by 戸田采女


 僕たちはそれから一緒に遅い夕食をとった。先生はビール、僕はインスタントのコーンスープで、チキンと詰め物、付け合わせの野菜をあっと言う間に平げてしまった。先生の口に合ったみたいで、食事の間中、うまい、すごい、を連発し、「おまえこれで店開けるぞ!」なんて、結構まじな顔して言ってくれた。こんなことならもっと持ってくればよかったな。

 食後は先生がコーヒーを入れてくれた。おまえが来るとわかってたら、ケーキでも買っておいたのに…、と残念そうな先生。気持ちは嬉しいけど、僕は先生と一緒にイブを過ごせるだけで十分幸せだった。勉強なしで、こんな風にご飯を食べてゆっくり過ごすのは初めてだったんだ。

 TVではクリスマスのドラマスペシャルみたいなのをやってた。満州を舞台にした大河ドラマっぽいやつ。何となくそれを見ながら、僕達はとりとめもない話しをした。先生のオケのこと、就職のこと。僕のこれからのこと…。中学生の僕の話なんか大人の先生にはつまんないだろうに…真剣に耳を傾けてくれるんだ。

 夢のような時間はあっという間に過ぎ、ドラマの終わる時刻になっていた。11時半だった。

 「…随分遅くなっちゃったな。そろそろ送ってくよ」
「あ…うん」

 (泊めてくれるんじゃ…ないんだ)

 バカだな。何を期待してたんだろう…。僕はふと湧いてでた妄想に赤面し、思わず頬を熱くした。
黙ってしまった僕に、
「ごめん…うち客用の布団がないんだよ。あの狭いベッドで一緒に寝るわけにいかないだろ?」
先生が冗談めかして親指でくいっとベッドを差した。

 心臓が…どきんと跳ねた。

 僕は凍り付いたように先生を見つめた。見つめたまま先生から目が離せない。…もっと、側にいたい。狭くたっていい。あのベッドで一緒に眠りたいと思った。「好き」という想いが、胸の奥からとめどもなく溢れてくる。目が潤んでいくのが自分でもわかった。
「おい…頼むよ…」
先生は弱り切った表情で眉根を寄せ、溜息を洩らした。
「こういうのはさらっと流してくれなきゃ…」
軽口を叩いて口元を綻ばせたけど、目が笑ってなかった。

もう駄目だ、ぜったい気持ち悪いって思われてる。だけど、僕はもう…。

「先生…、僕、先生が…好きだ」

 …とめられなかった。脳がやめろと警告を出す前に、唇が勝手に動いてしまった。

 先生が答えるまでの数秒間。僕にとっては長い長い空白の時間。血も凍るような想いで、じっと待っていた。

 先生は何も言ってくれなかった。

 やっぱり…困ってるんだ。…当たり前だよね。ホモでもないのに、男に、それも六つも年下の教え子にコクられて…。

 でも優しいから、断るにしても…一生懸命言葉を選んでるんだ…。

 ごめんね…先生。困らせて…ごめんね…。

 「僕…帰るよ」
みっともなく泣き出す前に、部屋を出ようと思った。僕にだってプライドはある…。

 「待て」
立ち上がりかけた僕の右肩を、先生が片手で押し戻した。
「おまえ…自分の気持ちだけぶちまけて、さっさと帰る気か?」
「え…だって…」
先生が迷惑してると思ったから…。

 先生は肩に手を置いたまま、僕の瞳の奥を覗き込むように見つめてくる。空いた右手の指先が、僕の髪をゆっくりと梳きはじめた。

 優しい指の動きにうっとりしかかったとき、先生の顔が近付いてきた。
「あ…」
おでこに柔らかくて暖かいものを感じた。え、マジ?…先生の唇だ。
「…せん…せい…」
僕は擦れ声を出すのがやっとで、全身が石のように固くなっていた。痛いくらいに心臓が鳴っている。
 
 唇が離れたと思ったら、次はこめかみにキスされた。夢みたいで、なんだか震えがきてしまう。しっとりと押し当てられた唇は、やがて名残り惜しそうに去っていった。

 先生は両手を僕の肩においたまま、再び身を離して言った。
「…おまえ、反則だぞ」
「何…それ…」
「…ドアの外でじっと待ってたり、そんな目で好きだって言われてみろ…」
先生の瞳が恐いような真剣さを帯びた。
「先生…」
何が言いたいのかよくわからない。不安にかられた僕は、縋るように先生を見つめるしかなかった。
先生はふっと視線を逸らすと、
「…かわいいんだよっ。おまえがかわいくて堪らない」
「え…」
「…我慢してたのに」
「がまん…って?」
「…教え子に手を出すなんて…最低だと思ってた…」
先生は無造作に髪の中に片手を突っ込むと、胸の奥から息を吐き出した。

 先生…。じゃあ先生も僕のこと…?
すぐには信じられなかった。まだはっきり好きと言ってもらってない。でも…。
先生の熱っぽい眼差しを前にして、僕の心臓はどんどん高鳴っていく。

