七の巻「薄氷」番外 
年始御礼狂想曲




by 戸田采女


  明和七年元日。

 肌に触れる冷たくとも、頭上には青空が広がり、色とりどりの凧が翻っていた。

 千代田城・下馬所のお堀端では、年始御礼で場内に入った主人の帰りを待ち、各藩の供の者たちが思い思いに時間を潰している。それを見込んで、棒手振(ぼてふり)商人がやってきたり、二八蕎麦などの屋台も出ていた。



 巳ノ刻(午前十時)にはすでに腹が空いたのか、側用人の平岡仙之丞は団子を買い求め、高山藩一行から少し離れたところで、小姓頭の竹弥とともに食していた。

「平岡様、四月にはいよいよお国入りですね」
弾んだ声で竹弥が言った。
「そうじゃな。我ら小姓は皆江戸生まれゆえ、国許は初めてじゃな」
仙之丞はそう答え、団子を頬張った。
もぐもぐと口を動かしながら後輩の顔を見ると、何やら喜色満面である。
「楽しみです・・・」
「何が?」
「何がって、平岡様はお国入りが楽しみではないのですか?」
「そうは言っておらぬが」
大きな声では言えぬが、『田舎は退屈』というのが仙之丞の本音だった。
「私も江戸以外を知りませぬゆえ、道中、他国の様子を見るのもわくわくします」
「しかしのう、竹弥。物見遊山ではないのだ。聞けば、参勤道中はかなりの強行軍だそうな。殿は御乗物だからよいが、我ら近習は徒歩ゆえ、きついぞ」
「はい、覚悟しております」
竹弥とて、どう見ても家柄と容姿で採用された口。
日頃、身体を鍛えていないくせに、覚悟のほども怪しいものじゃと、仙之丞は溜息をついた。

 仙之丞の溜息の理由はそれだけではない。
お国入りはすなわち、敬愛する右近とは離ればなれ。一年は会えぬと言うことだ。

(殿でなくとも凹むわい)

 当然ながら、側用人は藩主に常住坐臥仕える身。役目柄承知しているとはいえ、仙之丞の胸中は複雑だった。

 梅雨時、右近が石見銀山を盛られた事件の後、仙之丞は惣一郎の命を受け、しばらく右近の役宅で暮らした。右近の病後の世話と身辺警護との名目だったが、
『警護なら小野田がおる。私ならもう大丈夫だ。そなたは早う、殿の元に戻ってお仕えせい』
と、早々に右近から暇を出された。
 留守居添役の小野田は、憎らしいことに四六時中右近と行動を共にし、時には役宅で夕餉を馳走になることもあるらしい。
 殿や自分が江戸を離れた後、あの『秋田犬』のような男が、忠犬よろしく、尻尾振りまくりで右近にまとわりつくかと思い、仙之丞は切歯扼腕するのであった。(仙之丞と小野田のバトルは滑稽本書庫「仙之丞の問わず語り3」で)

 だが、そんな腹の内を竹弥に明かす気はない。
「なかなかうまいの。タレの具合が良い」
仙之丞はひたすら団子を頬張った。
すると、
「三郎ぎみや皆々様はお元気でしょうか」
団子の串を手にしたまま、竹弥がぽつりと呟いた。
遠い目をしたかと思えば、団子を口に運ぶでもなく、何やら慕わしげな眼差しで見つめている。
「おこと、食わぬのか?」
「あ、よろしければどうぞ」
そういう意味ではなかったが、勧められれば嫌とは言わぬ。
竹弥は使える部下であったが、その感性には仙之丞と多少ずれがあった。
まあそれもよし、と仙之丞はあまり深く考えることをしなかった。

 団子を食べ終えた仙之丞は、大きく伸びをしながら回りを見渡した。

 天下の公方様のおわす千代田城ゆえ、堀回りは武器を携えた侍がぐるりと取り囲んでいるのだが、正月はさして緊張感もなく長閑なものだ。

 藩主の帰りを待つ家来も、だいたい藩ごとにかたまり、雇われ陸尺や下士の者はござの上で胡座をかいたり寝転がったり、かなりリラックスムードである。中には賭け事に興じている輩もいた。仙之丞らのような近習はいま少し上品に、屋台で何か食したり仲間内で歓談していた。他藩の家臣と世間話をしている者もいる。

