ヤサシイキロク

 やけに、昼休みまでの時間が長く感じた。
 もう後に引けない。覚悟を決めて、俺は二見の机に近づいた。
「二見、ちょっといいか?」
「なに、青春のお呼び出し?」
「ちげーよ」
 簡潔に、屋上までくるように伝えると、二見は目を丸くしていた。
「やっぱり青春のお呼び出し系?」
「――んな物騒な呼び出ししねーよ」
「ちがうちがう、甘酸っぱいほう」
 小さく微笑む二見に、思わずスケッチブックを落としそうになった。


「んで、何ですか?」
 外は晴れていて、風も穏やかに流れている。俺たちは、いつもの給水塔の脇に並んで座っていた。緊張してきたせいか、手のひらが汗で湿ってる。
「――ほらよ」
 何を言おうか考えていたわけじゃないけど、結局いつもの口調で、封筒を投げるように渡した。
 少し目を瞬かせた二見が、中身を確認して、もう一度瞬きをした。
 そりゃ、何かを書き込まれた形跡のあるスケッチブック一冊は戸惑うよな……なんて思いながら、一緒に持ってきた紙パックの牛乳を一口すすった。

「――――……あの……」
「何だよ」
「うん、気持ちはすごく嬉しいんよ……何かこう、私物って感じが。でも……」
 やっぱりコイツ、何か勘違いしている。でも、この場で見られるのは少し――いや、結構恥ずかしい。
 その時、かすかに紙のこすれる音がした。

「―――――――……金沢さん」
「何だよ」
「――――アナタ、俺を殺す気ですか?」
 ちらりと視線だけで二見を見ると、首まで真っ赤になった二見が困ったように俺を見ていた。
「言っとくけどな、一冊丸々になっちまったのは、紙を破って捨てるのがもったいなかったんだ。他意はねーぞ」
「いや、でも……あぁ〜〜もう!!」
 そう叫んで、二見はスケッチブックを抱きしめた状態で体育座りをした。もちろん、顔はスケッチブックで見えない。
「――――アリガトーゴザイマス、一生大切ニシマス」
「いっそ、家宝にでもしてくれ」
「ハイ、喜ンデ」
 とりあえず喜んでもらえたみたいで、俺は満足した。まさか、二見がココまで動揺するとは思わなかったけど。
 飲み終えた牛乳のパックをクシャリと潰すと、顔を上げた二見と目が合った。
「どこで見てたんよ、この顔とか……」
「毎日顔合わせりゃ、嫌でも目に入るだろ」
「てゆーか俺、すごい損した気分」
「何が」
「こんなにアナタに見つめてもらったのに、ぜんぜん気付かなかったなんてなぁ……」
 本当は、一枚に絞ろうとした。
 でも、描いているうちにどの顔も全部二見だから、捨てるのが惜しくて、手元に何て残しておいたら――自分の絵なのに、キレイに保存して飾ってしまいそうで。
 だから、いっそのこと全部本人に渡してしまいたかった。
 一番好きな、笑顔の絵なんて定着スプレーまでしてある徹底振り――もう、いっそ笑いたい。
「ねぇ」
「何」
「アナタからみた俺って、こんな顔してるんだ」
 不意に呼ばれて振り返ると、スケッチブックと並んで、同じ顔で笑っている二見。
 あぁ、同じだ。一番好きな、笑顔。
「ありがと」
「どういたしまして」
 そっと落ちた頬へのキスに、俺はおかえしに唇に落としてやった。










―――――――――
顔に触っていたのは、二見の顔の影までちゃんと描きたかったから。
ちなみに、スケッチブックの大きさはA4です。
寝顔とか、窓見てるところとか、困った顔とかで埋まってます。
実は、色つけてあるのは笑顔のだけで、他は鉛筆で簡単に(といっても、結構細かく)描い
ただけ。
多分、次の日から二見さんは、その絵を見ながらにやける日を送ると思います。
ここまで、ありがとうございました。

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