たーちゃんの純情…1
(2004 クリスマス小説)

by 戸田采女

 幼馴染みの惣ちゃんと初詣で遭遇してから一ヶ月。

 幼稚園時代からの付き合いなのに、去年の秋、『結婚』してからの惣ちゃんときたら、毎日大学から速攻で家に帰ってしまい、ちっとも店に寄ってくれやしない。まあ『新婚』だから気持はわかるけどね。

 奥さんの右近ちゃんのことは、もう何年も前、片思いの頃から散々聞かされていたし、あたしも大学まで顔を拝みにいったこともあったの。だから本当は元旦に神社で会ったのが初対面じゃなかった。惣ちゃんの入れ込み方が尋常じゃなかったから、今度こそもってかれるだろうなあ…とは薄々予感してたんだけどね。

 ところが惣ちゃんたら、なかなか右近ちゃんにあたしのこと紹介してくれないの。初詣でハチ合わせしなかたら、いったいいつまであたしのこと日陰者にしといたつもりかしら。正月休みの間にお店に来てねっていったのに、すっかりお見限り。これが竹馬の友に取る態度かしら! 薄情よねえ。

 でもあたしは右近ちゃんが気に入ったわ。今じゃ美形よりも、やんちゃな男の子をアンアン言わすのが好きなあたしだけど(おい…)、右近ちゃんてどこかボケてて可愛いのよね。おちょくりがいがあるというか…。それにあたしのこと嫌ってないみたいだし、るんっ。

 一度右近ちゃんとゆっくり話がしてみたくて、プレゼント片手に昼間マンションを訪ねてみることにしたの。




 ピンポ〜ン。
『はい、どちらさまですか?』
おお、上品なテノールがあたしをお出迎え♪
「こんにちは、右近さん。内藤です」
『……?』

 ドアフォンの向こうで首をかしげる雰囲気があった。
ふふふ、こう見えてもあたしは渋いバスの美声の持ち主。
普通にしゃべれば、ダンディな三十男なのよ。
ややあってドアが開いた。

「あ…」
顔を見てもまだ首をかしげているわ。
「あのう…失礼ですが、どちらの内藤さんでしょうか?」
あらいやだ、覚えてないの?
10年にひとりの秀才なんてほんとかしら?
でもまあ、申し訳なさそうに尋ねるところがかわいいから許しちゃう。
今日は大蔵省時代のカシミアの通勤コートを来て、いかにも普通っぽい格好で来たのがいけなかったかな…。

「いやん、右近ちゃんたら。ほら、あたしよっ。惣ちゃんの幼馴染みの!」
「ああああっ」

 右近ちゃんたら、両手で頬を押さえて半歩後ずさったわ。

「『帯刀』のマスター……」
右近ちゃんの額につーっと三本、縦の線が走った。




「ど、どうぞお茶でも…」
しばらくして立ち直った右近ちゃんは、いい香りの紅茶をいれてくれたわ。
「いただきます…」
まずはカップを持ち上げて香りを楽しむ。
ふむ、アッサムね。
ひとくちすすると、あらまあ味もなかなか。
「紅茶いれるの、上手ね」
「え…そうですか? よくわかんないまま適当なんですけど」
一見、すました美形に見えるだけに、照れたように笑う顔は確かにかわいい。

 あらいやだ、これって嫁にチェックを入れる姑のような気分かも。

 ふと視線を感じると、右近ちゃんがあたしの手許をじっと見ていた。
まあ、小指が立ってるくらいでそんなに見つめないで頂戴。

「そのセーター…変わってますね」
なんだ。右近ちゃんは小指というより、あたしの服を見ていたのね。
                     
「うふふん…ロベルトカバリよ。お洒落でしょ」
そ…。エレガントでセクシー。まるであたしのために存在するブランドだわ。
「は…?」
「あらん、イタリアのブランドよ。知らないの?」
「はあ…」
「自分だってドルガバ(Dolce&Gabbana)着てるくせに?」
「え…ドルと…カバ?」

 今度はあたしの額に縦の線が三本走ったわ。
いえ…いいんですけどね。
あたしは思わずソファに轟沈しました。
白のシンプルなジップアップがこんなにこんなにお似合いなのにね。
きっと惣ちゃんが買ってきて無理矢理着せているんでしょう。