「…そんなの構わないよ。教え子だったらなぜいけないの…」
僕は先生の肩口に額を押しあてて呟いた。
「…わかんないよ。今がだめなら、いつならいいんだよ?!」
恐る恐る両手を先生の背中にまわし、セーターをぎゅっと掴んだ。
「信明…そんな聞き分けのないことを言うな…」
「家庭教師のバイトが終わったら、とか言うつもり?」
図星だったのか、先生はぐっと押し黙った。
「そっちの方がよっぽどずるい…」
「おい…」
「先生…死にそうだよ」
「信明…」
「先生が好きで好きで、死にそうだよ…助けてよ!」

 先生の両手が僕の背にまわり、すっぽりと胸の中に抱き込まれた。先生は僕の頭を抱え込むようにして、ぎゅっと腕に力を込めた。
 先生が迷っている…。ためらっているのが触れる指先から感じられた。
僕が何もかも預けて先生の胸によりかかっていると、やがて先生の指先が軽く僕の顎を持ち上げた。再び目が合った。
(先生…)
先生はほんの少しだけ、哀しそうな微笑を浮かべてた。

 大好きな先生の顔が…ゆっくりと近付いてきた。さらりと暖かい唇が重なってきたとき、僕は思わずぎゅっと目を閉じていた。こんなに嬉しいのに、慣れない身体はがちがちに強張ってしまう。

 ううっ…みっともない。自分のお子さま加減がイヤになりそうだった。でも先生は両手で僕の頬をそっと包み込み、啄むような軽いキスを繰り返した。やがて固い蕾がほぐれていくように、唇の緊張が自然に解けていく。甘くしびれたみたいな感覚に包まれて、気がついたら僕はうっとりと先生に身体を預けていた。

 すっかり力が抜けたのを見計らって、先生の舌が入り込んできた。びっくりして自分の舌で押しのけようとしたけど、逆に絡めとられてきつく吸われた。最初はなにこれっと思ったけど、先生の舌にあちこち弄ばれるうちに、ぼーっとしてわけがわからなくなってきた。身体の奥がざわざわしてる。とうとう息苦しくなって先生の胸に手を突っ張ると、先生は一旦身を離して蕩けそうな眼差しで僕を見た。

 「先生が…大好きだ」

 われながら、これしか言えないのかと呆れる。だけど、こんな時どうしていいかわからない僕は、好きと言葉でいう以外、気持ちを伝える術がなかった。

 「俺もだよ…信明」

 先生の腕が僕をふわりと抱き上げ、ベッドへと歩み寄った。そっと降ろされる。ぱふっと布団が沈む音。間を置かずに先生の身体が僕の上に重なってきた。暖かで確かな先生の重みが、これは夢じゃないって教えてくれる。髪を撫でたり優しいキスを続けながら、先生の指先が僕のシャツのボタンを外していく…。

 半ば自分から仕掛けたくせに、この先どうなるのか本当は恐くてたまらない。そ、そりゃ何も知らないわけじゃないけど、自分の身に起こるとなると別問題だ。身体中の血管が破裂しそうに脈打っていた。

 それでも…先生と恋人同士になりたい。なるって決めたんだ。

 先生は手際よく僕の服を脱がせると、自分もセーターとTシャツを脱いだ。さっき盗み見た、先生の逞しい上半身が僕の目の前に迫る。嫌みなほど完璧な、大人の身体に僕は圧倒された。恐さと憧れの入り交じったような感じ…。さっきまでの、ほんわりと先生を好きな気持ちに、後ろめたいほどセクシャルな気分が混ざり始めた。

 (せんせい…!)

 すがりつくように両腕を回すと、
「信明…!」
腰に来るようなバリトンで耳元に囁くと、先生は僕の首筋に顔を埋め、両腕で痛いほどに抱きしめた。












 12月にしては嘘みたいに晴れやかな空。日なたに出るとぽかぽかして、マフラーなんかいらないくらいだ。
 父さんが成田に着くのは午前10時過ぎの予定だった。夕べ先生のマンションに泊まった僕は、先生に送ってもらって9時には家に戻っていた。父さんが電話してきた時、家にいなかったらおおごとだもんね。

 昨日、チキンが焼けた後すぐ出かけちゃったから、洗いものがどっちゃり残っていた。オーブンの焼き皿をシンクにつけて置いたのがまだしもで、そうでなければ悲惨なことになってたと思う。

 夕べあれからどうなったかって?

 さあ…それは内緒だよ♪

 そこのおばさん。隠しページを探してあちこちクリックしたり、僕の歩き方が変じゃないかとか、チェックするのやめてよね。

 そんなに知りたければ、バレンタインの頃にでも遊びにおいでよ。

 先生とふたり、今度は『離れ』で待ってるからさ…。


おわり





…っと。あとは皆様の妄想にお任せして、今回は清らかに終ります。常連さんも初めての方も、ここまで読んでくださって本当にありがとうございました。この作品で初めていらした方で、えっちがないとと許せん!とじたばたしている貴女、よかったら裏への入口を探してみてください。誠司・信明の前世(江戸時代)の濃いやつがあります。滑稽本書庫内「春はあけぼの」2の隠しリンクは比較的突破しやすいかも(^^)。


  三郎(信明)が素敵なプレゼントを頂戴しました。見てね♪


 




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