督は、相変わらず辛そうに顔をしかめている。
 様子を察したのか、医者が口を開いた。
「高階さん……非常に残念ですが――――あなたの足は、もうバスケットボールが出来ません」

 一瞬、何を言われたか理解できなかった。

「試合中に肩から転倒した時、膝を強打して」
 ちょっとまって、俺、バスケで朔に行くって……
「激しい運動は不可能。リハビリしだいで歩いたり、軽い運動は大丈夫ですが」
 バスケ出来なくなったら、特待生になれないし。
「長時間膝に負担をかける行動・行為は難しいでしょう」
 こんな話……母さんに知られたら――……
 震える手を見て、医者は『また明日、詳しい話をする』といって出て行った。
 気が付いたら、マネージャーも監督もいなかった。

 朔のスポーツ特待の条件は、推薦にあげられたスポーツで功績を収めて、三年間、その部活で功績を挙げることを約束された生徒であることが条件で、今の俺は、もうバスケが出来なくて。
 どっと背中を冷や汗が伝う。あのときも、そうだった。
『何で落ちたの、なんで!? どうして!? 寛人じゃないの、お母さんが恥かくのよ!!』
 誰もいなくなった病室で、俺は枕を抱きしめてぎゅっと目を瞑った。
 まぶたの裏には、いつかの試合の時に見た、青の絵。
「――――助けて……」
 明日になったら夢になっていることを祈って、俺はそのまま朝まで寝むった。





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