第5回
2005年お正月スペシャル


by 戸田采女

新年会@京都・采女撮影所

『あけまして、おめでとうございますっ!』
盛大な拍手とともに、ステージ上のくす玉が割れた。
撮影所きっての二大受けッ子、信明(三郎)と彩之介が両側から紐を引っ張り、派手に紙吹雪が舞った。

「おりゃー!」
内藤帯刀が野太いかけ声ととに酒樽の蓋を手刀で割り、幹事の平岡健太(仙之丞)と溝口誠司の弟・慶次郎が皆に枡酒をふるまった。今年も快調な撮影を願い、出演者、スタッフ一同皆で枡酒を酌み交わす。

 新年の挨拶をとマイクを持たされた監督だが、堅苦しい挨拶は大の苦手である。
「さ、食べ物も酒もたんとあるさかい、後は自由にやってや!」
監督は一声かけるとさっさと席に戻り、特大かつ豪華な蒔絵の重箱の中身を物色し始めた。

 熟年・大御所テーブルには主膳、堀田の爺、山崎翁、池田孫作らに加え、なんと田安の御前までもが顔を揃え、青汁はケールがよいわい、いや大麦若葉が飲みやすうてよいと、健康談義に花が咲いている。時代劇界の重鎮が顔をそろえ、まさにキラ星のごときテーブルとなっていた。

 中堅どころの堀夫妻はお殿さまと同席。意外にも、劇中では冷めた関係の信輝公夫妻が、子供の中学受験の話をしながら、仲良く一緒におせちをつついていたりする。

 かたや信明や源蔵たち未成年なお子さまは、さっそくお雑煮を。
微妙な年齢の内藤弥一郎は、どのあたりに加わろうか迷った挙句、やはり信明(三郎)の側にはりついていた。で、弥一郎の隣には当然付き人兼子役の彩之介がはりついていた。

 右近や誠司ら主役・準主役級の役者たちは、先輩方やスタッフへのお礼もかね、あちこちのテーブルを回遊している。
 
 大御所テーブルにも、当然挨拶にやってきた右近だが、田安の御前にさわっとお尻を撫でられてしまった。『今年もよろしく御指導願います』と、皆さんの手前上品な笑みを浮かべつつも、鳥肌をたてて退散した。

 一方監督はもはや食い物しか目に入らず、スタッフとともにメインテープルに陣取り、いくらと大根おろしをまぶした餅にありついていた。そこへつつっと内藤帯刀が近寄っていった。

「監督、旧年中は大変お世話になりました。ささ、まずは一献」
「おお、帯刀はん。すまんな」
正月でも指無し手袋にちゃんちゃんこの監督。
しかし一応晴れ着ということで、金ラメいりの陣羽織りのようなものを着ている。

 ぐびぐびと越後の酒をあける監督に、
「…例の小部屋。評判は上々だそうですね」
帯刀が耳もとへ囁いた。

(なんで儂をこけら落としに使わんのや。
平岡の青二才に先を越されたなんて…洒落にならんやないか。くそったれいっ!)

 などという不満は腹の中にぐっと納め、二枚目俳優・内藤帯刀は苦みばしった顔に微笑を浮かべた。最近ミナミを舞台にした極道ものにかけもち出演しているので、つい思考が大阪弁になっている。

「おかげさんでな。経費もかかっとらんし、ちょっとしたお遊びやけど、読者様が楽しんでくれはったらええんや」
「まったくです。…ところで監督、次作の構想は?」
思わず帯刀がもみ手をしかかったところ、
「ほれ…」
監督があごをしゃくった。
目線の先を見て帯刀は悟った。

(ああそうか、甘鯛の味噌漬けがほしいんか。
世話のやけるおばはんやな。どれ、儂はフェミニストやさかい、とってやろうやないか)

 帯刀は箸を伸ばすと、重箱から甘鯛の焼き物を一切れ取り出した。
皿に置いてやると、
「さわらもええけど、味噌漬はやっぱり甘鯛やな」
監督は満足そうににんまりと笑った。

