〈続き〉

「どういう仕組みなんだ、これは?」

「どうって……見たままです。箱に詰めたものの名前が浮かぶだけですよ」

「それはとても便利じゃないか」

 頷きながらまじまじと箱を眺める男に、コルクはふと考えた後こう言った。

「じゃあ、この箱代と十体分合わせて一〇万Gでどうですか?」

「――ずい分と水増したじゃないか」

「そうですか? 箱代が九万、置物が十体で一万ですよ」

「それを世間ではぼったくりというんだ」

 呆れたように肩を落とした男に、コルクは小さく笑って肩を竦めて見せた。

「冗談ですよ。そうですね、二万ではどうですか?」

「もう少し負けてもらえないか。先ほどの金額に、私の心臓が息切れを起こしそうになったからな」

「では、二万1Gで」

「それは負けていない。というか増えてるじゃないか」

「では一千――」

「買った!」

「一千万Gですね。ありがとうございます」

「――大人をからかうのも大概にしないか、少年」

「人と話すのが久しぶりなので。じゃあ、一万Gで」

「――妥当な所か……」

「ちなみに、犬の方っていくら位だったんですか?」

「5万だな」

「じゃあ、こっちも負けずに五万1Gで」

「おい、さっきの一万は何だったんだ」

「気の迷いです」

「君は、アレを売ってくれるのかくれないのか、どっちなんだ!」

 何だかんだとやり取りしているうちに、男がついに怒りを見せた。潮時を感じたコルクは、近くにあった注文書へ商品名と金額を書き記すと、彼の前に突き出した。

「冗談はさておき、この牙細工のお守り十体は一万Gでお譲りします。手持ちが足りない、もしくは無い場合は、これに見合うものを何か見せてください」

 男はため息と同時に、懐を探る。

 【橋の下】に降りるのに、少し冒険をしたため落としていないか心配だったが、財布は難なく見つかった。

 ただ、問題は中身だった。

 もちろん、ずっと探していた牙細工シリーズにいつ出会ってもいいように、常に一定金額を財布に入れるようにはしていた。とはいえもちろん、一体ずつ見つかった時の事を想定しての額なので、大した金額は入っていない。値切るにしても、先ほどのやり取りから察するに、コルクは一万G以下に下げる事は無いだろう。取り置いてもらうにしても、男の住居は【中央階段街】の三階街。おいそれと通える距離ではない。

かといって、せっかく見つけたものをみすみす逃すわけにはいかなかった。服や財布、挙句にはいつから持っていたのかも分からない小袋等を攫っているうちに、ある物に気付いた。

それは、男が知り合いの冒険者からもらった【お土産】。

藁にも縋る思いで、彼は財布の中身全てと、お土産をカウンターの上へ並べた。

「交換でも、構わないと言ったな。少年」

「はあ。まあ」

「では、これでどうだ?」

 男が差し出してきたのは、金貨が五〇枚と、薄い板状になった青い瑪瑙が十枚。時々、その表面に幾何学模様が蛍のように浮かんでは消える。本来ならば不気味なはずのそれに、コルクは不思議とほっとした。

「これは……」

「まあ眉唾物だが、ある不老不死の生物の心臓――らしい」

「ふろう、ふし?」

「ブルーイクス」

 その名前に、コルクはぴんと来た。

 それは、創造神話に出てくる神の名前。

 

――曰く。

『創始の神はありとあらゆるものを作った。

空、海、太陽、月、星、大地、植物、動物。

全てが満ち溢れた瞬間、神は満足し、天から地上を眺めた。

時が経つと、神が作ったはずのものたちは各々でつがいを見つけ、種の繁栄を迎えていた。

だが、種が繁栄すればするほど神は孤独になり、やがては己と同じ姿を持つものを作り上げた。

しばらくは平穏な時が続いたものの、人間までもつがいを見つけてしまい、再び孤独になった神は耐えかねて地上を荒らし、暴れまわった。

天を、地を、海を荒らす【神】であった彼女を止めるため、原始のモノが生んだ『最初の人』により、好きに動けぬよう心臓を抜き取られ、体もバラバラに刻まれた。その後、神であった筈のそれは、気付いた時には体と心臓を捜すために獣の姿を借り地上を彷徨い歩いている』

――というもの。

 

確かに、ブルーイクスという獣は、名の通り淡く青い半透明の毛波をもつ鹿のような生き物で、かなり俊敏な上、頑健な身体をしている。

並大抵の人では到底狩ることが出来ないうえに、たとえ一度倒されても、一週間もすれば新しいブルーイクスが現れる。なのに、群れでいるわけでも、親子でいるわけでもない。ただ一匹が、増えもせず、減りもしないタイミングで復活するのだ。

そんな美味しい生き物を、人々が目を付けないはずは無い。全身余す所無く高級材料のそれは、偽者も含めて、かなり高額で取引されていた。

「もし、露天か何かで押し付けられたのでしたら、偽者だから、期待しない方がいいと思いますよ」

「いや、これは友人が自分で狩ってきた物だと言っていた。それに、今私の手持ちはこれだけだ。本物か偽物かはさておき、この青いものも瑪瑙の一種なら、何とかならないか?」

 コルクは悩みながらも、引き出しから拡大鏡を取り出し、丁寧に観察していく。

アレだけ乱暴に仕舞われていたわりには、目立つ傷も、目立たない傷も無く、まるで油でも塗ったように艶やかな光を湛えている。

これがもし、本当に【不老不死の生き物】で、【原始の神の心臓】であれば、喜んでお守りと交換できるし、本当に【神の心臓の一部】であることが証明されれば、あの牙細工とつり合うどころか、大量のおつりが出るくらいだ。

