|
皆の衆、久しいのう。
『惣一郎の徒然草』
余はこのシリーズを大層気にいっておったのだが、一作きりで後が続かずまことに残念。畢竟、出番も少のうて退屈しておった。
されど本編も亀の歩みながら着実に進み、高山藩にも大きな転機が訪れることとあいなった。皆も存じておろうが、此度、余は藩主として父上の跡を継ぐこととなった。普通、藩主は死ぬまで代替わりせぬものだが、父上は前々から隠居を希望しておられたし、心の臓の病を抱えてはお城勤めを十分に果たせぬと、致仕を願い出られたのだ。(正確に言うと堀田の爺がそう決めた)
さて、世に『バカ殿のすすめ』という言葉がある。(←学生さん、嘘ですよ:仙之丞)
この意味するところは、藩主はなまじ政治に口を挟まず、全て家老に任せておけばよいのだという教えじゃ。けだし名言だとおもう。特に我藩のように人材の揃っているところではなおさらじゃ。
江戸時代にも名君と呼ばれた殿様が何人かおるが、その実態に余はどうも首をひねりたくなってしまう。この時代、名君の条件とは「儒学をおさめていること」と「倹約令を出していること」だそうな。実名を出すとまずいのじゃが、大名なら池○某とか、保○某とか、将軍家ならサンバの踊れるあの人とか。
(どこをどう転んでも惣一郎様にはあてはまりませぬな:仙之丞)
ところがじゃ、この手の人物が上にたったとき、果たして家臣・領民は幸せだったのか? なかなか難しい問いかけじゃ。なれど、藩士の遊興や色恋沙汰を厳しく取り締まる殿様など、家来にとっては迷惑千万ではないか? 人間の三大欲求を否定してはいかぬ。
欲こそ人間の活力の源なり。
男男関係をいちいち処罰していては、我が藩は深刻な人材不足に陥るだろう。父上が誠之進と三郎の仲を許したのは英断だったとおもう。
(殿、絡め手からの自己弁護がすさまじゅうござりますな:仙之丞)
むう…。先程から小バエがぶんぶん五月蝿いのう。
さて前置きが長うなった。本日のお題は『藩主の心得』じゃ。前作、『上に立つものの心得』は、藩の財政難を救うため、自ら絵筆をふるって何千両?と稼ぎだした迷君の話であった。
なに、本日のお題のタイトルが違う?
(『バカ殿のすすめ』と書いたテロップを仙之丞がかかげている)
「‥何じゃあれは」
(話しが違う…と首をひねりながらも、迷君は細かい事にこだわらぬもの、と先へ進む惣一郎であった)
*
明和五年・十月末、余は江戸城にて将軍家に拝謁し、従五位下・山城守に任じられた。正式に高山藩の藩主となったのだ。できることなら一日でも長く、気楽な『若殿』の身分でいたかったが。
ふた月前の鎌倉で一一。
『…将来身供を支えるために、留守居の役目、引き受けると申すか?』
『御意』
『身供のために…嫌な宴席にも進んで出ようというわけか?』
『左様にござります』
右近が真摯な眼差しで覚悟のほどを語った。
『私はこの江戸で、生涯、若殿にお仕えしようと心に決めております』
『そなた…まことに?』
『ならば一番困難で、一番お役にたてる場所に身を置きたいと存じます』
ここまで言われて藩主として立たねば男が勃たぬ。
ああ、そして忘れがたい鎌倉の一夜。
明けの烏が鳴くまで、右近もそれはそれはいい声でごにょごにょ…。
(仙之丞、すかさず『STOP the 妄想!』のテロップをかかげるが、惣一郎は無視。しばしにまにまと思い出し笑いを浮かべる)
そのような折、父上がお倒れになったとくれば、もはや私も腹をくくるしかなかった。
しかし現実の藩主の暮らしとは一一。
聞くも涙、語るも涙。
皆の衆、余の奮戦ぶりを話してきかせようではないか。
つづく
|