4.6
……どうしてこんなことになっているんだろうか。
「と、いうわけなんですよ」
頭の上から聞こえてきた声によると、どうやらたった今説明が終わったらしい。はっ、いやちょっと待て、放心してて聞いてなかった! 頼む、もう一度最初から説明してくれ。
「あー、なんだ、つまり? 突然こいつが女になったと」
テーブルを挟んで斜め向かいに座っている男その一、である会長が噛み砕いて繰り返してくれ、
「でも、どうしていきなりそんなことに……?」
会長の横の、テーブルを挟んで斜め向かいに座っている男その二、である船医が遠慮がちに俺の気持ちを代弁してくれた。お前らありがとう、おかげでありえない現状を見つめ直すことができたぜ。
そうだ、生まれてからこれまでずっと間違いなく男だったはずの俺の身体は、今やその特徴をすっかり失って、平らかだった胸には夢と希望と浪漫が詰まってはちきれんばかりの二つの膨らみがくっついており、身長も二十センチばかり縮むというメタモルフォーゼを成し遂げていた。つまり古泉とはおよそ三十センチ近い身長差ができてしまったわけで、椅子に座った古泉の膝にちょこんと載せられて背中からすっぽりと抱きしめられてしまうくらいには小型化している。俺はぬいぐるみじゃねえぞ。
4.7
「うう……」
尻の座りが悪くてついもぞもぞしてしまう。
なんせ俺の格好ときたらノーブラノーパンで男モノの(つうか古泉の)白シャツを羽織っただけという、男にとって夢のような姿なのである。しかし俺にとっては悪夢である。
さすがに会長や船医の前ですっぽんぽんはまずかろうと渡された古泉のシャツを借りて渋々袖を通したのだ。海賊船に女物の下着なんぞない、つうかあったら怖いのでそのまんま素肌シャツだが。
そのせいか船医は部屋に入ってきたときからろくに俺を見ず、ずっと目を逸らしている。ちなみに会長は平然とガン見である。
後ろから感じる古泉の雰囲気がだんだんピリピリしてきたからやめてもらいたい。
いつもの俺は服を着るのを拒否しているため全裸にシーツを巻きつけただけでほぼ過ごしていて、だからシャツ一枚でも着ているだけいつもより遥かにマシなはずなのだが、女の子の身体だと露出も妙に恥ずかしい。いたたまれん。
たとえば男が素っ裸でうろうろしているのは大丈夫でも、女の子が大きめのシャツ一枚で生足を晒して座っているのはマズイと思うだろ。
シャツは尻が全部隠れるくらいには裾が長いので、古泉の膝に直で尻の肉を押し付ける事態にはなっていないのが不幸中の幸いといったところか。
4.8
「おい、お前乳首透けてんぞ」
だから言うんじゃねえよこの状況でそういうことを!!
空気読めよ、いやこいつのことだから空気を読んだ上でわざと爆弾を投下して楽しんでいる可能性が高い。
現に発言した当人は表情を変えずに指に挟んだ煙草の先で俺を指し、船医はぼっと顔から火を噴き、古泉は怖くて振り向けないからどんな顔をしてるかわからん。
「別に本来の俺は男なんだから乳首の一つや二つ出てたっていいでしょうが……うおっ」
古泉が予告もなく俺の身体に自分のコートをかけそのまま抱きしめるようにくるみこみやがった。
聞こえる限り声だけは穏やかに、
「この部屋は禁煙ですよ?」
「わーってるよ、だから火はつけてねえだろ」
別のところに火がついてるみたいですが、と言いたかったが自分から墓穴を掘ることもないので黙っておいた。代わりにこっそりと溜息をついてから顔を正面に戻す。
「もう、いいから話を進めてくれよ。俺は一刻も早く元に戻る方法を知りたいんだ」
「ああ、そうですね、失礼しました」
ぎゅう、と回された腕に力を込められて息が止まる。いちいち抱きしめないと話もできんのかおのれは。
4.9
苦しいやめろとコートの下で古泉のどこかを叩いて抗議の意を示してみると、気づいたように腕は緩んだ。馬鹿力。
それにしても俺の身体は随分ふんにゃりと頼りないものになってしまったものだ。
マジで女の子なんだなあ。
突然女になったその事実だけで衝撃で、それ以外のことを深く考える暇もなかったが、改めて思う。これは色々とものすごくまずい状況なのではなかろうか。こんなんじゃ古泉への抵抗もろくにできやしない。
古泉が俺の肩に顎を載っけながら言う。
「とはいえ、原因はほぼわかっているんですよ」
おい待て初耳だぞ。
「この間あなたが僕に渡したお酒」
