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屋内スタジオの中央に板敷きの湯殿セットが作られ、巨大な漆塗りの風呂おけが鎮座している。この場面のために特注したというから恐れいる。時代劇で時々みかける、将軍や殿様の風呂おけだ。追い焚きのできないタイプで、湧かした湯を下男がせっせと運び、水と混ぜて程よい湯加減にするのだ。ご丁寧に柚まで浮かべてあった。
「ぐふふ、ちょんまげにバスローブって、いつもながら笑えますね」
「うるさいよ、平岡くん」
平岡の頬が妙に弛んでいるのは、過日の裏撮影を思い出したからだろう。
私はしれっと無視したが、
「バスローブ姿でスタンばってるのって、AVっぽくてわくわくしますよ!」
平岡は脳天気に続けた。
何かむかつく。
「バカ、今日のは湯殿のシーン。AVじゃないってばっ!」
珍しく大きな声を出した私に、まわりのスタッフの視線が集中した。
そう、表の撮影の時は裸で抱き合ってもフリだけなんだ。
本当に挿れたりはしない。
カメラさんもその辺りは心得ていて上手に雰囲気だけ取る感じ。
監督から「裏」とは聞いていないから、今日のはそういう撮影のはず。
やがて、同じくちょんまげにバスローブ姿の惣一郎が現れた。
愛想よくスタッフに御苦労さんと声をかけた後、何やら監督と小声で話している。
夕べは珍しく『稽古』はなしだった。私は近頃『青嵐』に出ずっぱりで他の仕事はしていない。ここ数カ月、京都にマンションを借りて独り暮らしだ。時々平岡が遊びに来て一緒に鍋をつついたりする。惣一郎が出番で京都入りする時はいつもホテル泊で、夕べは私もそちらで夜を過ごしたのだが…。一緒に泊まって何もないのは極めて珍しい。
平岡は漆塗りの風呂おけに温度計を突っ込み、入念に温度をチェックしている。
スタッフを振り返り、
「ねえ、もう少し熱いお湯足してくんない?」
「はいっ」
「平岡ちゃん、41℃やで」
監督がしっかり念を押している。
何で41℃なんだと私が小首をかしげると、
「右近さんのお肌が綺麗に見える温度なんですって」
平岡が嬉々として説明した。
何と返してよいかわからぬ私は、ふうんと適当に笑ってごまかした。
「監督、41℃になりました!」
「ほな始めよか」
監督がぱんぱんと手を叩き、カメラさんや照明や音響のスタッフも配置についた。
このシーンはふたりとも裸で風呂おけ内に入った状態でのスタートだ。私と惣一郎は無言でバスローブを脱ぎ、粛々と風呂おけに身を沈めた。ちなみに下着は一応褌をつけさされている。板敷きの隅に配置した行灯に火が灯り、天井のライトがすっと暗くなった。
「ほなふたりとも。用意はええか」
「はい」
「よっしゃいくで、スタート!」
監督のかけ声とともにカメラが回り始めた。
***
「カッ〜ト、カット!」
風呂おけの中、抱き合ったまま惣一郎が眉をしかめた。
「あかん!なんやそのやる気のない態度! あんたスタッフをなめとんのか?!」
監督の怒号にまたかよという溜息がスタジオに漂った。
五回目のダメ出しだった。
「監督ぅ〜、もうお湯が冷めちゃってだめっすよ。一回入れ替えなくちゃ。いっそ休憩にしちゃどうです?」
平岡健太まで肩をすくめて進言した。
「しゃあないな、まったく。ほな一五分間休憩。その間にお湯入れ替えてや!」
監督は文字どおり頭から湯気を出しながら、撮影用の椅子にふんぞり返った。
風呂桶から出て平岡の差し出すバスローブを羽織る間も、私は監督のなじるような視線に耐えていた。
監督の言いたいことはわかっている。
『今日のあんたはマグロどころか、安物のダッ○ワイフ以下や』
濡れ場の撮影でここまで乗れないのは初めてだった。いつもは嫌々スタジオに入っても、いざカメラが回れば私だって役者のはしくれ。あのとんでもない『御前の道具箱』の時でさえ、十分役に入っていけたものだ。それがどうして今日は…。
あまりの出来の悪さに、今回ばかりは惣一郎も慰めに来ない。惣一郎はバスローブを羽織ると、私には声もかけずに監督のもとに歩み寄った。ふたことみこと言葉を交わすと、ちらりと私を一瞥してスタジオを出ていった。
