番外の番外〜将軍様の恨み言〜

 

 遅すぎる初恋の相手は、山猫のように鋭い目つきの少女だった。

 白状すれば、視線を合わせた瞬間には、すでに心を射抜かれてしまっていた。

「君は、本当に騎士団への入団希望なのかい?」

「はい」

 きっぱりと告げたその声は、明度の高い泉のように澄み切っていた。

 

         * *

 

「おい、今日は一本多いぞ」

「わかってるよ」

 大きな溜息のように、ルドールの口から大量の紫煙が吐き出される。

 普段は見られないような落ち込み様に、カンバードが呆れたように笑った。

 今でこそ上司と部下になるが、二人以外に人が居ないときはただの友人に戻る。

 そして彼は、ルドールがここまで落ち込んでいる理由を知っていた。

「せっかく見舞いに行ったのにな」

「うるさい」

「仲良かったよなー、あの二人」

「うるさいって」

「建前を作る為にわざわざ自分の団全体の見舞いをしたのになー。ざーんねんだったな、先を越されて」

 その言葉に、ルドールは目を見開き、一瞬で顔を真っ赤に染めた。

「別に、俺はそんな、羨ましいとか思って――!」

「るんだろ? そう言うって事はよ」

 語尾を引き継ぎ、ニヤニヤと笑う友人に対し、ルドールは吸いかけの葉巻を思い切り近くの窓枠に押し付けた。

 騎士団を取りまとめているスウェルブより、騎士団がほぼ壊滅状態と聞いた瞬間浮かんだのが、彼女の安否だった。

 だが、次々と報告される被害状況と、欠員してしまった分の兵力の確保などに追われているうちに、ルドールが預かっている団員達の見舞いに行く時間が、全く取れなかったのだ。

 やっと周囲が落ち着き、様子伺いの為に団員達の部屋を訪れる事が出来たのが、つい最近になってからだ。

 あまり思い出したくないことを思い出してしまい、ルドールは小さく舌打ちをすると、そのまま踵をかえした。

「おーい。どこ行くのさ」

「いつもの所だ。最後の鐘までには戻る」

 カンバードの問いに短く返すと、彼はそのまま後ろを振り返らず歩き去っていった。

「だって。どう思う? ランゲル軍団長」

「あれ、ばれてましたか。バード団長」

 ルドールの姿が完全に見えなくなると、カンバードは近くの大木に話しかけた。

するとそこから、困ったような笑みを浮かべたランゲルが出てきた。丁度オルカを厨房に追い払い、稽古用の剣をしまいに倉庫に立ち寄った帰りだった。

 聞き覚えのある声と、最近よく似た状況に立ち会った事もあり、こっそり聞き耳を立てていたのだ。

「大概、君の妹もブラコンだけど、君もシスコンだよね」

「そうですかね」

「だってそうでなかったら、わざわざ火傷しない温度まで下げて、くず湯渡さないでしょうに。しかも、本人の好きな味までわざわざ付けてもらって、さ」

先ほどと同じように、からかいを含んだ笑みを浮かべるカンバードに、ランゲルは乾いた笑い声をあげる。

「ま、妹が可愛いのは分かるけどね。可愛がるのも、甘やかすのも、そろそろ兄貴からのは程ほどにしとけ。周りが、いらんヤキモチ妬くだけだからな」

「心得ておきますよ」

 ランゲルはそう返事をした後で、彼にも年の離れた妹が居り、溺愛していることを思い出した。

 そんな事をぼんやりと考えていると、突然カンバードがワザとらしい咳払いをした。

 不思議に思いランゲルに視線を向けると、含み笑いを浮かべながら彼は口を開いた。

「そうそう。ルドール将軍がよく行く酒場、『三毛猫亭』の酒が恋しいんだよなー。誰か、樽で買ってきてくれないかなー」

 その言葉が意味する事を読み取り、ランゲルも苦笑を浮かべた。

「分かりました。多分樽は一つでは足りないと思うので、義妹と一緒に、『三毛猫亭』の酒を取りにいきますよ」

「ん。よく出来た部下を持つと、頼もしいね」

「不機嫌な上司を宥める為ですので」

 互いに溜息をついて顔を見合わせると、二人は同時に噴出し、ひとしきり笑うと、がっちりと握手を交わした。

『幸運を祈る』 

 そして、ランゲルはオルカの元へ、カンバードはセルストの元に向かった。





 番外の番外〜将軍様の恨み言・了〜







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