1.着物でおせち
正月はめでたい。やはり何処かしら華やいだ気分になる。
世の中が便利になり過ぎて、季節感もへったくれもなくなった現代だが、東京のような都市でも、正月だけは至る所でそれらしい情景を見かける。こんなマンションで迎える正月でも、小ぶりな締飾りに、鏡餅は欠かさない。少なくとも私、結城右近の家ではそうありたいものだ。
去年の秋、結婚して以来、私は夫・惣一郎と文京区のマンションで暮らしている。100平米近い広さもあり、最上階の角部屋、一部防音というなかなかに恵まれたつくりだ。夫は一応、国際政治学者の肩書きを持ち、私は彼の元教え子だ。惣一郎は私が修士課程を終えた直後、何をとち狂ったか、男の私に結婚を前提に付き合ってくれと言いだした。
最初は悪い病気にでもかかって、脳がウイルスに汚染されたかと思ったが、惣一郎は大真面目で、雨の日も風の日も、数カ月にわたって忍耐強く私を口説き続けた。
惣一郎は美男子で人あたりが良く、一見学者よりもホテルマンが似合いそうである。学生たちの間でも授業が面白いと人気があった。世間の物差から大きく外れて生きている感はあるが、学者としては一流で、尊敬する気持ちも多々あった。…その、はっきり言って嫌いではなかったのだ。
もちろん男同士で結婚といわれても、なんだそれ?、というのが正直なところだった。(あたりまえやんなあ…)結婚といっても、実際には養子縁組をして一緒に暮らそうというわけだが、最後にはほだされたというか、運命に逆らうのも面倒くさくなって、ぽろっと入籍してしまった。それが二ヶ月前のことだ。(なぜ運命なのかはこちらを参照)
だから今年の正月は、初めて二人で迎える正月だ。新妻としては(自分で言うと砂吐きそうになるが…)おのずと力も入ろうかというもの。しかし頑張り過ぎて、大晦日には大掃除とおせち作りで疲労こんばい。百八つの鐘を聞きながら、いい案配に煩悩も浄められ、あっという間に眠りに落ちてしまったらしい。今朝はそのかわり目覚め爽やか。お肌の調子もいい…。
「先生、ちょっとこっちへ来てください…」
おせちを重箱に詰め終わり、お屠蘇の用意もできた。雑煮の出汁もとったし、さて着物に着替えようかと、リビングで新聞を読む惣一郎に声をかけた。一応、嫁入りの時にばあちゃんに持たされた着物がある。普段はめったに着ないものの、私は和服が大好きだ。つい前世を思いだしてしみじみしてしまう。本当なら、和服の時には下着も六尺できりっといきたいものだが、そんな物を身に付けたら、やれTバックだ何だと惣一郎が狂喜乱舞するから、ちょっと迷っている。と、ともかく、まずは惣一郎の着付けをしてやらねばならない。
「ん? どれどれ…」
新聞をがさがさとたたんでテーブルの上に置くと、惣一郎がこちらへやってくる。
「ほら、元旦くらい着物にしませんか?」
和室の畳の上に正座し、ばあちゃんが縫ってくれた着物を惣一郎の前に広げてみせた。
「お。私の分まであるのか?」
「はい」
にっこり笑って促すと、惣一郎が照れくさそうに微笑んだ。
ばあちゃんの見立ても中々なもので、利休茶のお召しは惣一郎によく似合いそうだった。
「なかなかいい色だけど…私は自分で着られないんだが…」
「大丈夫。着付けならまかせてください」
「じゃあ、たのもうか」
惣一郎は案山子のように突っ立ったまま、大きくうなずいた。
ああ、この男は昔もこうやって、着替えは全て小姓まかせ。自分では袴の紐も結べない人だったなあ…。
つい思い出し笑いに頬が弛んでしまう。それを誤解したのか、
「何だか今朝は機嫌がいいね。お正月ってそんなに嬉しい?」
「…おせちがうまくできたからでしょう」
私は笑いを堪えながら、それらしい応えを返しておいた。
惣一郎は穏やかな双眸でじっとこちらを見つめている。
二人の前世を覚えているのは私だけ。惣一郎は何も知らない。この先も知らせるつもりはなかった。
ちょっと寒そうだったけど、まずは惣一郎を裸に剥いて足袋からはかせる。下着はブリーフのままなんで、ステテコでもはかせようと思ったけど、『私はまだ若いんだ』と却下された。仕方ないのでそのまま肌襦袢と裾よけをつけてやり、長襦袢を着せて腰紐をしばってやる。
