彼を見つけたのは、かなり涼しい季節だった。
買出しの帰り、屋敷の裏門の所に倒れていたのだ。
落ち葉が鮮やかに赤く色づいているから、初めは死んでいるのかと思っていた。
でも、僅かにまぶたが動いたのと、彼の手が俺の腕を掴んだ事で、生きているのだと知った。
そして、ゆっくりと開いた目が、落ち葉と同じ色をしていて――俺はそれから、目が離せなかった。
『たすけて』
しばらく放心していると、彼の口から異国の言葉が漏れた。
それは、俺の良く知っているもので、昔逃げてきた国と、敵対していた国のものだからだ。
なぜ覚えていたかと言えば、単に自分が一度捕まった事があり、その時、物好きな兵士の一人がやたらと話しかけて来たからだ。
その時の人ではないが、こんな所でまで会うのは、あまりいい気はしない。
それでも、助けてと意思表示をしてきた以上、無視をするのも気が引けた。
「歩けるか?」
問いかけに、彼が首を横に振ったのを見て、一旦荷物を置いてから、若干彼の足を引きずりながら、屋敷へと招き入れた。
これが、自分の相方であり、恋人との出会いだった。
月の剣士と太陽の術師
〜序・ことの発端〜
「指輪が、盗まれただと」
「はい。先ほど、宝物庫から帰ってきた衛兵の話しでは、中は荒らされておらず、ただ、指輪の類だけが全て無くなっていると」
兵士の言葉に、書斎で書き物をしていたエルゼルは、動揺のあまり、勢い良く立ち上がり、唸り声を上げながら枯れ枝のような細い指で頭をかきむしった。小柄ではあるが、心労や過酷な責務からかなりやせ細っており、三十代後半ではあるがそれ以上に年を取っているように見える。
しばらくはかき乱した髪のまま、ぶつぶつと独り言を呟いていたが、ふと彼はある事に気がつき、手を止めた。
「全ての指輪が、無くなっていたのか?」
急に話を振られた兵士は、少しどもりながらも答えた。
「は、はい。確かに、そう報告が入ってきております」
彼の答えを聞くなり、エルゼルは力なく膝からくず折れ、床に突っ伏した。その顔色は青く、冷や汗が滲んでおり、小刻みに全身を震わせている。
余りにも酷い狼狽振りに、兵士は慌てて彼の側に寄り、助け起こした。
「エルゼル様、どうなさいました、しっかりして下さい!」
「なんと、いう事だ……なんという事だ、あってはならない、こんな事、あってはならないのに!」
エルゼルは主に財務管理を行っており、城内で保管している宝物の管理も彼の仕事の一つだ。実際、今彼が書いているものこそが、管理している宝物の目録だった。
書き途中の紙をくしゃりと強く握りつぶし、まだ乾ききっていなかったインクがこすれて、文字が潰れてしまう。
「王の涙が、持ち去られてしまったと、いうのか……」
その指輪には、不思議な力があった。
生あるものには、恒久の安寧を与え、その身が朽ち果てるまで財は豊かに、心安らかに国を治めていける力を。
死あるものには、生前の姿を保ったまま眠る事ができ、それを身に付けた者の力を永久的に保持する事が出来る。
だからこそ、人々はその指輪を欲しがった。
【王の涙】
そう名づけられた小さなダイヤをはめ込んだ、一つの指輪を。
嘆きながら、兵士の腕をすがるように掴むと、はたとエルゼルは気がついた。
王の涙には、不思議な力の他に、もう一つある秘密があった。
心の中で祈りながら、彼は再度兵士に問いかけた。
「殿下――アルシス殿下は今、どちらに居られる」
「夕刻から、体調が優れないと、自室におられますが」
「すぐに確認してくれ」
「は?」
一瞬、眉を寄せた兵士の目が、丸く見開かれた。エルゼルの顔色が余りにも真っ青だったのだ。
「早急に見てまいれ! もし、もしもあの方が――あの方が……!」
姿を消していたら――
彼が叫ぶ前に、兵士は部屋を飛び出しアルシスの自室のある三階まで急いだ。
無礼を承知で、ノックもせずに扉を蹴破る勢いで開けると、暗い部屋の中、正面の大きな窓が開け放たれていた。
直ちに彼は、全部隊に伝え、日が変わろうとしているにも関わらず、王の耳にも余さず伝えた。寝入り端に叩き起こされた王と王妃は不機嫌になりながらも、話をすべて聞いた途端、顔を真っ青にさせ、早急に自国全ての領主官僚たちに、アルシスの捜索をするよう書状を出した。
このときは、誰も気付く事は出来なかったのだが、アルシスが居なくなってすぐ、彼の護衛を行う者も一緒に姿を消していた。
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