一の巻
「青葉の頃」
補遺・後編



 誠之進が三郎の耳朶に軽く歯を当てると、小さく息を飲むのがわかった。
しばし会話は途切れ、襖の脇に立ったまま、誠之進は柔らかく三郎を抱きしめていた。
ややあって、三郎の両手が滑るように誠之進の腰帯に回ってきた。
白絹の寝間着の下、じわりと熱を帯びてきた三郎の肌が、誠之進を誘う。
逃さぬよう三郎の腰を抱き返しながら、耳の裏や清らかな項へと、味わい尽すように唇を這わせた。
「誠之進…っ」
三郎がわずかに仰のいて、こぼれる吐息とともに誠之進の名を呼んだ。
昂り始めたとき、先を促す三郎の声だった。

(私も…これ以上は待てませぬ)

 誠之進は今度こそためらいなく三郎をかき抱いた。
すくい上げるように横抱きにすると、反転して寝間の中へ戻り、夜具の上に片膝を付き三郎を降ろした。

 有明行灯に照らされた仄暗い寝間で、艶めいた瞳が誠之進を捉える。
絡め取られるように、誠之進はゆっくりと三郎の上に覆いかぶさった。
「誠之進…」
三郎が両腕を上げ、寝間着の袂から滑らかな前腕が露になった。
しなやかな腕で誠之進の首に抱き縋りながら、
「…そなただけじゃ」
三郎が切迫した声音で告げた。
「若…っ」
誠之進は手のひらでそっと三郎の頬を撫でた。
「わた一一」

 私もです、と言いかけたところを、三郎の唇に遮られた。
三郎は自ら舌を差し入れ、誠之進の舌を誘い出すように動いた。
誠之進が応じると、三郎は一旦薄く目を開け、ふたたびゆっくりと瞼を閉ざした。
誠之進はしばし三郎に主導権を預け、するがままに任せた。

(私も…命ある限り、若おひとりと心に決めております) 

 心の中で何度も念じながら、誠之進は三郎の口づけに応えた。
その合間にも、誠之進は三郎の胸元に手を差し入れ、滑らかな胸を愛撫した。
数回撫でさすっただけで、胸の飾りは硬さを増し、誠之進はぷくりとした感触を指先で楽しんだ。

 唇は角度を変え、交わり、離れてはまた重なる。
切なく速まる呼吸とともに、三郎の胸がせわしなく上下する。
誠之進は唇を離すと三郎の衿に手をかけ、ぐいと片肌を脱がせた。

 象牙色の肌の上、淡い桃色の突起が現れた。
色は慎ましやかでも、胸の飾りはさらなる愛撫を待ち望み、はっきりと形を兆していた。
誠之進は吸い寄せられるがごとく、口に含んだ。
「ん…っ」
三郎が小さく息を飲んだ。
舌先で突起を転がす。
鼻にかかった声が先程より大きくなった。
強めに吸いながら、突起の周りを指先で掠めるように愛撫した。
「ふ…うぅ…」
三郎が堪えようと背を浮かせ、余計に胸を突き出すような姿態になる。
誠之進は軽く歯をあてたり、舌でこねまわしたりと、あらゆる舌技を駆使して胸を責めた。
三郎は常より敏感になっている。
乱れまいと歯をくいしばるが、あえやかな息が止まらない。

 やがては慎しみをかなぐり捨て、過ぎる快感に我を忘れる三郎の姿を想像し、誠之進の血が滾った。

 後見として、暖かく若君の成長を見守る情愛と、主人の無垢な身体を汚し、蜜の味を知るのは己だけだという傲慢。

 誠之進の中で、ふたつの感情が危うい均衡の上に立っていた。

 三郎を心底慈しみ、守りたいと思うと同時に、ひとたび肌を合わせてしまえば、容易に歯止めがきかぬのだった。

 待ち焦がれた一夜だけに、今宵の誠之進は容赦がなかった。
一度唇を離すと、
「こちらも…」
反対側の衿も大きくくつろげ、三郎の上半身が全て露になった。
誠之進はまだ柔らかいもう一方の飾りにむしゃぶりついた。
「あぁっ…」
いきなり強く吸われ、三郎の唇から小さな悲鳴が洩れた。
三郎が快感に身を捩るうち、白絹の寝間着の裾は乱れ、膝上までもが露になっていた。
するりと内腿に手を差し入れると、三郎の身体に緊張が走った。

