たーちゃんの純情…2
(2004 クリスマス小説)


by 戸田采女

 あの頃はまだ23日が天皇誕生日じゃなかったっけ? ともかくあれは高一の二学期最後の日だった。


 今日は柔道部の稽古も今年最後ってことで、普段にも増して熱が入っていた。あたしは先輩たちを一本背負いで豪快に投げ飛ばし、寝技に持ち込んでひーひー言わせたり、いつも通り暴れまくって同級生からやんやの喝采を浴びていたわ。

「来年の部長はお前に決まりだな!」
まだ一年なのに顧問の先生からも熱い期待がかかってた。
この腕っぷしの強さと立派な体格のおかげで、あたしが時々口を滑らせ、おネエ言葉が飛び出しても、みんなギャグだと思っているみたいだった。

 ま、ラッキーな誤解はそのままにしとくべきでしょ。

 あたしは稽古を終え、シャワーを浴びてさっぱりすると、皆に挨拶をして一足先に部室を出た。今日は惣ちゃんも生徒会の用事で遅くなるって言っていたから、まだ校舎に残っていたら一緒に帰ろうと思ったの。

 実は今日、どうしても惣ちゃんに渡したいものがあったの。

 あたしには姉がふたりと弟がひとりいる。あたしが小学校六年の頃、中高校生の姉たちが編み物なんぞ始めた。やれクリスマスだバレンタインだと、せっせと製作に励んでいたわ。あたしそれを横目で見ながら、「そんなひん曲がったマフラーもらって喜ぶ男がどこにいる?」と冷た〜くせせら笑っていたんだけど、ある日、面白半分に編み棒を手にとってみると、これが意外に楽しいのよね。

 好きな模様、好きな形に緻密に仕上げていく過程は、『帆船作り』と大差ない気がするんだけど。渋い男は大体こういう作業が好きなものよ。

 その後、あたしはすっかりハマってしまい、手袋やマフラー、自分の冬のアイテムはぢつは全て手作り。もちろん周囲には内緒。姉さまの手編みってことになっているわ。

 でもって、テディベア好きな惣ちゃんのため、今年は初の3D作品、『あみぐるみ』に挑戦したの。糸だって輸入もののモヘアを使ってるから結構贅沢な感じ。蜂蜜色のクマさんの首に、グリーンのチェックのリボンも巻いた。目はつやつや光る黒いボタンなんだけど、思いのほか可愛くつけられて、あたしは出来上がりに満足していたわ。

 最近でこそ、惣ちゃんは『かっこいい』と言われる男になるつつあるけど、元はといえばとっても甘えん坊で可愛い子だったのよ。小学校高学年になるまで、惣ちゃんがテディベアに埋もれて寝ていたのを、みんなは知らないのよね。ベアたちの中に混じって、あたしも一緒にお昼寝したことも♪

 ところが惣ちゃんが高校に上がった春、妹さんが家政婦に命じてベアを大量リストラしちゃったの。
『高校生にもなってみっともない。お兄さまの性癖がばれたら私が物笑いの種になるわ!』ですって。おおこわ。さすがは中一で*ブルッフなんかばりばり弾く、いかにもな女だわ。
(*ブルッフのバイオリン協奏曲という、技巧的で派手〜な曲があります。惣一郎の妹は現在プロオケ在籍)

 今ではシュタイフのお高いやつが3体、出窓のとこに飾ってあるくらい。

 つまりはライバルが減っちゃったから、あたしの『手づくりクマさん』も側において可愛がってもらえるかしら、と実はひそかに期待していたのだわ♪

 今日はできあがった作品を綺麗にラッピングして、こっそりバッグの中に潜ませていたの。




 東の校舎の三階。あたしはプレゼントを片手に生徒会室に向っていた。あたりはすっかり暗くなり、教室には誰も残っていない感じだった。目指す生徒会室は廊下の突き当たり。思ったとおり、すりガラスの窓からまだ灯りが洩れていた。
 