「ああ、お前に熱上げてる娼船の女どもが寄こしたやつ?」
それも初耳だぞ。
通常女を乗せていないため思うがままには欲を発散できない海の上で、この船がときどき娼船と接触して海賊たちが娼婦を買っているという話はきいていたが、古泉が女を抱いている可能性は頭の中からすっぽり抜けていた。
しょっちゅう俺にああいうことをしていながら、知らない間に女にも手を出していたのか。
いや別に、古泉がどこの誰を抱こうが俺にはどうでもいいし。
むしろその分俺の身体への負担が減ると思えば歓迎したいくらいだ。
4.10
「最近お前、そいつにかまけてご無沙汰だからな。向こうとしちゃ何とかして気を引こうと必死なんじゃねえの? 金なんていらねえから抱いてくれっていう女も大勢いるんだろ。よ、色男」
「向こうが勝手に寄ってくるんですよ。僕としては適当にお相手をしていただけなので、本気になられると困るんですけどね……」
心底迷惑そうな声とともに、ふ、と首筋にかかる息にぞわりとした。多分このぞわりは怒りによるものだ。なんて人でなしな言い分だろうか、という。今のセリフを聞かせてやれたらその子もきっと目が覚めるだろうよ。
「原因はそのお酒です」
「はあっ!?」
思わずあげてしまった声は高く細い女の子のもので、自分の声という気がしなかった。
振り返った視線の先の古泉が演技がかった表情で呟く。
「どれも上等な品でしたが、一本気になる瓶が混じっていまして。マーメイドテール……魔女の秘薬とも呼ばれるリンゴ酒ですが、まさか本物だったとは」
お前、だってそれ、うまい酒が手に入ったから飲めってお前が飲ませたんじゃねえか! 怪しいと思うならすすめんな!
しらじらしい、ああしらじらしいしらじらしい。
4.11
「だって普通偽物だと思うじゃないですか。人魚に足がはえるように、魔女を姫君に変えるように、対象の性質を歪める魔力のある――――そんな特殊なアイテムがそうそう巷に転がっているわけないでしょう?」
ちっとも悪びれた様子がないのが腹が立つ。絶対「本物だったら面白い」とか思って飲ませやがったんだろうが。
道理で俺にばっかり飲ませて自分はワインがあるからいいですとか言ってたわけだよ。確かにうまい酒だったが、そのせいで何杯も飲んじまって若干酔いが回っている。
俺の諸々の推測を裏付けるように、会長が得心したとばかりににやりと笑った。
そして、
「ああ、お前酔ってたのか。妙に肌が赤いし目も潤んでんなとは思ってたんだ」
ぎゅっと古泉の腕の力が強くなった。
「これは僕のです、あんまりおかしな目で見ないでください。あなたに見られると減る気がする」
人をこれ呼ばわりするな。
会長は紫煙のかわりに呆れたように溜息を吐いて、煙草を挟んだ指をひらひらさせた。
「女がいたらそりゃ見るだろ、見られたくないんだったら呼ぶなよ。マーメイドテールなら効果は時間制限付きじゃなかったか? ほうっときゃそのうち元に戻るはずだ。俺らを呼ぶまでもねえじゃねェか」
4.12
なんだ、そうなのか。会長の言うように何もしなくても元に戻るのなら、そんなに慌てる必要はなかったかもしれん。
ほっと胸をなでおろしかけたが、安心するのは早計だった。
「それに時間経過を待たなくても、今すぐ治したいならあれだろ、『男の寵愛』をその身に受けたら治るって聞いたことあるぜ。おとぎ話になぞらえてさ」
――――今なんて?
俺が会長の言葉を理解すべく頭の中でもう一度ゆっくり再生していると、古泉がくすりと笑みをこぼした。
「まさにそれを説明していただきたくて、あなたたちを呼んだんですよ。僕が言っても、それだけでは僕の捕虜は信じてくれないでしょうから」
「なんだよ、証人代わりってことか?」
呆れたような会長の問いにええ、と古泉が頷く。ずっと大人しかった船医が久しぶりに口を挟んだ。
「あ……あの、そういうことなら、おれもきいたことあります。王子に捨てられた人魚姫が、少しは女性の気持ちを思い知ればいいっていう恨みを込めて魔力を込めたお酒を贈ったのが始まりだとか……だから男性に、その、……されれば治るって」
語尾がしぼんで、船医は赤くなった顔を伏せてしまった。
よしよくわかった、時間が過ぎるのを待とう。そうしよう。
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