「誠之進…待てっ」

 三郎が誠之進に二の腕に縋った。
息を乱し、濡れ濡れとした瞳で誠之進を見つめるも、先へ行かせまいと腕に力を込める。

 何も知らなかった初めての時とも違う。
愛撫に慣れて、自分から誠之進を焦らしにかかるのとも違う。
心の中に行為へのためらいを残しながら、教えこまれた刺激に身体が反応し、暴走していくのが怖いのか。

 三郎の胸の内、わからぬ誠之進ではなかった。

 愛されたくてたまらない、なれど、わだかまりを残したまま抱かれるのが嫌なのだ。

(あなたを裏切ってなどおらぬのに…っ)

 誠之進にも言い分はあった。

「若…よくお聞きなされ」
誠之進は三郎の内腿に置いた手に力を込めた。
「初めて契った日から…私も、若おひとりと心に決めておりまする」
誠之進の心底を探るがごとく、黒目がちの瞳がひたと迫った。
「他の者と情を交わすなど、ありえませぬ」
「わ、私はなにも」
いきなり疑惑の核心をつかれ、三郎がうろたえた。
「そのようなこと、誰も尋ねておらぬ!」
いざとなると知るのが怖いのか、三郎が視線を流した。
誠之進は目に力を込め、
「これまでも、この先も!」
腹の底から声を出した。
「もうよい、黙れ!」
三郎が誠之進の肩を押し退けようともがいた。

 怒るというより、この話題が出たこと自体が耐えがたいのだろう。
三郎は懸命に逃げを打った。
「いいえ、黙りませぬっ」
誠之進はもがく三郎の両手首を捉え、脚を絡めて三郎の下肢を押えこんだ。
「離せっ……」
三郎も全身で誠之進を跳ね返そうとする。
本気を出さねば力負けしそうだった。
三郎の筋力に驚嘆しつつ、誠之進はそれを上回る力で動きを封じ込めた。

 無言の攻防戦の後、やがてあきらめた三郎が微動だにしなくなった。
誠之進は上半身を三郎の上に乗り上げた。
触れあった胸から早鐘のような鼓動が伝わってくる。
三郎がふと目を逸らせたとき、誠之進は秘めてきた思いを口にした。

「私は…若に顔向けできぬことなど、断じてしておりませぬ」
「誠之進‥」

「万が一…」

「万が一にも若を裏切るような仕儀に至れば…」
誠之進の身体の下で、三郎はじっと目を閉じて聞いている。
「腹を切って果て申す」
ゆっくりと瞼が開き、困惑する瞳が誠之進を捉えた。
「ばかなことを…」
「生きて…御前には出られませぬゆえ」
語りながら、誠之進は我知らず瞳を潤ませていた。

(ただ一夜の夢であっても一一)

 断腸の思いで右近の願いを拒んだ、あの日の光景が脳裡をかすめた。

(他の者の肌に触れてしまっては、もはやあなたを愛する資格はないと…)

「若…っ」

(私は…何があろうと、あなたを失えぬのです)

 三郎もまた、言葉に託した誠之進の思いを、深い瞳の色で受け止めていた。

 これ以上、何を語れというのだろう。

 誠之進はひたすら三郎の言葉を待つ。

 目を見交わしたまま、しばしの沈黙が流れた。

「もうよい‥わかった」

 三郎が胸底から深い息をついた。
瞳は和み、口元がわずかに綻んだ。

「誠之進」
甘やかな吐息とともに名を呼ばれ、
「若…」
誠之進は深く脚を絡めて三郎を胸に抱き込んだ。

「私も…そなたを離さぬぞ」
三郎が、静かに、決然と言い切った。
誠之進を見つめる黒耀の瞳に、強い意志の炎が揺らめき立った。
しかし、それはほんの一瞬のことで、次第に瞳は潤みを増し、
「誠之進…」
やがては慕わしげな眼差しだけが残った。

 横臥したまま、三郎は誠之進の寝間着の袷に手を差し入れた。
誠之進の存在を確かめかるように、ゆっくりと胸を撫でさする。
誠之進は三郎の下帯に手を伸ばし、布の上からそっと触れた。
柔らかく握りこむと、若い刀身はみるみるうちに硬度を増していく。