 部屋の近くまでいくと、中から話声が聞こえてくる。

「結城くん、遅くまでつきあわせて悪かったね」
小田切さんの甘いテノールだ。
「とんでもない、俺だって一応副会長ですから。お手伝いするのが当然です」
「ああでもほんと助かったよ。僕ひとりじゃ今日じゅうに終わりそうになかった…」

 書類の整理でもしてたのかしら?
小田切さんの声は心底感謝しているような様子だった。
惣ちゃんも何だか声がほっこりと暖かい。

「ねえ、お腹すいただろう、結城くん?」
「え、ええ…まあ」
「よかったら駅前のマック、寄ってく?」
 
 あら、惣ちゃんはマク○ナルドは嫌いなのよ?

「それって御褒美におごってくれるんですか?」
「え…まあそういうことかな」
ちょっと恥ずかしそうに小田切さんは呟いた。

「お気づかいは嬉しいんですが…」

 ほらね、やっぱり嫌なのよね。惣ちゃんはあたしと一緒に…。

「俺…御褒美だったら、マックより小田切さんのほうがいいな…」
「うん?…あ、ちょっと、なに?!」
「じっとして…」

 がたんと机の動く音がした。

 あたしは生徒会室の戸の前でかたまった。

 わずかに取っ組み合うというか、揉み合う気配があって、
「うっ…ん」
小さな呻き声に続いて、息が絡まりあうような感じがあった。
何かがくっついては離れる湿った音も聞こえてきた…。

 あたしの心臓はばくばくと音を立て始めた。
そっとクマさんとバッグを床に置き、あたしはモモンガのようにドアにはりついた。

「ゆ、結城くんっ…はなせっ…」
やっとのことで、小田切さんが切羽詰まった声をあげた。
「…いやですっ」
「結城くんっ!」
「俺…ずっと小田切さんのことがっ…」

 ななな、何だっていうのよ!そんな話聞いてないわっ、聞いてないわよ〜〜!

 あたしはドアに耳を押し当てながら、心の中でじたばたと抗議の声をあげた。

 惣ちゃんが小田切さんを好きだなんて…初耳よ。惣ちゃんはあたしに隠し事なんてしたことなかったのに。惣ちゃん、なによ、こんな、ひとりで勝手に…、あたしに断りもなくっ…何盛ってんのよっ!

 惣ちゃんは熱っぽい声音で小田切さんを口説いていた。
「好きなんですっ…ねえ、いいでしょう?」
「い、いいでしょうって…困るよっ…僕そういうのは…あっ…」
「俺…ずっと小田切さんとこうなりたくて…」
「ゆ、結城くん…」
「もう…我慢できませんっ…ほらっ」

 そそそそその、『ほらっ』てなによ!
あぁぁぁ…ぐりぐりしながらそんなこと言ってるのかしら。

 がたんと大きく机の動く音がした。
洋服が擦れあう音の合間に、
「結城く…ん。こんなところで…いやだよ…」
小田切さんが掠れた声で哀願している。

 あらなによ、ここじゃなかったらいいっていうのかしら…。むむむ、もしやあんた初めてじゃないわねっ?

「先輩は…俺のこと嫌いですか?」
「き…嫌いじゃないけど…」

「お願いですっ…やさしくしますから…」

 あ"あ"あ"あ"あ………あたしの惣ちゃんが!
ついこないだまで、テディベアとお昼寝してた惣ちゃんが!
いつのまに、あんなやらしい声で男を口説くようになっちゃったの?!
やめてええええ。やさしくしますって何をする気よっ? 