 あたしは右近ちゃんと服の話をするのはあきらめたわ。

 紅茶を一口すすり、気を取り直して、
「実はね、右近ちゃん。今日はプレゼントを持ってきたの」
そうそう、これが今日の本題。
私は紙袋からブツを取り出して、右近ちゃんの前に広げてみせた。
「そ、そりは?」
「見てのとおり、ちゃんちゃんこよ」
「はあ‥」
一応口元に笑みを浮かべて、右近ちゃんはうなずいた。
「惣一郎に…ですか?」
「いやねえ…惣ちゃんにじゃないわよ」

 じゃあ私?と右近ちゃんが自分の鼻先を指差した。
「違うわよ。右近ちゃんのおばあさまにどうかと思って」
「ば、ばあちゃんにですか?!」

 ふうん。その顔で「ばあちゃん」て呼ぶの。
こういう庶民的なところが好感度高いわけね。

「これ、あたしが編んだの」
「え"……」

 右近ちゃんがソファの上でちょっぴり後ずさった。

「き、器用なんですね…マスター」
「ほら、触ってみて、あったかくて柔らかいから」
右近ちゃんは素直にちゃんちゃんこを手にとると、
「わあ、ほんとだ…」
右近ちゃんは手触りに感動したのか、頬擦りまでしている。

 ふふふ。しばらく編み物はやってなかったけど、ぢつはあたしの昔からの特技なのよ。色はグレーと白の霜降り。もちろんいい糸を使ったけど、太めの毛糸でふんわり仕上げるには、それなりの腕がいるのよね。一回洗ったら安物の絨毯みたいにかっちんこっちん…なんて、いただけないでしょ?

「でも何だってばあちゃんに?」
「え、だって惣ちゃんが随分お世話になったそうだし」
「お世話ってほどのことは何も…ばあちゃん、先生のこと気に入ってたらしいけど」
右近ちゃんはくすりと笑い、ちゃんちゃんこを膝の上で綺麗にたたみ始めたわ。
「マスター、ほんとにいただいていいんですか?」
「気に入ったかしら♪」
「ええ、ばあちゃんいつも着物だから、こういうのとっても喜ぶと思います!」
「そう…よかった♪」
あたしはほっと溜息をついた。

 右近ちゃんのおばあさんの話。惣ちゃんからもよく聞かされてたのね。右近ちゃんの学生時代から、マメに尽くしていた(というか、付きまとっていた)惣ちゃんのことを、暖かく見守ってくれたらしいし、結婚するとき、櫻田家・親族一同猛反対の嵐の中、ひとりだけ味方になってくれたそうじゃない。

 惣ちゃんの竹馬の友としては、何かお礼がしたい気分だったの。

「あたし…二度と編み物はしないって決めてたんだけど、そーちゃんから右近ちゃんのおばあちゃんの話を聞いてつい、ムラムラッときてしまったのよ」
「ばあちゃんにムラムラ…ですか?」
「違うわよ! 編み物したい気分がむらむらとわき起こってきたってことよ」
「はあ」

 右近ちゃんは眉毛を八の字に下げながらも、口元は綻んでいた。

 そう…編み物はね、もう長いことしていなかったの。
考えてみれば、あれから十五年もたったのよね…。




 『時は昭和の終り。都内の某有名私学の高等部に通う、惣ちゃん、たーちゃん。もうじきバブルがやってくる時代でありました』


 幼馴染みの惣ちゃんこと結城惣一郎。

 幼稚園の頃から仲良しで、学校もピアノのお稽古もずっと一緒だった。
中学に上がって以来あたしはずっと柔道部、惣ちゃんは中学時代は帰宅部だったんだけど、惣ちゃんたら何を思ったか、高等部に上がった途端、生徒会の副会長に立候補したの。一年でそんな目立つこと…、先輩に睨まれたらどうするのっ、と気弱なあたしは心配したけど、ハンサムで弁のたつ惣ちゃんはなぜか好感度高くて、前任者を破ってさっさと当選してしまったわ。

 以来、三年の会長と二人三脚で生徒会運営に多忙な日々を送っていたの。
自分も柔道部の稽古で忙しかったけど、放課後、惣ちゃんと一緒に行動することはほとんどなくなってしまい、あたしはなんだか淋しくてしかたなかった。