 監督は甘鯛を一切れ、うまそうにもぐもぐと食べきると、
「次作いうてもなあ…あっちは思いつきで適当やさかい…特に予定はない」
「…よ、予定はないとおっしゃる」
帯刀はぎりっと奥歯をかみしめた。
「帯刀はん、次はあそこのひらめの昆布〆、取ってんか?」

 予定はないとあっさり言切られ、『何がひらめの昆布〆じゃ、おのれ一回〆たろか』とキレそうになった帯刀だが、
「ですが監督っ、『邪道だけどみたい絡み』のアンケートでは、確か帯刀×右近が第一位。鬼畜ものを心待ちにしておいでの方もたくさんいらっしゃるとか?」
「え〜、そんな話、うちは聞いとらんで〜」

(われ、とぼけてもネタはあがっとんじゃ!)

 枡酒をあおり、極道モードに入りかけた帯刀だったが、

「内藤さん! いい加減にしてくださいよ!」

 どこから湧いて出たか、結城惣一郎が談笑する人の間をすりぬけ、つつつっとこちらのテーブルへ歩みよってきた。
「監督。こんな人の口ぐるまにのっちゃいけませんよ」
「口ぐるまとは失敬な。こら、結城。後輩のくせに、なんじゃその口のききかたは!」
「いいえ、はっきり言わせていただきます。そんな怪しげなコーナーで右近を酷使するなんて、私は断じて許しませんよ」
「結城ちゃん…かたいこと言わんといて〜な。お遊びやん、なっなっ」
指無し手袋の手を合わせて、監督が堪忍な、と結城惣一郎に頭を下げている。
「だいたい何ですか。私がちょっと海外ロケで留守にしている間に、あんなコーナーを勝手に作って盛り上がって…」
「いや、そやかてあれは読者様が…もごもごもご」
「監督。あまり悪ふざけがすぎると…」
惣一郎は声を落とし、
「うちの父に言って、結城産業はスポンサーから降ろさせていただきますよ」
「あ〜〜そんな殺生な!」
流石の采女監督も一瞬で涙目になった。

 『落花流水』は弱小プロダクション。スポンサー撤退は痛すぎる…。そういえば、この新年会の豪華料理も樽酒もみな結城の実家からの差し入れらしい。くそっ…これだからブルジョワは好かんのや。

「おい、結城! 札束で監督の頬ぺたをはるような真似をする気か?!」
「どうせなら諭吉にしておくれ。低額紙幣はごめんだよっ!」
「監督、なに強欲なこと言ってるんですか! ひとがせっかくかばってあげてるのに!」
漫才を始めた監督と帯刀に、惣一郎はひややか〜な視線をなげ、
「ふっ…あわよくば右近の緊縛シーンを、な〜んて人に説教されたくないですね」
「貴様…っ」

 脂の乗り切った叩き上げの大物俳優と、ハイソな若手二枚目俳優ががっぷり四つで睨みあった。

「ままま。おふたりとも、新年早々とんがってちゃいけませんねえ…。お正月じゃあないですか。みんな仲良くやりましょうよ!」

 割って入ったのは、『小部屋』でごっついいい思いをした、あの童顔な幹事さんだった。
「ほら、内藤さん、そこへ座ってください。肩でもお揉みしましょう」
平岡健太は余裕の笑みで内藤帯刀をとりなしている。
「やかましい! 一回くらい右近と濡れ場撮ったからって、いい気になるなよ!」

 ますますむかつく内藤帯刀であった。平岡健太に肩を揉ませながら、この若僧、一度なますにして重箱に詰めてやろうと秘かに思っていた。




 会場の一角で右近を巡って火花が散っている間、当の右近は隅っこのほうで、まったりと雑煮を味わっていた。

 キャストは関東の人間が多いので、雑煮の出汁はすまし汁。白味噌はちょっぴり苦手な右近は、ほっとしたように薄味の出汁をすすっている。

 具と汁を大方食べ終え、最後にとっておいた二つ目の餅を頬張った途端、
「右近くん…」
ビロードのようなバリトンが右近の名を呼んだ。
「うぐぐぐっ…」
餅を喉につまらせて涙目で見上げれば、誠司が鳶色の瞳でふわりと微笑んだ。
「大丈夫かい?」
軽く背中をとんとん叩いてくれる。
「掃除機、持ってこなくて大丈夫?」(御老人が多いもんで、用意しております…)
右近はごっくんと大きく喉を鳴らして餅をのみ込んだ。
「……う。うん。もう平気」