「右近さん…」
平岡が私の肩をぽんと叩いた。
「いったいどうしたんですか…今日は。身体の具合でも悪いんですか?」
振り返れば、犬のような人懐っこい目がじっと見つめていた。
「どれ…」
熱はないかと額に手をあててくる。
「大丈夫、そんなんじゃないよ」
ああ、親身になってくれるのは結局君だけか…と、妙にしみじみきてしまった。
「ごめん…。理由なんかないんだ。ただどうしても気分がのらなくて」
私は素直に頭を下げた。
スタッフの人たちにもひたすら申し訳ない気持ちだった。
「次は…がんばるよ」
自分にもそう言い聞かせ、私は少し無理をして平岡に微笑んだ。
***
休憩時間はたった十五分なので控室には戻らなかった。私はセットの隅に座り、ちんまり膝を抱えて丸くなっていた。
不調なのは雑念が多すぎるからだ。その中心に誠司くんへの恋心があった。『青嵐』の話が進むにつれ、私の中でも誠司くんへの想いがどうしようもないほど膨れあがっていた。劇中の右近と違い、自分は軟弱な現代人。武士『右近』の男としてのプライドも、『殿』への忠誠心もない。
誠司君への恋心が邪魔をして、惣一郎との濡れ場に気持ちが入っていかない。
私は自己嫌悪にまみれながら、お湯の準備をするスタッフが忙しく立ち働く姿をじっと眺めていた。
このワンシーンのために、額に汗して働く人たちがいる。バイトの学生が黒塗りの風呂桶から冷めたお湯をくみ出し、新しいお湯をはっている。平岡は再び温度計を突っ込んで41℃に整えようとしている。馬鹿馬鹿しいまでに生真面目なスタッフに、このままでは顔向けできない。
役者としての意地をかき集めて、決然と顔を上げた時一一。
スタジオの重い扉が開き、ざわざわと人が入って来た。
「おっ…まだやってるようだな!」
(あの声は…最悪っ)
私は抱えた膝に頭を押し当てた。きっちり整えた髷をかき乱したい気分だった。
(何で出番もないのに撮影所にいるんだ…)
こともあろうに大物俳優・内藤帯刀と弟の嶺次郎、その取り巻きが見学にやってきた。部外者はともかく、出演者同士が撮影を見学/物?するのは日常茶飯事。基本的に拒否できない。ギャラリーがいては演技ができないなど、役者として言えることではない。
次こそは頑張ろうと心に決めた矢先、思いきり心が萎える出来事だった。
***
「さて、仕切り直しといこか。右近ちゃん、たのむで」
監督も皆の手前、気持を切り替えようと明るい声を上げたが、目が笑っていなかった。
普段おちゃらけた監督が相当お怒りなのがわかる。
次でしくじったら、本当に総受けモノを撮らされるかもしれない。
「皆さん、先程はご迷惑おかけしました。…よろしくお願いします」
私はスタッフ一同に丁寧に頭を下げ、潔くバスローブを脱ぎ捨てると風呂おけに入った。
続いて入ってくる惣一郎にも、
「結城さん、何度も申し訳ないです」
仕事モードできっちり詫びを入れた。
惣一郎は唇の端だけでふっと笑い、小さくうなずいた。
***
異変はカメラが回り始めてすぐに起こった。
漆塗りの風呂おけの中、誰にも見えない所で、惣一郎の手が想定外の動きをしている。
今回の『湯殿のシーン』は○部を写さないソフト○○のはず(と、自分は理解していたつもりだが)。表からクリックひとつで行ける程度のものじゃなかったのか? はっきりと裏行きの時は、いかに鬼畜な監督でもこれこれしかじかと事前に教えてくれる。で、こちらも覚悟した上で撮影に臨む。
采女撮影所ではそういう決まり事があったはずだ。
カメラは回り続けている。いくら何でも再びNG を出すわけにはいかず、私は演技を続けながら目で惣一郎に抗議した。
それを惣一郎は黙殺した。
褌の中に強引に割り込んできた手は、執拗に前を嬲っている。私のポイントを知り尽した手に本気で触れれれば嫌でも息が乱れる。
セット中央の私たちと、手元のモニター画面を交互に見ながら、
「ふむふむ…ちっとはマシな表情になってきたな。その調子や…」
監督がにまにまと呟いた。
(惣一郎…!)