 惣ちゃんは、週一度、一緒に通っていたピアノのお稽古も休みがちになるし…あたしとの接点がどんどんなくなっていく。

 正直あせったわ。

 だって…その三年の会長ってのが、楚々とした美形だったから。うちには一応女子もいるけれど、この人があんまり綺麗なもんで、男子でも目をつけている輩はごまんといたわ。クオーターなんて噂もあった。たしかにお肌は濁りのない白さだったし、髪も目も色素が薄め。だけど顔の部品が小作りで、嫌味なくすっきりしてるところがよかったのね。あれはおそらく英国系とみた。(純血・日本人でもコテコテのあたしとは大違い…)

 ところがこの生徒会長=小田切直樹さん、ちょっと天然入ってるヒトで、お人好しの性格が災いし、まわりからうま〜く持ち上げられて、生徒会長も押し付けられちゃったのよ。生真面目な人だったから、気の毒なくらいきっちり仕事はこなしてたけど…。

 はっきりいって、あたしのタイプではなかったけど、小田切さんを狙っている男はあちこちにいて、柔道部の先輩たちも部室でいろいろ噂してたわね。時にはオカズにされていたことも…げほっごほっ。

 まあそんな生徒会長だったから、惣ちゃんも始終一緒にいると、ヘンな気になるんじゃないかと心配だったのよ。

 あ、そうそう、ひとついっておくけどね。あたし、このしゃべり方は家にいる時と、惣ちゃんと二人の時だけよ。一応、クラス内や部活の時は気をつけているわっ。

 当時のあたしは高一にして身長は178cm、体重80kg。やさしくて力もちな柔道部の猛者として、周囲の尊敬を集めていたわ。偏差値は平均80近くあって、惣ちゃんから化け物扱いされてたけど、あたしって一度読んだものはすべて覚えてしまうんだから仕方ないじゃないの。

 惣ちゃんはね、大体今と雰囲気はかわんない。博愛主義でおしゃれ。高一だから顔はまだ幼かったけど、美少年というよりはハンサムで、身長はあたしより少し低くて、体重も65キロくらいしかなかったわ。

 小学校卒業までは同じくらいの体重だったのに、あたしが中学に入ってからむきむき育ち始めたから、惣ちゃんにはよくからかわれたものよ。

 学校帰りのありがちな光景…。

「たーちゃん、おまえもう、ブレザーがぱつんぱつんじゃないか! 今にも金ボタン飛ぶんじゃないか? それじゃあ来年は着られないぜ」(ふたりは中二かな?)
「いいわよ、新しいの買ってもらうから」
「おまけに見ろよ、この腕!」
「なによ!いたいわねっ!」
「袖がみしみしいってんぞ!」
「惣ちゃんが無理矢理ひっぱるからじゃないの!」
「御歳暮のハムみたいだなあ、肉がみっしり詰まって」
「うるさいわねっ。柔道やってるんだから、たくましいのがフツーよっ!」
「とどめはこの岩盤のような尻だな…」
さわりとお尻を撫でられて、
「きゃあああっ」
と、身体をくねらせたところへ、柔道部の一年が通りかかり、こわごわ礼をしていったことも。

 とまあ、毎日こんな調子だったわ。
だけど惣ちゃんは、私のおネエ言葉をキモいとけなしたことは一度もなかった。
「姉さんたちのしゃべり方が移っただけだろ? 別にまじでオカマじゃないんだし、気にするな」
と、いたって寛容。

 惣ちゃんの、世間の物さしにとらわれないリベラルな性格は、生まれつきだったのかもしれないわ。

 でもね、そう。惣ちゃんの言うように、あたしはオカマじゃないけど、実は男が好きだって、ホ、ホモなんだって。打ち明けるべきかどうか悩んでいたわ。なんせこんなおませなカラダですから、小学校の高学年の頃にはしっかり自覚がありました。そしてその対象は…。

 あらいやだ、どうも年をとると話が長くなっていけないわね。

 前ふりが長かったけど、あたし、高一のクリスマスを最後に、編み物はきっぱり止めていたの。どうしてかって? それは…トラウマになるような事件のせいに決まってるじゃないの。


つづく




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