「随分手際がいいんだな…」
驚いたように小首をかしげる惣一郎。
そりゃあ、昔、あなたの側仕えでしたから、などと白状する気はない。曖昧な微笑を浮かべながら、長着も着付けて、角帯も結んでやって、はい一丁あがり。
「どうですか、先生。着心地は?」
そんなの完璧に決まっているけど、一応聞いておいた。
「へえ…あっちこっち締めてたわりには、結構楽に動けるもんだな」
不思議そうに肩や首を動かす惣一郎に、私は微笑みかけると、
「じゃあ、リビングで待ってて。すぐ着替えてきます」
自分の着物を一式抱え、さっさと寝室へ直行した。
惣一郎の着付けをしながら思ったのだ。やはり和服にブリーフはいただけない。自分の下着は六尺にしようと、ネット通販でゲットし、秘かにクローゼットに隠していたのを引っぱりだし、一人寝室にこもって着替えを済ませた。
リビングのテーブルにお重とお屠蘇セット並べ、L字型のソファの角を挟んで腰掛けた
「では…」
お互いに塗の盃にお屠蘇を満たして向き合った。
「本年もどうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ…よろしく」
改めて夫婦ふたり新年の挨拶すると、柄にもなく嬉し恥ずかしモードになってしまった。結婚後二ヶ月で、すっかりホモの夫婦になりきっている自分がこわい。
見つめあってても始まらないので、いそいそと惣一郎の皿に料理を取り分けてやる。自分の好物の、さわらの焼き物やひらめの昆布〆はもちろん。惣一郎は肉料理が好きなので、鴨のローストや牛肉の味噌漬けもお重に入れた。黒豆や煮しめ、昆布巻、栗きんとんなど、トラディショナルな定番料理もきちんと作って詰めた。今どき女にだって、こんな新妻はいないだろう。
我ながらうまく炊けたと、海老芋の味付けに満足していると、
「なあ、右近」
「何ですか?」
早くも日本酒を所望かと思った。が、
「新年を機に、おまえに頼みたいことがあるんだ」
「はい…何でしょうか、先生?」
「その…そろそろ、先生ってのはやめてくれないかな」
苦笑というよりは、胸の前で人さし指の先をつんつん突き合わせるような…、惣一郎が柄にもなく照れていた。
しかしなあ、学部の頃から七年近く先生と呼んできたのを、今さらそういわれても、急には…。
私がぼんやり惣一郎を眺めていると、
「外ではともかく、家では敬語も使わなくていいぞ!」
敵の目はかなり真剣である。
「じゃあ、何て呼べばいいですか?」
昆布巻を一口かじって、上目使いに見上げれば、
「そうだなあ…新婚なんだから、あなたとかダーリンとか…」
惣一郎は眉尻をさげて、うっとりと呟いた。
(げっ…)
思わず昆布巻をかまずに呑み込んでしまった。鰊のカタマリが喉にあたって痛いじゃないか。
ああ、しかし…惣一郎は相変わらずだ。若殿の時と根本的に変わってない。こんな調子だと、そのうち裸エプロンで出迎えろとか言い出しかねない。どうもこの男は、コスプレが好きなタイプに思えて仕方ない。医者とナースとか喜びそうだなあ…。(←なんでそこまで考えが飛躍すんねん…)
…なことを腹の中で考えながら、じっと惣一郎を見つめていたらしい。
余程、胡散臭そうな目をしていたのだろうか?
私の機嫌を損ねることを恐れた惣一郎が、慌ててフォローにかかった。
「…というのは冗談。名前でいいよ。惣一郎ってよんでくれ」
「そんなに言うんなら…」
渋々うなずくと、惣一郎が目で促す。
「…惣一郎?」
これでいいのか?と語尾をあげて尋ねた。
「うん、いい感じだ」
「惣一郎…」
今度は自分で呼び方を確認するように、お重の中に目線を落として呟いた。
ふと、ひらめの昆布〆に目がとまり、次はあれにしようと軽く身を乗り出すと、
「愛してるよ…右近」
結構な早業で、惣一郎の唇が私の唇をかすめていった。
食事中にやめんか〜!
とも思ったが、一応元旦だし。大目に見てやることにした。
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