 誠之進は一度身を起すと、三郎を仰向けにして下肢の上に跨がった。
両腕を敷布の上につっぱり己の体重を支えながら、寝間着の前を開き、張り詰めた己のものを三郎の股間に擦り付けた。
布越しにお互いの形まではっきりとわかる。
「誠之進…んっ」
鼻にかかった声で三郎が呼んだ。
さらに腰を使いきつめに上下すると、三郎が耐えがたげに身を捩った。

 誠之進は三郎を跨いだまま、敷布の上に膝立ちとなった。
身を屈め、三郎の下帯を緩めて外しにかかる。
布が鳴る音に続き、下帯がぱさりと畳の上に落とされた。
誠之進は露になった三郎の股間に顔を埋めた。

 先端がしっとり濡れ始めた屹立を、誠之進はゆっくりと口に含んだ。
舌を絡めて喉の奥へと導けば、三郎が小さな呻き声をあげた。
口淫を続けながら、淡い叢に爪先で戯れるように触れる。
三郎の腰がぴくりと跳ねた。
親指の腹で果実を転がすように嬲ると、
「あっ…うぅ、ん」
甘い疼きに耐えかねたように、三郎が鳴いた。

 切ない声音に誠之進もまた煽られる。
舌技でぎりぎりまで追い上げた後、誠之進は突然三郎の屹立から顔を離した。
「あっ……」
置き去りにされたような瞳で、三郎が唇を震わせた。
「まだ…これからにござります」
誠之進は目を細め、無言で三郎の身体を裏返した。

 寝間着をめくり上げると、小さく引き締まった双丘が現れた。
誠之進は美しい形を愛でながら、軽く掌をあてて撫でさすった。
羽毛のごとき優しい触れ方が、かえって三郎を淫らに駆り立てる。
「あ…あ…ぁ…っ」
うつ伏せに寝た三郎の膝が徐々に開き、小さく喘ぎながら、腰を夜具にすりつけている。

 妖しく揺れる腰に、誠之進の目は釘付けになった。

(斯様なお姿…私以外の者に、断じて見せてはなりませぬぞ)

 誠之進もまた、己の息が上がるのを感じていた。

 今度はきつく双丘を両手で掴んで顔を寄せ、奥に潜む蕾に舌を差し入れた。
肉襞を割って入った瞬間、
「はぅ…うぅっ」
三郎が敷布に両手をつき、背を反らせてのけぞった。
さらに追いあげるべく、指で入口を広げ、内壁にねっとりと舌を這わせた。
「あぁっ…はなせっ…ぁ」
容易に昂ってしまうことが辛いのか、三郎は涙声を上げ、逃れようと肘でいざった。
誠之進は逃すまいと腰を掴んで引き戻す。
三郎の背に覆いかぶさり、
「お嫌なのですか?」
「あっ…なれどっ…このようなっ…」
首を打ちふるう三郎に、
「もっと見とうござります」
背後から寝間着の衿に手をかけ、後ろへ引きはぐように脱がせた。
露になった肩甲骨のあたりを甘噛みしながら、誠之進は人さし指をゆっくりと三郎の後孔に埋めた。
「あぁぁっ…ん」
強靱な指で内壁を揉みほぐす。
「若の乱れるお姿が…」
指を二本に増やし、秘肉をかきわけながら、まわすような動きで奥まで突き入れた。
三郎は声にならない悲鳴をあげ、誠之進の下で身悶えた。
もはや外しはしない、腹側の一点を内側から執拗に責めると、
「いや…じゃ…っ…あ‥」
三郎の背が弓なりにしなった。
後は切れ切れに意味をなさない言葉を呟き、三郎の呻きは艶めいた音色を帯びた。

 清らかな肌が凄みのある色香をまとい、誠之進の理性は微塵に吹き飛んだ。

「若…っ」
誠之進は指を三郎の秘所から抜き、寝間着ごと後ろから抱きしめた。
己の下帯から猛りたったものを取り出し、三郎の双丘の谷間を探った。
揉みほぐされ、熱を持った入口を探し出すと、先端をぐいと押し当てる。
先走りのぬめりを借りれば、どうにか挿入できそうだ。
もはや違い棚に練り物を取りに行く余裕などなかった。
誠之進の切っ先が蠢くたび、三郎の身体が羞恥と期待に震える。
迷いなく腰を入れると、
「あっ…あぁぁぁっ…」
引き絞るような叫び声をあげて、三郎が敷布を握りしめた。
根元まで己を埋めたまま、誠之進は三郎の背に覆いかぶさった。

