六の巻「晩夏」 5.5



この巻の主な登場人物


by 戸田采女


 江戸、上野池之端、高山藩中屋敷。藩主嫡男・結城惣一郎の寝所。


「……国許へ帰るなぞ、断じて許さぬ…」
惣一郎は静かな怒りを滲ませ、低い声音で右近の耳元に囁いた。

 ほの暗い行燈の灯りに白磁のごとき胸を曝して、右近は惣一郎の身体の下で小さく喘いでいた。

 惣一郎は先程から右近の両手首を敷布に押さえ付けている。
右近の指先は色を失い、触れた部分から鼓動の高まりが痛々しく伝わってきた。

「なれど…殿とご家老の命とあらば……いた仕方ありませぬ」
「偽りを申すな!」
鋭く言い放つと、惣一郎は右近の脚の間に乱暴に身を割り込ませた。

「…惣一郎様っ!」
逃れようと身を捩る右近の身体の上に乗り上げ、
「そなた、再び誠之進に会えるのが嬉しいのだろう?」
上から見下ろすようにして、惣一郎は意地悪く囁いた。

 目元を染めて、右近がふいと横を向いた。

 言葉より雄弁なその仕種に、惣一郎は唇をかんだ。
わざと猥らに腰をすりつけながら、
「……正直なやつだな」
右近の膝裏に手をかけ、片足を腹につくほど折り曲げる。
露になった菊座のまわりを、惣一郎の先端で焦らすように探ると、右近が眉を寄せて身をすくませた。

「…まだ慣れぬのか?」

 惣一郎は嬲る動きから一転して腰を突き入れた。
右近の白い喉が反った。
先端が入った後、惣一郎は一旦動きをとめ、相手の反応をうかがう。
右近は瞼を固く閉じ奥歯を噛みしめている。
時折、唇の間から吐息ともうめき声ともつかぬものが洩れた。
だが本人の意志に反して、熱い内壁は誘うように蠢き、惣一郎にまとわりついた。

「そなた…もはや私なしではおられぬだろう…?」
右近の耳朶に触れんばかりに唇を寄せ、惣一郎は恍惚として囁いた。

「…く、くだらぬことを、申されるなっ」
語尾を震わせながらも、右近が柳眉をつりあげて睨み返した。
惣一郎は鼻先で笑い、ゆっくり秘肉をかきわけるように身体を進める。
右近が息をのみ、反った背が敷布からわずかに浮いた。

「さて…そなたの身体に聞いてみようか…」

 右近が口惜しげに唇を引き結んだ。
惣一郎は胸の突起を指でつまみ、ひねるように嬲った。
打ち込んだ楔で内側から弱い部分を責めると、右近は目尻に涙を滲ませて身をよじった。

 しかし一言も声は洩らさない。

「強情なやつめ…」

 苦々しく呟きながらも、惣一郎は右近を責め続ける。

 右近なしではいられないのは己のほうだった。甘美な毒に、惣一郎は骨の随まで侵されていた。

 惣一郎が浅い抜き差しをくり返すと、右近の伏せた睫が震え、淡い桜色に染まった胸がせわしなく上下した。
「正直に申せ」
惣一郎が問う。
右近はそれでも唇を引き結び、潤んだ眸で精一杯睨み返した。

 惣一郎は右近の視線を真正面から受け止めたまま、細腰を両手で掴んで奥まで一気に貫いた。
右近の背が大きくしなった。
そのまま、捩り込むように腰を使い始めると、
「っあ…あぁぁ…っ」
とうとう右近が耐えかねたように声をあげた。

「申してみよ…誠之進に抱かれたいか?」

 乱れる息の下から右近は切れ切れに訴える。
「誠之進は…斯様な…猥りがわしき…ことなどっ…」
「…せぬと申すのか?」
奥歯をかみしめる右近に、惣一郎はつかの間動きを止めて冷笑をあびせた。
「さて…涼しげな顔をして、案外閨ではしつこいかもしれぬぞ…。そなたが知らぬだけではないのか」
一瞬、右近は目に力を込めて惣一郎の言葉を否定した。

 惣一郎は傲然と右近を見返し、二人の視線が絡み合う。
「…そういえば久喜萬字屋(吉原の大見世)でも、『溝口様は床上手』と、振袖新造たちが噂しておったが…?」

 右近が小さく息をのんだ。

 とどめを差されたように、右近の目から徐々に射るような光りが消えていった。
切なさ、諦めを通り越した、虚ろな玻璃玉のような瞳に、惣一郎は激しい苛立ちを覚えた。

(斯様な戯れ言に、いちいち傷つきおって…!)

