第6回
開花するマグロ


by 戸田采女

*はじめに*

 今回は右近の一人称。シリーズ5までは、撮影所の様子を脇からのぞく感じでしたけど、今回はどっぷり右近になりきって悶えてください。ちょっとシリアスな?全四話。


***


 秋深まる京都・太秦。青嵐三十三の巻『秘め事』の撮影中。

 昨日、今日とほとんどスタジオに缶詰め状態で、第二話を撮り終えた。出演者は惣一郎に私、いつもの小姓軍団、堀田の大御所、そして今回初めて顔を合わせた『右近』の部下役の俳優さんだ。なんでも元暴走族という噂もあり、マッチョで苦手だなあと思ったら、案の定、休憩時間に尻を触られた。

 第一印象最悪だ。この先共演する場面が増えるのかと思うと、ちょっとげんなりした。

 後輩の平岡健太は出演者兼・助監督(ていうか監督の雑用係♪)なので、ほとんどここに詰めきりだ。だが彼が常に撮影所にいてくれるのは正直ありがたい。彼とつるんでいれば、それなりに身の安全が守れるからだ。

『私は藩主だ』
乾いた掌が右近の胸を撫でさする。
『殿…っ』
『誰にも文句はいわせぬ』

 カ〜ット!

 というわけで「お疲れさま〜」の声とともに、『秘め事』第二話は無事撮影終了。私は速攻で控え室に戻り、まずは重たいヅラを係の人に外してもらった。あれって長時間つけてるの、結構辛いんだよね。

 頭が軽くなってすっきりした私は、さっさと裃、小袖袴も脱ぎ捨てて楽チンなスウェットに着替えた。一仕事終えた開放感は心地よく、緑茶のペットボトル片手にしばらくチープなソファの上でごろごろ。するとドアの外から声がかかった。

「右近ちゃん、ちょっとええか」
返事をする間もなく監督がドアを開けてずかずかと入ってきた。
後ろ手に何か隠しもって、頬ににんまりと笑みを浮かべている。

(あ…このおばはん、また何か悪だくみを?)

 いい加減長い付き合いだ。監督の行動パターンは読めてきた。あの後ろ手にはどうせまたろくでもない菓子が握られているのだろう。『右近ちゃん、まあこれでもおあがり』とか言って、私に無理難題をふっかけるに決まっている。

 私は身を起して一応ソファから立ち上がった。
「監督、どうもお疲れさまでした」
頭を下げそれなりの礼は尽す。
「そちらこそ、ご苦労はんやったな」
お座りと監督が目顔で促した。
今度は監督と並んでソファに腰掛ける羽目となった。

「まあ、これでもおあがり」
予想通り監督は私の鼻先に菓子を差し出した。

「あ…」

 今日は京菓子『湖月』の万寿せんべいじゃないかっ。
あっさりしたクリームをサンドした、クッキーのような煎餅のような代物、ぢつは私の大好物なのだった。
「い、いただきますっ」
私は嬉々として個別包装の袋を開け、煎餅をかじった。

(ああ、やっぱりこれ、美味しいや♪)

 ひと口目、ふた口目は無心にかじっていたのだが、私の食べる姿をじーっと見つめる監督に気付いた。何やら目が怪しく光っている。

 ケチな監督がひからびたドラ焼きじゃなく、一枚120円の煎餅を出してきたとなると…。ただではすむまい。

 煎餅をくわえたまま、私は糸のように目を細めた。
「あ、あのう…次はいったい…何の…」
また妙ちくりんな設定の裏出演かと思いきや、
「どや、最近」
「は、はあ…」
「誠ちゃんとのシーンもそろそろクライマックスやな」

 ずきん…。

 そう。『秘め事』のもう少し後に、ふたりの舟宿でのシーンがあった。右近が決死の覚悟で誠之進に告白する場面だ。台本は出来ているから、当然結末はわかっている。

 私は横目で監督をちらりと見た。

 どうあっても右近と誠之進は結ばれない運命なのだ。監督がそう決めたからだ。好き同士だったのに。あんなに長い間、想い合っていたのに一一。

 あ、だめだ。考えた途端、目がうるうるしてきた。

 監督は懐から二つ目の万寿せんべいを取り出し、無言で封を切った。

「青嵐の撮影もあと少しやな…」
「ええ…」
煎餅を私にくれるのかと思ったら、自分がばりぼりとかじり始めた。
「誠ちゃんはこれが終わったら、すぐにも東京へ戻らなあかんらしいで」
「そうですか…」
「ホストもののTVドラマに出るねんて」

(ふうん、そんな話があったのか) 

 私がこの撮影が名残惜しくて連綿としている間にも、誠司くんは次の仕事のことも考えているのか…。

(プロだね…誠司くんは)

 今さらながらの温度差が悲しかった。

「ところで」
ようやく監督が本題を切り出した。
「さっきの続き、明日撮るからな」
「え? でも明日からは第三話の…」

「それは誠ちゃんたちの仕事。あんたには『だれにも文句は言わせぬ』の続きがあるやないの」
監督のいやらし〜い流し目に、私はぷるぷると首を振り、
「そんなの台本にありませんでしたっ!」
無駄とは知りながら抗議した。
「濡れ場に台本なんかいらんのじゃ!」
監督はドスのきいた大阪弁で凄むと、
「湯殿のシーンは外せんやろ」
あらたに袂から取り出した万寿せんべいで、私の頬をぴたぴたと叩いた。
「う…」
「右近と惣一郎の濡れ場はリクエストが多いんや」
「…そ、それはどうも」
私は力なく微笑んだ。
監督は私の肩をぽんぽんと叩き、
「ま、何事も読者様第一。きばってや」
私の手にせんべいを握らせた。
「…はい」
しょんぼりと頷く私を残し、監督は意気揚々と引き揚げていった。

 ドアの閉まる音を聞きながら、どうりで惣一郎の機嫌がよかったはずだと、今さらながらに気がついた。

(今夜もまた、稽古だとか言うつもりかなあ…)

 私は特大の溜息をつくとふたたびソファにひっくり返り、ぱりんと前歯でせんべいをかじった。


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