だが、本物だと断定できる証拠が無いし、根拠も無い。

彼は、小さく溜息をつくと、男に羽ペンを差し出した。

「わかった。じゃあこのお守り十体は、三五Gとその石でいいです。それで納得したのなら。ここにサインを下さい」

「も、問題ない。ありがとう少年!」

 男は嬉しそうに注文書へサインすると、お守りの入った箱を抱え、いそいそと店を出て行った。

 短時間とは言え、まるで嵐にあったかのようにコルクの心はぐったりとしていた。

「ほんと、何でああいう濃い客しか来ないかな、うちって」

 カウンターに縋りつくように腕を伸ばしていると、再び店の扉が開いた。

 取り繕う気も無くなっていたコルクは、その体制のまま顔を上げた。

「いらっしゃいませ」

「――ずいぶんだらしない格好してるわね、コルク」

「――なんだ、エルか」

顔見知りかつ常連客ということで、よりだらけた彼に、フェルリアナは肩を落として近づいた。

「いくら私の前だからって、だらけないでよ。もう」

「今日は何のよう? 頼まれてた物は無かったはずだけど?」

「あのね、お店に来るのに理由が必要かしら?」

「少なくとも、欲しいものがあるから来るんだよね?」

「冷やかしや、お話し相手になってもらいたいから、ってのもあるわよ」

「――そういうのは、別のところでやってよ」

 ようやく身体を起こしたコルクは、一度店の奥に引っ込み、しばらくすると少し不恰好なカップと、いつものティーポットをトレイに載せて戻ってきた。

 すかさず、フェルリアナは近くにあった椅子を引き寄せてカウンターの近くに座ると、持って来たカップがいつもと違う事に気付いた。

「あら、いつもは前使ってたのはどうしたの? 気に入ってるって言ってたのに」

「不慮の事故で割っちゃったんだよ。これは代用の」

「ふーん」

 若干興味無さそうな返事と共に、注がれるお茶へ視線を向ける彼女に、コルクは溜息をつく。

並々と、琥珀色の液体がカップに満ちた所で、フェルリアナはすかさず近くにあったカップを手に取り、それを口に含む。

香りから、ハーブ系のものかと思いきや、生姜や胡椒等の香辛料の味が広がり、思い切り咽てしまう。

恨めしそうにコルクを見やれば、そ知らぬ顔で自分の分を飲んでいた。

「ごめん、今回のは従姉妹が調合に失敗したって押し付けられたのだから、美味しくないかも」

 こういわれてしまうと、彼女は何も言えなくなる。

 というのも、フェルリアナが尊敬し、かつ恋心を抱いているのが、その従姉妹だからだ。

「――わ、私じゃなかったら、こんなお茶、絶対許されないんだからね!」

「知ってるよ」

 営業スマイルを浮かべるコルクに、フェルリアナはつんと顔を逸らした。その先には、先ほど男が置いて行った板状になった青い石が残されていた。

好奇心が疼いた彼女は、その中の一枚をそっと手に取った。

「これ、どうしたの?」

「例によって、お客さんが置いて行ったんだよ。あ、そうそう。エルが持ってきたあの置物――っていうかお守り、売れたよ」

「あら、いくらって言って、ふっかけたの?」

 コルクが、事のあらましを簡単に説明すると、彼女は納得したのか、己の手に持っていた石を眺めながら嘆息した。

「なるほどね。でも、確か心臓って全部で八八一枚にスライスされちゃったのよね」

「どんだけ薄切りにされたのさ、神様の心臓」

「さあ? でもこれで、『この心臓を全部集めたい』って奇特な人が居たら、ふっかけてやれるじゃない」

 そう言って笑うフェルリアナに、コルクは彼女の方が商才あるのでは――と内心感嘆した。

 

 

*  *  *

 

 

 それから。

 あの心臓を手に入れてから、噂が広がって忙しくなった――なんて事は無く、いつものように暇だった。

 とはいえ、何もしないというわけにはいかず、掃除や売り物の在庫チェック、配置変え、頼まれていた薬品や小物の作成等、やる事が少ないというわけでもない。

だが、それらも終わってしまえば暇になる。

「どうするかな」

他にやる事といえば、売るにも作成にも必要な素材を集めに行くくらいだ。丁度、お茶と香水に必要な植物のストックが切れていた。これ幸いと、素材集めという名の散策のため、勢いよく店から飛び出した。

すると、どこからか美しい音色が聞こえてくる。

思わず立ち止まり、しばらく時を忘れて聞きほれていたコルクは、音がやむと同時にはっと我に返る。

慌てて辺りを見回すが、発生源らしいものや人はいない。だが、周りに居た人々が空に視線を向けていたので彼もつられてそちらを見る。

どうやら、第二階層街で誰かが、ヴァイオリンを弾いているようだ。

コルクの店を覆っている植物達のせいで、奏者の性別は分からない。それでも、流れる水のように滑らかで、ヴァイオリン自身が歌っている様な音を、コルクはすぐに気に入った。しばらくは聞き入っていた彼だったが、曲が終わった瞬間我に返り、外に出た目的を思い出した。

 ――だから、このまま近くの森へと向かったコルクは知らない。

数日後、この音色の持ち主と鉢合わせをする事を。

 

 

 

 その2へ つづく。



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  *  *  *  *  * *


 小休止。

 駅裏の高架橋を眺めながら、『高架橋の下とか、橋の下にある店っていいな』と思ったときに出てきた話。
 んで、煮詰めていった結果――
 【閑古鳥の鳴く店でまったり過ごしながら、ある意味でスローライフを満喫する少年店長】が出来上がりました。

 この店が潰れないのは、定期的にお金を落としていく常連客と、店長自身が適度に別の店の依頼を受けているため。