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「なるほど。では今回は四十八手枕絵集ゆえ、原画一枚×百両で四千八百両か?!」
思わず声が弾んだが、近江屋はなぜか気まずそうに口ごもった。
「そ、それは…」
「何じゃ」
「今回はちと枚数が多ござりますゆえ、原画一枚百両は難しいかと存じます。頑張っても一枚五十両くらいがせいぜいかと…」
ちっ。何やら瑛泉より下に見られているようで腹が煮えた。だが、これは身供の画壇デビュー作品だ。仕方あるまい。新人はいつの世も安く使われる運命よ…。
「ですが、若様。こうなさってはいかがですか?」
「今回、原画販売の枚数を絞りこむのです。全てを販売するのではなく、入魂の作品を八枚ほどに絞り込み、値を吊り上げまする。そのほうが、四十八枚を安値で売るよりもよござんす。若様の絵師としての格もあがりましょう」
ふん、この男、なかなか使えるのう…。
「心得た。よきにはからえ」
「かしこまりました」
「できるだけ高く売ってくれ。去年、今年と我藩は災害や天候不順に見舞われ、ここ数十年間で最大の財政危機だそうだ。…ここは、身供としても、身を粉にして働く家臣どもを助けてやらねばなるまい」
「では若様、国許での財政逼迫を愁い、下々のものを助くべく、絵筆一本で自ら数千両を稼ぎだそうというお考えで…?」
「いかにも」
近江屋は感に耐えない眼差しで身供を見上げておる。
「この近江屋、感服いたしました。…倹約という後ろ向きの政策ではなく、自ら稼いで藩財政に貢献しようとは。いやはやまことに名君の鑑…」
ふふっ。世辞はよいと申しておるであろう。あまりにうるうると見つめられては何やら面映い。身供は再び事務的な話に戻ることにした。
「して、今度のシリーズだが、ターゲットとする客層は?」
「さいでございますねえ…、やはり前回と同様、若道好きの大名、旗本、お大尽。この方々を集めての原画の競売会は是非とも…」
「なるほど…」
「この近江屋の人脈を駆使して、盛大に催してご覧にいれます!」
「して、此度は身供も競売会には絵師として顔を出し、サイン会でもせねばなるまいの?」
「わ、若様…」
「刷り物ができたあかつきには、大奥へも営業に行くのであろう? …何やらわくわくするのう」
「げっ…」
サイン会と言った途端、腰がひけた様子の近江屋に、
「如何した? 身供が顔を出してはまずいのか?」
「まずいのはそちら様ではござりませぬか?」
「ふむ…?」
「よろしいのですか、枕絵絵師として面が割れても…」
「身供は構わぬが、母上や綾の耳に入ると、ちとまずいやもしれぬ」
「ちと、どころではありますまい…。藩の体面というものをお考えくださいませ!」
近江屋は手拭いを取り出して、額の汗をふきふき溜息をついた。
「しかしのう…近江屋。今回の絵姿はどうせ身供自身なのだ。取り繕っても仕方あるまい…」
「な、何とおおせになりましたか?!」
近江屋は文字どおり座ぶとんから転がり落ちた。
「何を驚く? ほれ、企画書をいまいちどよく読んでみよ」
身供の意図を察した仙之丞が、すかさず扇でその部分を指し示した。
『画集の帯につける宣伝文句:三国一の美男子と美貌の側用人が織りなす、めくるめく官能の世界!』
「ま、まさか斯様なものを御自身で描かれるおつもりで…?!」
驚嘆する近江屋に追い討ちをかけるように、仙之丞は企画書の別の箇所を扇で指し示した。
『画集副題(仮):身供と右近ちゃんの夢の四十八手』
近江屋は声もなく、企画書に見入っていた。
「どうよっ?!」
近江屋はあまりの美味しい企画に声も出ない様子で、「ま、まずは一枚絵を仕上げてくださりませ…。広報や営業の件は後日ご相談いたしましょう…」と言い残し、ふらふらと藩邸を去っていった。
とりあえず、絵がみたいという言い分はもっともだ。近江屋には風景画は何点も見せているが、人物画、それも枕絵は初めてだ。ある意味、もっとも画力が問われるのが枕絵と言われている。
無論、身供としては自信があるから持ちかけた話だ。案ずるには及ばぬ。
なに、絵姿などなくとも、私には「妄想」という強い味方があるのだ。
右近とのめくるめく日々を回想しながら、かきまくってやるぞ。
この際だ、試したかったけど却下された体○も思いのまま…。
国内での大量販売に差し障りがあるのなら、いっそ長崎から輸出してはどうだろう? 大量に刷り物を用意して、唐や阿蘭陀の船に売り付けてやるのだ。
紅毛人たちも右近の美貌に鼻血を噴いて感激するだろう。
なんという壮大な構想。
藩庫は充実し、右近も吟味役として肩の荷がおりるだろう。
母上も周りに気兼ねなく贅沢ができるぞ…。またとない親孝行じゃ。
七つの海を駆け巡る、右近の艶姿。
どうだ、右近、嬉しいだろう…。
おわり
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