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身供と母上が暮らす江戸藩邸。
代々浪費の舘といわれ、肩身がせまい。
いわゆる「殿様の常識」(永田町の常識、って感覚で読んでね)では、下々の困窮など知らぬ顔をしておればよいのだが、身供はそこら辺のバカ殿とは違う。
こうみえても、右近を側近く召し抱えるようになってから、少しは藩政に興味を持つようになった。
(小姓の仙之丞:それは右近さまの気をひくためにござりましょう…。)
うるさいぞ、仙之丞。
今は江戸と国許に遠く離れてしまったが、身供は今でも右近一筋じゃ。
妻を迎えたとはいえ、これは武家のしきたりゆえ、仕方のないことで…。皆の衆、あまり突っ込まないでいただきたい。
一応奥へは渡っているが、心は右近のもの。
湯殿で妄想抑え難く、密かに右近をお○ずにすることはあっても、小姓に手をつけたりはしていない。ましてや、いくら近所だからとはいえ、湯島の陰間茶屋に出入りするなど考えたこともない。
(仙之丞:いやに真剣に言い訳なさるのですね…)
やかましいぞ、仙之丞。
こうして絵の制作の合間に、ほっと目を閉じれば、懐かしい右近との日々が鮮やかに蘇る…。
*
八年前…。
『江戸藩邸の皆様は、どこぞに金のなる木でもうわっているとお考えでしょうか? 収入以上の生活を代々に渡って続ければ、いずれ破綻するは必定。せっかく国許でまっとうに新田開発を行っても、実石高が増えた端から江戸藩邸が浪費するのでは、たまったものではござりませぬ』
弱冠十八歳の右近が、身供や留守居役、江戸家老を前にして、着任早々こんな大口を叩いた。江戸家老はてっきり身供が激怒して、その場で手打ちにするかと怯えていたが、流石に留守居役、堀田の爺は落ち着いたものだった。面白そうに身供の反応を伺っていた。
「ならばそのほう、我らに如何せよと申すか? 奥向きの経費を切り詰め、母上にも身供にも襤褸を着て過ごせと申すのか?」
「恐れながら、襤褸を着ろとは申しておりませぬ」
「ほう…では何だ」
「常から綺羅の装いをされずとも、惣一郎様には木綿の着物で十分」
「右近、無礼だぞ!」
江戸家老が慌てふためいた諌めた。
右近は嫣然と微笑み、臆することなく続けた。
「…まあ木綿とまではいかずとも、聖堂の知人いわく、世間では媚茶色や薄墨色など、抑えた色味が粋な装いとされております。華美な着物はかえって野暮といわれる昨今…」
「なるほどな…。国許から出てきたばかりのそなたに、何がわかると言いたいところだが…」
藩邸の生活に退屈しきっていた私に、右近は面白い刺激を与えてくれそうだった。
「気に入った。そのほう、今日から身供の側仕えとする。呉服屋との応対も任せるゆえ、身供が『粋』に見える着物を選んでくれ」
「…心得ましてござります」
「ただし身供が気に入らねば、ただちに手打ちにいたす。覚悟しておけ」
「御意…」
これが右近と身供の始りだった。
花の香が匂い立つような美少年だった右近も、今や二十六。世間では年増と呼ばれる年齢だが、なんのまだまだいけている。それどころか、身供が仕込んだ介あって閨での応え方は格別じゃ…。なのにもう二年も離ればなれとは…。
*
おお、つい右近懐かしさでしみじみとしてしまった。
さて、本日は泣き言を言うために出てきたのではない。
読者の皆様も御存知のように、国許では現在財政が逼迫し、『半知御借上』(給料半分カットです)が実施されている。
皆が苦しんでおるのに、上に立つものが贅沢三昧ではしめしがつかぬ。
しかし、あの母上をお諌めするのは、私とて二の足を踏む…。息子はやはり母には頭が上がらぬのだ。それに母上から買い物の気晴らしを取り上げては、ストレスがたまって三郎(側室の子)に何をするかわからぬぞ。
そこで身供は考えた。
これ以上の倹約が叶わぬなら、収入倍増計画、これしかない。
そうじゃ、人間守勢にばかり回っていては、運が遠のいていくだけではないか。
幸い、身供には余人にはない才能がある。
瑛泉ごときにできて、身供にできぬはずはない。
「仙之丞! 版元の近江屋を呼べ!」
「ところで近江屋、本日わざわざ出向いてもらったは…、そろそろ身供も画壇デビューを果たしたいと思うてな」
「それはそれは! 惣一郎様ほどの技量がありながら、趣味で絵をかかれるだけとは宝の持ち腐れ…手前も常々そう考えておりました」
「左様か?」
「ようございます!この近江屋がひと肌脱ぎましょう!」
まずは快調な滑り出しだ。
「仙之丞、例の企画書をもて」
「ははっ」
斜後ろに控えていた仙之丞は、つと立ち上がると手文庫から折り畳んだ書を取り出した。身供が顎をしゃくって促すと、近江屋の前に書をひろげてみせた。近江屋は畳の上に屈みこむようにして、書を眺めた。
『豪華多色刷り・永久保存版枕絵集』別名『衆道四十八手指南書』
本枕絵集は筆致の美麗・繊細さから絵画そのものの芸術的価値は言うに及ばず、教育的見地から言ってもまことに意義深い、貴重なものである。男同士の○位を克明に記した極めて写実的な本画集は、上流階級の子弟の性教育の素材にふさわしく、まさに全国の守役、必携の書である……。
近江屋は時折大きくうなずきながら、食い入るように企画書を読み進んだ。
「どうじゃ、近江屋。この企画、如何思う?」
自信たっぷりに切り出した身供に、近江屋は喜色満面で揉み手した。
「流石は惣一郎様、お目の付け所が違います。この手のものは墨絵ならいくらでもござりますが、描かれた時代も古く、どうもこの現代感覚に欠けるというか…」
「ふむふむ」
「前回の瑛泉の絵が好評をはくしたもの、錦絵の技術もさることながら、絵姿が同時代の人間、おまけにとびきりの美形ときた点が受けたのでござりましょう…」
「いかにも」
「それを、今回『四十八手』ということで、教育的価値までつけようとは、まことに恐れいりましてござりまする」
「ふふ、まあ世辞はそのくらいにしておけ♪」
わかっていても、身供もつい上機嫌で応えてしまう。脇息にもたれ、扇で殿様っぽくはたはた扇ぎながら、話の先を続けた。
「して、この画集、いくらくらいで売れそうか? たしか前の瑛泉の作が十二枚の組み物で、原画一枚百両。刷り物は一冊ニ十両であったな」
「左様にござります。ですが、どうやら一部では『ぷれみあ』がついて、刷り物は三十両、四十両の値で取り引きされていた由にござります」
「ほう…」
思わず感嘆の吐息が洩れた。
やはり右近は人気があるのだな…。
何やら誇らしい気分になった。
(仙之丞:攻め役のモデルや絵師の技量は問題外というわけですか…)
つづく
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