 ここまでは一昨年、惣一郎が世嗣として三日に登城した時と変わらぬ風景だったが、

(今年は随分若い娘が多いな)

 仙之丞は下馬所を見渡してそう思った。

 年始登城見物に多くの人出があるのは毎年の風景だ。武鑑片手の浅葱裏(江戸勤番を拝命したばかりの田舎侍)や、初詣帰りの町人たちが下馬所にやってくる。警護の侍もそれを咎め立てしないのが伝統だ。毛鑓の形や紋所を見て、「あれはどこの御家中だ」「これは何々様の行列だ」などと品定めをするのである。

 ところが、そんな見物人を押しのけんばかりに、十数人の晴れ着姿の町娘たちが前に出ようと躍起になっていた。

「危ないのう」

 側用人は気配りが命。
習い性からか、仙之丞は、
「おい、そこな娘たち、大勢で押してはならぬ」
営業用の笑みを浮かべ、見物人に近づいた。
さすがに今年は人出が多いので、見物人がある線から前へ出ないよう、警護の侍が数人立っている。
その向こうに仙之丞の姿を認め、娘たちの一団がざわついた。
「将棋倒しになっては怪我人が出るぞ」
優しく諭したところ、最前列の娘が仙之丞の肩衣を指差して叫んだ。
「あっ、高山藩結城家の紋所よ!」
隣の娘は遠眼鏡でこなたを見、手に持った冊子のような物と見比べている。
「源氏車だから間違いないわ!」
「う〜ん、前髪がないから、お小姓じゃなくて?」
「きっと側用人の平岡仙之丞よっ」

 おい、呼び捨てかよと思いきや、

「うふうふ、仕事できそうなのに、ちょっと童顔なのがいい感じ」
「あの人が殿様の一の側近ね。十四歳から小姓として出仕。藩主の信頼篤く、今や側用人として中奥を取り仕切る」
「出世コースまっしぐらね。★みっつ」
品定めをされているのには驚いた。
後ろから足音が近づき、 
「仙之丞様、何事ですか」
竹弥が仙之丞の隣に並ぶと、娘たちがさらに黄色い声を上げた。
「きゃ〜、お美代ちゃん、あの細身な美形はっ?」
また別のひとりが冊子と竹弥を見比べ、
「御小姓頭の竹弥よ。雪白の肌がほのかに色を刷き、賢しげな瞳には、まだ恋を知らぬあどけなさも残る、ですって」
と、評した。
竹弥が思わず柳眉をつり上げた。
「何ですか、あの者たちは?」
「はて」
聞きたいのはこちらである。
竹弥はすっと目を細め、
「恋を知らぬなど、勝手に決めつけないでいただきたい」
仙之丞だけ聞こえる声で、反論した。
怒っているのは、その事か。
やはり竹弥の感覚はわからん、と仙之丞は頭を抱えた。

 一方、常ならぬ騒ぎに、同じく登城した他藩の家来は少しいじけている。
「結城様に引き比べてわが家中は…中年太りの殿に、側仕えも美形など一人もおらん。小姓たちもにきび面ときては、目の保養にはほど遠いのう」

 侘しげな呟きが耳に入り、仙之丞と竹弥は申し訳なさそうに頭を下げた。

 そうこうするうちに、年下の振袖小姓たちもわらわらと駆け寄ってきた。
「仙之丞様、いかがされました!?」
声変わり前の高い声に、娘たちが反応した。
「くぅ〜、童子(コドモ)なのに一丁前の格好して」
「あれは多分、和馬ねっ」
「お目めぱっちり、かわい?!」

 騒ぎが大きくなるのを案じ、仙之丞は振り返って両手で小姓ら制した。
「大事ない。おことらは列に戻っておれ」
最初は見物人が怪我をしては、との親切心から声をかけたが、どうやら関わらぬがよさそうだ。
「竹弥、我らも行こう。相手にしてはおれぬ」
「そのようですね」
竹弥も肩越しに娘たちを振り返り、小さく首を振った。

 仙之丞と竹弥が背を向けて去っていくと、後ろで落胆と不満の声が上がった。
あまりにぴーちくうるさいので、近くにいた勤番侍が、
「娘さんたち、もそっと静かにしてくれろ」
在所訛りで注意した。