これはルール違反だ。
(どういうつもりだよ?!)
思いきり目に力を込めて睨んだつもりが、
「…ん…あっ」
次の瞬間には恥ずかしいほど甘い声が洩れた。
演技ではない生の声を人前で曝したことに、私は身の置き場もない羞恥を覚えた。
「よっしゃっ…」
監督が思わず小さくガッツポーズをした。
「カメラはん、今度は上からやで」
アングルが変わるらしい…。げっ…真上からこの格好を撮られるのか。
風呂桶のふちに首の後ろを乗せ、仰け反り加減になったところ、前屈みになった惣一郎が唇を私の項や肩にはわせてくる。両足は既に湯の中で大きく開かれ、間に惣一郎の腰が割り込んでいた。カメラが上に回ってくるのを感じ、私はたまらず顔を背けた。
(頼むから…このポーズ、柚かなんかでカモフラージュしてくれっ)
上を見てカメラを直視することはできず、私は逃げるように視線を泳がせた。眉を寄せ、恨めしげに監督を見遣れば、監督の背後から内藤帯刀が食い入るようにモニター画面を眺めている。隣でおバカな嶺次郎が口元をだらしなく緩めていた。その横は知らないやつだ…付き人だろうか。嶺次郎の後ろにも長身の人影があり一一。
(うそっ…)
心臓が一瞬止まったかと思った。
誠司くんがモニターを一緒に見ているっ一一。
こんな、こんなあられもない姿を!
私が固まったことを惣一郎も瞬時に悟った。
惣一郎は私の耳もとに唇を寄せ、
「ギャラリーが増えてきたな」
マイクに拾われないよう、息を吹き掛ける程度の微かな声で呟いた。
そのまま私の耳たぶを甘咬みしながら、
「あいつの前で…『殿』に抱かれるのはどんな気分?」
惣一郎の手が湯の中で私の褌を緩めにかかった。
有無を言わせぬ動作に私は思わず声をあげた。
「殿…っ」
それでもまだ、私は撮影中という立場を忘れなかった。
惣一郎は褌から引っ張り出したモノを、湯の中で自在に操り始めた。
「な…何をなさいますっ」
『右近』として殿に抗議してやる!
「決まっておる…ここでそなたを抱く」
「湯の中でことに及ぶなど…。私は嫌でござりますっ!」
「つべこべ申すな」
惣一郎は全く取り合わず、両手で私の膝裏をぐいっと持って引き揚げ、自分は風呂桶の中で膝立ちになった。さばんと水音がし、小ぶりな柚が二、三個、湯とともに風呂桶の外へこぼれ出た。
(ああ、隠れ蓑の柚がっ!)
私は惣一郎を下から涙目で睨んだ。
……と、ここらが表の限界か。3.7 第三話/裏へのリンク開通♪
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