「ゆ、ゆうきくん…」
小田切さんの声が甘く掠れて、とうとうひらがなになっていった。

 ネクタイをほどく音、脱いだブレザーを机に置く音。
しばらく間があって、猫がミルクをなめるような音が聞こえてきた。
「…はうっ…あ…んんっ」
さすがに小田切さん。
みんなが狙ってただけあって、切なげないい声で鳴いていたわ。
あんな声出されたら、男は誰だって夢中になる…。
 
 肌の上をさらさらと掌が這い回る音や、舌や唇のたてる湿った音に、気がつけばあたしの股間までかちんこちんに…。

 そしてベルトを外す金属音に、ジッパーの下がる音。
やがて、小田切さんの啜り泣くような声がきこえてきた。
最初、懸命に堪えている様子だったのが、だんだん耐え切れずに溢れ出てくる。
一瞬それが止まったかと思えば、
「ああっ…」
小田切さんの小さく鋭い悲鳴が聞こえた。
「…結城くんっ、いたいっ…やめてっ」
「大丈夫だから…力ぬいてくださいっ…」
「やだ…そんなの…無理っ」
「平気ですよ…ほらもう先っぽが入ってる。もう少し…ですっ」

 惣ちゃんはたいがい勝手なことをほざいていたわ。

 小田切さんはなおも痛みを訴えていたのに、惣ちゃんは大丈夫とか、すぐによくなるとか、適当なことを並べてた。

 でもそのうち、小田切さんの抗議の声は、だんだん小さくなって最後にはかき消えた。小田切さんの耳もとに囁きかける惣ちゃんの声だけが、何度もリフレインする。 

 しばらくすると、
「ゆうき…くん…うっ…あ、ああっ…ん…」
惣ちゃんの言ったとおり、小田切さんの声がだんだん甘い喘ぎに変わり、表で書いちゃいけないような粘った音が、絶えまなく聞こえていたっけ…。

 あたしは股間に天を突くものを抱えながら、息を殺してドアの前にうずくまっていた。

 だんだん惣ちゃんの動きは激しくなって、机ががたがたと揺れ始めたわ。

 あたしはとうとう鍵孔に目を押し付けて、中を覗き込んだ。

 長い机の上に仰向けに寝ている小田切さん。白いシャツは羽織ったまま胸をはだけ、ピンク色の胸の飾りを惜し気もなく曝している。下半身はズボンも下着も脱がされ、すんなり伸びた脚の膝裏を惣ちゃんの両手が持ち上げていた。惣ちゃんはブレザーを脱いだだけ、ほとんど着衣のままで小田切さんを…っ。

 あたしの惣ちゃんが、あんな風に。

 息を荒げて夢中で腰を振ってる。

 小田切さんが壊れそうなほど、ガンガン突きまくっている…。

「あっ…あぁぁ、ゆうきくんっ…」
小田切さんの柔らかそうな髪が、机の上で左右にぱさぱさと揺れた。
惣ちゃんが思いきり深く二、三度腰をつき入れた。
「あぁぁぁ一一っ!」
小田切さんの細い悲鳴に続いて、
「くっ…はぁ…」
惣ちゃんが小田切さんの中で一一いった。

 惣ちゃんはそのまま小田切さんの上に突っ伏して、いかにも満足しましたって顔で大きく息をしていた。




 何やってるんだろ。きっちり最後まで見ちゃったあたしって、ばかみたい…。
ショックで真っ白になった心を抱えながら、あたしはよろよろと立ち上がった。力なくカバンをつかむと、足音をしのばせながらその場をあとにしたわ。

 ほとんど亡霊のようにとぼとぼと駅への道をいきながら、はたと忘れ物に気がついたの。
今日渡そうと思ってた、あみぐるみのクマさん。
生徒会室の前に忘れてきちゃった…。

 ご丁寧にカードまでつけといたから、これであたしが立ち聞きしてたのもばれちゃったわね。

 あたしって、バカすぎ。ほんとにお笑いだ…。

 惣ちゃん…いつの間のか立派な『♂』になってたんだもの。

 もういらないよね…。

 あたしの『手づくりクマさん』なんて…お呼びじゃないわよね。ううっ…。


つづく



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