「うるせえ、浅葱裏はすっこんでろ!」

 仙之丞と竹弥は思わず振り返った。

 娘らはきっと眦を決し、
「説教たれてるんじゃねえよ」
「おとといきやがれっ」
先ほどの黄色い声から一転、やくざ者顔負けの啖呵を切った。
いきなり浴びせられた暴言に、人の好さそうな侍も気色ばんだ。
「何たる無礼…」

(まずい…)

 一瞬にして正月ムードが吹き飛び、険悪になったところへ、ぱんぱんぱんと手を叩く音が響いた。

「すみませんね、お侍様。口の聞き方を知らぬ娘たちで」

 聞き慣れた声に目を凝らせば、揉み手をしながら人混みを縫って現れたのは、錦絵版元の近江屋だった。両替商・天満屋とともに、藩邸奥に心易く出入りする商人である。

「近江屋…ここで何をしておる?」
仙之丞はあんぐりと口を開けた。

 近江屋は遠目に仙之丞の姿を認め、目礼した。

 近江屋は勤番侍や警護の者、方々に頭を下げ、
「どうもお騒がせしました」
と、小さな紙包みを握らせた。
「まあまあ旦那方、正月に免じて、どうかこれでお納めください」
迷惑料と言うやつか。

 娘たちの方へ向き直ると、大音声で一喝した。
「ばかものめ。側用人・平岡仙之丞様の前でこの失態。もはやおまえたちに奉公の望みはないぞ」
「え、そんな…」
色を失う娘たちに、
「もう遅いわい。撤収じゃ」
言い渡した。
近江屋に背中を押され、娘らは半べそをかきながら、下馬所を後にした。

 去り際、近江屋は忘れ物をしたかのように、後ろを振り返った。

「これ、お染。おまえももう終いなさい」

 今まで気付かなかったが、端の方で黙々と何か書き留めている娘がいた。
戻ってきた近江屋に袖をひっぱられ、残念そうに筆を止め、矢立にしまった。
「さ、はよう」
近江屋に促され、渋々後をついていく。
娘が名残惜しそうに振り返ったところ、仙之丞と目が合った。

 小柄な身体に大きな黒目がちの瞳、ちょっと鼻は低くて愛嬌たっぷりな顔が、仙之丞の記憶に残った。



 後日、改めて藩邸に年賀にやってきた近江屋は、仙之丞に報告があった。

 側室に町人でも百姓でも、と言った惣一郎の言葉を真に受け、なんと口入れ屋に奥女中募集の広告を出したらしい。

「高山藩邸 奥女中大募集。容姿は問わず、身体頑健、明朗、腹に一物ないタイプ求む。殿のお目にとまったあかつきには、側室への道も開かれる。お目にとまらぬ場合も、藩邸内には独身の美男、好男子が多数。良縁に結びつく可能性大。ふるって応募されたし」

「なんの、行儀など後から身につければよろしいではありませぬか。大きな声では言えませぬが、五代様のご生母、桂昌院様、側室お伝の方とて元を正せば、もごもご…」
「ではあるが、いくら町人でももっと育ちの良い娘がおるであろう」
「なれど、それでは殿がお退屈かと」
「近江屋」
仙之丞は頭を抱えた。

 確かに、近江屋と惣一郎は枕絵コラボで供に仕事をした仲だ。悔しいかな、近江屋は惣一郎をその気にさせ、働かせる術を心得ている。

(だがあれは余計だ)

 揉み手をする近江屋に、仙之丞が首を振った。

「されど、あのような冊子、感心せぬな」

 奥女中募集広告に添えられた、『高山藩美男目録』なるものの事だ。
藩主・惣一郎を筆頭に、側仕えや小姓、その他『該当者』のプロフィールが載っている。
なぜか右近が入っていなかったが、近江屋いわく『殿様御手付き』は除外だそうな。
恐ろしくて、とても右近の耳には入れられない。

 あんな物が出回っては、今後も登城日に見物がうるさくてかなわない。

「なに、数打ちゃ当たるでございます。ああやって餌をまいておけば、池の鯉のごとく沢山集まって参ります。その中から、こちらで厳選すれば良いのでござりますよ」
「近江屋…」

 耳鳴りがしてきそうな仙之丞であった。


おわり






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壁紙は『十五夜』さんからお借りしています。


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