 惣一郎に腰をつかまれたまま、右近は糸の切れた人形のように上半身を敷布の上に横たえていた。

(…なぜそこまで誠之進にこだわる?! 彼奴にはそなたの気持など受け止められぬ。…もう追うのはよせ、右近!)




 泣き出したいのは惣一郎のほうだった。
報われぬ片恋に身を焦がす愚かさは、自分も同じだ。
人のことを言えた義理ではない。

 自分は右近の主だ。
その気になれば、無理矢理奪うことなどいつでもできた。

 だが惣一郎は敢えて待ったのだ。
誠之進が江戸から去り、時を経て、二人の行く道が別れてしまえば、右近の恋着もおのずと風化するだろう。
魂を削るような恋を忘れるまで、ただ側にいて見守ってやりたかった。

 寵童を花の盛りにだけ閨の相手にするのとはわけが違う。
惣一郎は切ないほどに右近を愛していた。
手に入れる時は、右近の身体も心も、信頼も、全て自分のものにしなければ意味がなかった。

 そして…春。ようやく時が来たように思えた。

 一度は自分の想いに応えてくれるのかと甘い夢を見た。

 しかし一一。あの天満屋の事件で、自分のひとり相撲だと思い知らされた。

 右近は誠之進を忘れてなどいなかった。
 

 所詮、右近と誠之進は清い仲。
躯の奥深い所で繋がった、『割りない仲』ではない。
児戯にも等しい恋の真似事など、粉々に打ち砕いてやろうと、半ば強引に伽を命じた。

 一度知った蜜の味は想像以上に甘かった。
溺れるように右近を抱く日々が続いた。

 右近はもはや拒まず、忘我の境地で惣一郎の名を呼ぶ。

 されど…。
過ぎる快楽に泣いて赦しを乞うときも、
小刻みに身体を震わせて果てる瞬間も、

 閉じた瞼の裏で描くのは、結局、誠之進の面影ではないのか…?

 何度枕を交わしても、疑念が消え去らない。
心が欲しいと叫びながら、気がつけば、陵辱するがごとく白い躯を貪る自分がいた…。




 (何と不器用で愚かなことよ…)

 惣一郎は再び右近の上に被いかぶさると、首筋をきつく吸った。

「うっ…」
痛みに覚醒した右近が、再びぼんやりと惣一郎の視線を捕らえた。

 漆黒の瞳の奥を見つめ返しながら、惣一郎は繋がったままの腰の動きを再開した。
右近の内部が反射的に蠢き、熱い粘膜が惣一郎を絡めとった。
「右近…っ」
蕩けそうな歓喜が脳髄へと駆け上る。
惣一郎は右近の両膝に手をかけて大きく開かせると、さらに奥深く己を埋没させ、憑かれたように貪った。


「…ん…ふっ…」

 やがて、右近の吐息に濡れたような艶が混ざり始めた。

 惣一郎はいつもこの時を待ち焦がれている。
硬質な光りを放つギヤマンが、熱に犯され融け始める瞬間のようだ。
右近の皮膚の下で起った変容が、惣一郎を凶暴なまでに駆り立てる。

 激しい突き上げに、右近は流されまいと爪をたてて敷布を握り込んだ。
惣一郎の腹で擦られ、勃ち上がっていた右近のものが、限界まで張り詰める。
前後を同時に責められ、とうとう右近が啜り泣くような声音で訴えた。

「…ん、も、もう、お赦しください…っ」

 叩きつけるように最奥を穿ちながら、
「父上が何と言おうと……国許へなぞ…断じて帰さぬぞっ…!」
荒い息の下、惣一郎が悲痛な声音で叫んだ。

「…う…んっ…惣一郎さまっ…あぁぁっ…!」
震える睫の下、瞳はもはや焦点を結ばず、右近の身体が小刻みに震え始めた。

「何処へも行ってはならぬ……右近!」



 右近が惣一郎の全てを覆いつくしていた。
細胞のひとつひとつが、右近を求めて狂おしい叫び声をあげていた。
苦い覚醒が後に続くことを知りながらも、惣一郎は骨が震えるような歓喜に我を忘れた。



おわり




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『下弦の月』目次


2004.9.13 改稿
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