レフィスの言葉に、クロムたちは思わず目を丸くさせ、再度絵を見直した。だが、その絵にある顔は、愛らしい少女そのものにしか見えない。

「殿下、って……その絵の奴、男なのか」

「僕も、てっきり女の子かと」

 二人の発言を聞き、ベスティオは、彼らにつかみかからん勢いで吼えた。

「アルシス殿下は、ルゼルリアの生きる宝石であり、神が使わした天使のような愛らしいお方! 性別なぞ、あの方の前では何の意味も持たないのだ!」

 と、息巻く彼に対し、クロムは若干引きながらも。投げやり気味に相槌を打っていた。そこでふと、ギルベットが気になっていた事を尋ねた。

「その、アルシス殿下の親衛隊の人たちが、何でここに? さっきもクロムを見間違えたみたいだけど」

 そこで今度は、レフィスが先ほどのベスティオと同じように吼えながら答えた。

「殿下は、誑かされたのです! 心優しいあの方の好意を――ある男が逆手に取り、まだ恋も知らぬ殿下の心を弄び、そのまま殿下は、殿下は……国の至宝を持ち出し、あろう事か姿を眩ませてしまったのです!」

「そして、我らの特殊な情報網で、殿下らしき人物が件の輩とこの国を訪れたと聞き、探していた矢先にお前たちを見つけたのだ」

「だが、人違いとなった以上、もはや殿下がどこにいるのか、分からなくなってしまった! くそっ!」

 言いながら二人は、悔しそうに拳を地面に叩きつける。その姿に、彼らの殿下に対する心は本物であり、情報に嘘はないとは思えた。でも、肝心のアルシスの行動が、クロムたちには正直理解できなかった。

「仮にも、一国の代表になりうる王子様の行動が、軽率すぎないか?」

「だよね。深窓の令嬢でも、もう少し警戒心あるよね」

 そんな二人の呟きは聞こえていないのか、しきりにベスティオたちは己の否や、アルシスを誑かしたという男について盛大に吐き捨てていた。

 内容については、聞くに堪えない暴言の嵐だったため、クロムたちも何度か口を挟もうとしたが、勢いの止まらぬ二人は、ただ思いの丈を振り上げた拳と共に、地面に叩きつけていた。それも、かなりの力で。