 三郎の中は燃えるように熱かった。
肉襞が誠之進の屹立を隙間なく包み込んだ。

 浅く速い息使いで、三郎がじっと痛みに耐えている。
抱かれることに慣れたとはいえ、受け入れる瞬間はやはり辛いはず。
それでも膜が張ったような瞳で、誠之進の姿を探す。

 今もこうして敷布の上に誠之進の手を見つけ、そっと握りしめてきた。

「三郎ぎみ…っ」

 狂おしいまでの愛しさで、胸の底から溜息がもれた。
誠之進はより深く繋がろうと、うつ伏せの三郎の膝を大きく開かせた。
傷つけぬよう注意しながらも、捩り込むように腰を入れ、己のもので奥をまさぐる。
「んっ…あぁぁ…」
三郎の腰がうねった。
二、三度激しく突いたのち、ゆっくりと身を引く。
「あぁぁぁっ…んっ…っ」
三郎は泣き声とも呻き声ともつかぬ声をあげ、誠之進の手を千切れそうな力で掴んだ。
抜けかかるものを離すまいと、肉襞が誠之進に絡む。
それを振り切るかのように、誠之進が一度入口近くまで猛りを引き抜いた。
外れる寸前でふたたび腰を進め、柔肉をかき分け深く己を埋めた。
「はぁっ……あううっ」
ふたたび突きこまれた三郎が、仰け反りながら喘いだ。

 蕩け始めた三郎の躯を、誠之進は存分に愛した。
誠之進が逞しい律動を刻むと、それに合わせて、三郎のすすり泣くような声が仄暗い閨に響いた。

「せ…いのし…んっ」
揺すぶられながら、三郎が掠れた声で名を呼んだ。
濡れた睫の間から朦朧とした瞳がのぞいた。

 己の快楽も追うが、誠之進は三郎に奉仕することが無上の喜びだった。

(もっと…もっと乱れてごらんなされ)

 誠之進が深く突き入れたまま、大きく回すように腰をうごめかせると、
「誠之進っ…も、もうっ…」
三郎が悲痛な声で哀願した。
「もう…いかがされました?」
自身も息を荒げながら誠之進が問いかけた。
「ここで止めろとおっしゃる?」
「ちがっ…う…あ、あぁ…」
甘い呻き声を上げながら、三郎が激しく首を振った。

「ほれごらんなさい」
軽く揺すぶりをかけると、
「ううっ…」
三郎の奥がきゅっとしまった。
「まだまだ…足らぬのでしょう?」

 三郎の耳元に囁きながら、それは己の方だと内心苦笑した。
三郎の可憐な乱れ方は、いつも誠之進から底無しの欲望を引き出すのだ。

 誠之進はもはや己を止めることができなかった。
深く穿ったまま自分は膝立ちになり、三郎の腹に手を回して引き上げた。
乱れた寝間着をまといつかせたまま、四つん這いになった三郎を、背後から荒々しく突いた。

 打ち付ける仕種に、三郎の下肢ががくがくと震える。

 崩れそうになる膝。
のたうつ白い背中。
溺れまいと必死で夜具にしがみつく、三郎の両手。

 その姿に誠之進も我を忘れ、狂うような悦楽に溺れた。

 頂点へと向かう猛々しい追い上げに、三郎が頭を打ちふるって悲鳴を上げた。

「若っ!」

 誠之進もまた喉声に叫びながら、二、三度大きく身を震わせ、堪えに堪えた己を解放した。

 瞼の裏で極彩色の閃光が弾け、やがて白い灰となって降下した。

 自らも精を放ち、敷布に崩れ落ちんとする三郎を、誠之進は両腕で抱き止めた。
そのままふたりで折り重なるように夜具の上に倒れこんだ。
すべての音が止み、お互いの激しい息づかいだけが聞こえる。

 壊れた人形のような三郎を胸にかき抱き、誠之進はしばし瞑目した。

おわり




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イラストは『十五夜』さんからお借りしています。

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