 ああ〜〜〜、びっくりした。

 右近は思わず肩で深呼吸をしていた。

「去年はほんとお疲れさま」
「誠司くんこそ、お疲れさん」
「今年もよろしくね、右近くん」
「こ、こちらこそ…」

 見つめあう目と目。

「お酒は?」
誠司が片手にもった枡酒をくいっとかかげた。
「え、じゃあ少しだけ」
本当はうわばみのくせに、右近は小娘のように恥じらって応えた。

 ふたりは末席の手直な場所に座り、料理をつつきながら話しを始めた。
「右近くんもとうとう留守居役だね」
「え、ええおかげさまで。誠司くんこそもうじき筆頭家老じゃないか。大変だね」
お互いの昇進をたたえあうリーマンのように、ふたりは目を見交わしてうなずいた。

「今年は殺陣のシーンもたくさん撮るらしいぞ」
「え、そうなの? 僕よりもそれは多分誠司くんだろう?」
「さあ…どうかな」
苦笑する誠司を前に、右近は夢見るように呟いた。
「でも誠司くんて凄いよなあ…スタント一切使わないんだから」

 だが『三郎との濡れ場はスタント使えばいいのに』と腹の中では思っている。

 誠司は右近のブラックな本心に気付くわけもなく、照れたような笑みを浮かべた。
「うーん、これまでのは殺陣といっても大したシーンはなかったし…」
「年末のあれだって、僕、惚れ惚れしちゃったよ」
「ははは…おだてても何もでないぞ」
「ううん、ほんとのことだよ」

 すっかりいい感じで盛り上がっているふたりだった。

 誠司は食欲旺盛で、しゃべりながらも頻繁に料理に手を伸ばしている。しかし鴨ロースにローストビーフと、放っておけば肉ばかり皿に取っていく。右近はくすりと笑って重箱に手を伸ばし、煮しめやなますを横に乗せてやった。

「あ…どうも」
誠司はばつが悪そうにぺこりと頭をさげた。
「家でもいつもおふくろに言われてるんだ。野菜も食べなきゃだめよって」
「ですねえ…」
右近は何やら気分が浮き立って仕方ない。
こんな他愛ない会話が楽しくてしかたないのだ。
「右近くんは…」
と、誠司が右近の皿をのぞきこむ」
「魚系が好きなの?」
「どっちかというと。肉より好きかな。野菜も結構好きだよ」
「ふううん」
誠司が納得したようにうなずいた。
「だから肌が綺麗なのか」

 どきどきどきどき…。

 は、肌が…きれい?

(そう言われて、いきなり全裸で誠司と絡んでいる姿を思いうかべるあたり、この人も相当腐っている)

 右近は一瞬で耳まで赤くなった。
「あれ、どうしたの。右近くん?」
誠司はさらに距離をつめ、ほとんど右近の耳もとで囁いた。
「あ…な、なんでもないよ。ちょっと飲み過ぎたかな…」
「大丈夫かい?」

 誠司が離れてくれさえすれば、脈拍も体温も平常値に戻るのに。

 だけどもう少しこのまま、相手の体温や息使いが、そこはかとなく感じられるほど側にいたい…。

「でも顔が赤いよ。気分が悪いなら…監督の部屋で少し休んだら?」
「え……」

 『監督の部屋』と聞いた途端、ある日の思い出が脳裡に蘇り、右近の股間がむずむずと熱を持った。

「ねえ…『ハムスター観賞会』の続きなんて…どう?」(撮影所4参照)
「せ、誠司くん…」

 もうダメだ、心臓がきゅうきゅういっている。
右近が酸欠のように喘ぎそうになったところ、
「とにかく表へ出よう。外の空気を吸うといいよ」
誠之進は決して強引ではない仕種で、軽く右近の肘をとって立たせた。
右近はもはや誠司にすべてお任せモード。促されるままに、プレハブ作りの新年会場の外へ出た。

後編へ


書庫目次 | 滑稽本書庫・目次



Copyright © 2004 戸田采女
All rights reserved.