「どれだけ殿下とやらは聖人なんだ」とか。

「殿下は十五と言ってなかったか」とか。

「アマンダ様の方が、よっぽど自由に生きてるな」とか。もはや彼らは突っ込む気も無かった。

 そして、粗方溜まっていた鬱憤を晴らしてスッキリしたのか、ベスティオたちは揃ってクロム達に向かい恭しく跪いた。

「時に、お二人の力をぜひお借りしたい。我等と共に、殿下を探し出し、無事、国へと送り届けるのを手伝ってくれないか」

 下着一枚で跪く姿は滑稽ではあったが、問題とすべきはそこではない。

「いや、あの……俺たち急いでるんで」

 よくよく考えたら、二人を伸したり話を聞いたりしているうちに、少なく見積もっても、三時間以上は経っているのだ。

 正直、これ以上彼らに構いたくないクロムとギルベットは、そそくさとその場を後にしようとした。

 だが、ベスティオたちも引かない。

 二人は、クロムの腕や肩を掴み、何とか引きとめようとしていた。

ちなみに、ギルベットに手を掛けなかったのは、単純に彼がほんの少し先を歩いていたことと、体格差を考え、一番引き止めやすそうな彼を選んだに過ぎない。

「もちろん時間は取らせない。ようは殿下を見つけ出せさえすれば良いんだ。簡単だろう?」

「簡単って、どこに居るかもわからない奴を、どうやって短時間で探せってのさ!」

「そこを何とか、国に帰ったら、礼は弾む」

「国って……ルゼルリアなんて西の彼方まで往復したら、夕食に間に合わないだろ! 屋敷の人たちは時間にうるさいから、遅刻すると叱られるんだよ!」

「ではこちらも晩餐に付き合おう」

「いらん!」

 振り払おうにも、仮にも相手は軍人。

 身動きの取れないクロムは、何もされていないギルベットを恨めしそうに睨むと、彼は小さく微笑んだ。

「じゃあ、僕は先に帰るね。二人して遅くなるより、一人先に帰った方が、言い訳しやすいし、ね」

「ちょ、薄情者!」

 ヒラヒラと手を振って去っていったギルベットの背中に、クロムは思い切り罵声を浴びせた。





 何とかルゼルリアの兵隊を振り払い、屋敷に着いた時には、すでに日が暮れかけていた。

――……酷い目にあった」

 がっくりと肩を落としたクロムは、荷物の中身を確認すると、真っ直ぐに調理場へ向かう。

そこには丁度、芋の皮向きをしていたディディと、何人かの料理人がスープの下ごしらえをしていた。

彼はディディの近くによると、買ってきたものを料理台の上に置いた。

「ディディさん。アンヌさんから頼まれたの、買ってきた」

「遅かったですね。そんなに遠い所まで行って来たのですか?」

「帰りに、変なのに絡まれたんだ。あと、ギルは先に帰ったはずなんだけど、まだ帰ってきてない?」

「彼なら、エリオットと一緒に、お嬢様の所にいるはずですよ」

「ん、ありがとう」

 彼女にお礼を言うと、すぐさまアマンダの部屋へと向かった。 

 彼女の部屋は、東館二階奥、つまるところ一番突き当たりにある。西館にある調理場からでは、中央館の大階段までまず行かねばならないため、自然と早足になった。

 クロムが二階に付いた時、丁度話が終わったのか、ギルベットとエリオットが、連れ立って歩いている所だった。彼に気付いたギルベットは、目を丸くして尋ねた。

「あれ、遅かったねクロム、そんなに手こずった?」

「おかげさまで、スッポン並みにしつこかったよ」

 若干嫌味交じりで答えると、ギルベットは苦笑しながら、クロムの髪を撫でた。その時、彼の隣に居たエリオットに視線を移すが、何の表情の変化も無く、ただ溜息をついていた。

 彼――エリオットは、アマンダの教育係であり、世話係をしている。その容姿は、一縷の隙も無いほど美しく、撫で付けられた青味の強い黒髪の、少し長めの襟足がセクシーなのだと女性の使用人に人気が高い。

そのため、同じように高身長美形のギルベットと並び歩いている所を見ては、彼女達がうっとりと溜息を零す様を、クロムはちょくちょく見てきた。

 だがその実、エリオットが敬愛し、崇拝するのはアマンダだけだ。

それはまさに訓練された犬のようで、彼女が言えば、どんな無茶な事であっても、それを忠実にこなして見せるが、それ以外の他人の命令等は、基本受け付けない。例え、それが神であっても、遂行する事は無いだろう。

 ようは、全く融通が利かないのだ。

「時々は、あんたが代わってくれたっていいのに」

 と、クロムがぼやいた所で――

「私は、お嬢様の命ならば、喜んでどこへでも行きますが、貴方に指名がある限り、私の一存だけでは動く事はできません」

 と、実にそっけない返事だけが返ってくるだけだ。

「本当、忠誠ってアンタのためにある言葉だな」

 少し皮肉を込めたクロムの言葉にも、ただ一礼して去る姿が板につき過ぎて何となく腹立たしい。

 結局、何の用件かも分からないまま、クロムはギルベットの腕を強引に引いて、その場を後にした。

 だから彼は、すっかり忘れていた。

ギルベットが、アマンダに呼ばれた理由。

この後クロムは、なぜギルベットにすぐ聞かなかったのか、後悔する事になる。

 

 

























<その後の5行あらすじ



 ・闇競りへようこそ!

 ・王子様発見

 ・ギル様覚醒

 ・女装は基本

 ・お嬢様のお通りです


   __この続きは、本でどうぞ。







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