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此度の任官で、余は従五位下・山城守に任じられた。別に山城の国が領地という意味ではなく、そのあたりは適当なのだ。登城したときの控え室、『詰めの間』は帝鑑間。同じような家格の譜代大名が集められている。帝鑑間詰めの大名は、正月や五節句などの儀式・行事と月並登城日に御城に上がると決まっていた。
大名登城の行列は一種のパフォーマンスだ。供の藩士たちから藩主の乗り物をかつぐ六尺まで、とにもかくにも見栄えが大事。六尺や奴は口入れ屋から斡旋してもらうのだが、諸藩がこぞってマッチョなイケメンを求めるゆえ、人件費の高騰が甚だしいと右近がこぼしておった。一方、家臣は容姿だけでなく武芸にも秀でておらねば、万一くせものが行列に襲いかかったときひとたまりもない。
まさに選りすぐりの一団が藩主の供をするのである。そして余の行列で騎馬で先頭を勤めるのは、ふふふの腐、わが愛しの留守居役、櫻田右近なのだ。
馬上の右近の神々しい姿を思い描くだけで頬が弛んで仕方ない。腹の出た○○藩や××藩の藩主が歯がみして羨ましがる顔が目に浮ぶ。初登城の日が決まると、仙之丞らはせっせと余の衣装選びに励んでいたが、余は愛する右近にも綺麗なおべべを着せ、諸侯はもとより江戸の町衆にも思いきりみせびらかしてやりたかった。
ああそれなのに。
「殿、家臣はすべて麻裃着用と決まっておりまする。右近様に絹物をみつくろえなど‥とんでもありませぬ」
何を考えとるんじゃと仙之丞に思いっきりバカにされた。ならばせめて、右近の馬具に最高級の物を用意せよと申し付けたが、『そのような華美なものは諸藩の手前いかがなものかと』と、当の右近に冷たく却下された。
よってたかって余の厚意を無にするのかと、余は悔し涙にくれていた。
*
それでもめげずに、余は大名デビューの初登城の日、意気揚々と江戸城に向った。行列が江戸城・大手門につくと、ここからは余も徒歩でいかねばならぬ。留守居役の右近と手に手をとって御城へ入るのかと思いきや、
「なに? そなたは余とともに参らぬのか?」
「いえ、これにて失礼いたします」
「なれど留守居役は藩主とどこまでも行動を共にするのではっ?」
「我ら留守居も城中へは入りますが、本日これより先、殿の御身の回りのお世話は、こちらにおられますお茶坊主の木阿弥殿が…」
右近の紹介を受け、担当の茶坊主・木阿弥とやらが前に進みでた。
右近が『ふつつかな藩主でござりますが、どうぞよろしく御指導賜りますよう…』と頭を下げ、余を茶坊主に引き渡したのだった。
余のような、特に役職を帯びてもいない大名は、決められた日に登城してもやることなど何もない。ひがな一日「詰めの間」で同席の大名と世間話をし、茶坊主の点てた茶をいただき、弁当をつかって帰るのである。
あまりの阿呆らしさに涙が出そうになった。
父上は斯様なことに何十年も耐えてこられたのか?
これでは中屋敷で枕絵を描いているほうが、余程生産的ではないか…。
*
「…これでは話が違うっ」
藩邸への帰途、余は乗り物の小窓をあけ、側につきそう仙之丞に愚痴りまくっていた。
「何がでござりますか?」
しれっと答える仙之丞に、
「そ、そりは…。余は登城の折り、留守居役とずっと一緒にいられると思うたからこそ…」
「そのような話、いつ誰がいたしましたでしょうか?」
「なれど留守居役は常に藩主とともにあり、江戸城にも登城すると…」
「御意。なれど、城中でお留守居役にはお留守居役の仕事がござります。大名諸侯の身の回りのお世話はお茶坊主と昔から決まっておりまする」
仙之丞は憎たらしくも、乗り物の中の余をちらりと見て笑った。
「『御城でずっと一緒に』など…。右近様は殿の守役ではござりませぬぞ」
とどめの一言に、乗り物の周りを固める家臣全員から忍び笑いが洩れた。
「お、覚えておれ、仙之丞!」
余はぴしりと小窓を閉め、乗り物に揺られながらおおいにやさぐれた。
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下城後、藩邸に戻った余は、夕餉を済ませると早々にふて寝を決め込んだ。
側仕えの者たちがよってたかって余をたばかったような気がして、誰も側へ呼びとうはなかった。
腹が立ってなかなか寝つけなかったが、やがてうつらうつらし始めたとき、襖の開くかすかな音を聞いた。
「誰ぞ」
かい巻をひっかぶったまま誰何すると、問いには答えず、足音だけが近づいてきた。
(くせ者か?!)
さすがに不審に思った私は、かい巻をはねのけて敷布の上で半身を起した。
「誰ぞ…?」
有明行灯のほの暗い灯りのもと、白い寝間着姿の右近が夜具の足下に端座していた。
「殿…」
(何じゃ何じゃ、そのやる気まんまんの衣装は?)
余は目をこすりながら、再び右近を凝視した。
これまで寝所に召し出しても、一度たりとも寝間着でやってきたことなどはない。どうせすぐに脱がされるものを、右近は毎回、小袖袴をきっちりと身につけてくる。
「どういう風のふきまわしじゃ、右近」
余が胸踊らせながら尋ねると、右近は畳の上に三つ指ついて一礼した。
「本日は、お疲れさまにござりました」
「右近…」
「つつがなくお勤めを終えられた由、祝着至極にござりまする」
「う、うむ」
つつがなくと言われても、詰めの間でおやじ達とくっちゃべって弁当食べて帰るだけなのだ。粗相のしようもないほど楽な仕事に思えたが、右近にこうして労われるのは悪くない。
「面をあげい」
「はっ」
右近は顔をあげ、濡れ濡れとした瞳で余を見つめた。
「ちこう…」
小さくうなずいて促すと、右近は膝行して枕元へやってきた。
おお、何やら今宵は寝間着に香まで焚きしめておる。
余がかい巻を持ち上げたのを合図に、右近は恥じらうように睫を伏せ、素直に夜具の中へ身を滑りこませた。
何やらこそばゆいような展開に、余の胸も息子も期待に脈打ち始めた…。
*
翌朝、目覚めてみると右近の姿はなく、あれほど激しく交わった割には夜具の乱れもなかった。
やがて当番の小姓が出仕してくる。
いつも通りの朝の日課が繰り返される。
顔を洗い、口をすすぎ、髪を上げる。
着替え済ませ、朝餉の膳が運び込まれた頃、仙之丞が朝の挨拶にやってきた。
「殿、昨日は御苦労さまでした」
「うむ」
身体にそこはかとなく残る昨夜の余韻を楽しみながら、余は上機嫌でうなずいた。
「殿…」
仙之丞は意味ありげに目配せすると、
「昨夜はよき夢を御覧になりましたか?」
「ゆめ…?」
「何やらご機嫌麗しゅう、お見受けいたしまする」
「ま、まあな」
余はわずかに口角を持ち上げて笑い、朝粥の碗に手を伸ばした。
*
登城のたびに斯様な褒美があるのなら、藩主の仕事も悪くない。
いや、そうやって家臣にまんまと乗せられた振りをしてやるのが、これ名君の器なり…。
おわり
さてさて、本物の右近ちゃんが寝所にやってきたのか、仙之丞製作の「お狐印」の3Dホログラムに騙されたのかは、やおいの神様のみぞ知るってことで(;^^)
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