_______+罪深きものたちの祈り+__
表面をなぞるだけだった舌が、内側に侵入してくる。
先をすぼめるようにしてロイはエドの中を犯した。
湿った舌が柔らかな肉との隙間をなくし、境界線をあいまいにする。
エドは彼の唾液のせいだけではない濡れた感じをそこに覚え、自分の身体の変化にとまどった。
「ひくっ……あ、あ、あ」
一度自覚してしまうと、あとは止まらなかった。
オレの身体は感じて反応している。
人間はずいぶん現金にできているものだ。
与えられる快楽を逃がすまいと、貪欲に刺激を求めている。
身体の中から流れ出る愛液がロイの舌と混ざり合って水音を立てた。
手が使えたならきっと耳をふさいでいたに違いない。
ロイは的確に花びらの奥を暴き、ときおり吸い付いたりしてはエドに甲高い悲鳴を上げさせる。
「ひぁああっ!!」
外に声が漏れてしまったら、廊下の向こうに聞こえてしまったら――――
そう思ってもどうしようもできない。
「はぅっ、あぁ……んんっ、はぁ、は……っあ!」
抑えようと意識すればするほど感覚は研ぎ澄まされ鋭敏になっていき、ますますひっきりなしに嬌声があふれる。
悪循環だ。
ロイは顔を上げず、舌を忙しく動かしつづけた。
いつの間にはずしたのか、左手にも発火布の手袋は見当たらない。
壁と身体の隙間に手が突っ込まれ、エドの双丘を少し強めに揉みしだく。
ちゅく、とクリトリスを吸い上げられ、エドは一気に昇りつめてしまった。
「ん、ふあああああああ――――っ!!」
甘くかすれた絶叫とともにのどがのけぞり、全身を震わせてエドはイった。
がくりと弛緩し、自分の体重を支えるのもやっとといった様子のエドの肺は、呼吸を取り戻そうと必死に働いている。
火は未だ消えず身体の内側で燻っていて、エドは奇妙な余韻を味わっていた。
口が裂けてもロイには言わないが、気持ちよかった。
ロイは肩にかけていたエドの足を降ろすとゆっくり立ち上がった。
次に何が待っているのか予測できないほどエドは無知ではない。
初めてって痛いっつーけど……どのくらい痛いんだ……?
エドは眼だけでロイを見上げ、ロイはそんなエドをやわらかく壁に押し付けた。
ひんやりとした石の感触が火照った肌に心地良い。
ロイの指がエドの入り口を開き、中からとろりと蜜が零れ落ちる。
そこに男のものが当てられたのを感じたとき、思わず身体が逃げそうになったが、壁に阻まれた。
「や、やっぱ駄――――ぁ!」
これ以上後ずさりしようとしても、後ろは壁だ。
「つ……!」
何かがエドの奥深くに入ってこようとしている。
足がこわばり、緊張するのがわかる。
「くっ……」
ロイが小さくうめいた。
ただでさえエドの中はきついのに、余計な力まで入ってしまっている。
「鋼、の……もう少し力を抜いてくれないか」
「そっ……そんなこと言ったってさっ、無理に決まってん……だろ!」
「困ったな。これでは動けない」
「いっ、いていていて! てめぇ、ちゃっかり動いてんじゃねぇか!!」
「おや、私は確か、痛くしても良いと許可をもらったはずではなかったかな」
それを持ち出されると、エドにはもう何も言えない。
(……ちきしょー)
だってなんかこんなに痛いと思わなかったっていうか傷の痛みとこれはやっぱ別物っていうか殴られたほうがまだ気が楽でましだったっていうか。
「とはいえ、このままでは私もつらい」
ロイはエドの硬くなった桜色の突起をつまんだ。
「!」
ぐりぐりと捏ね、押しつぶすのを繰り返していると、だんだんエドの頬がうっすらと染まってきた。息も荒い。
受け入れる場所も慣れてきたのか、ロイは先程よりは動きやすくなったようだ。
少しずつ奥へと押し入り、ようやく全部を納めたが、その間エドは『痛い』と言いどおしだった。
「痛みは平気だと啖呵をきった割には、案外こらえ性がないな、鋼の」
「うっさい! 誰のせいだと思って――――」
ロイは一突きで黙らせると、あえぐエドの腰を揺さぶった。
破瓜の血が流れ、白い足に赤く模様を描くその様は生々しいと同時に美しかった。
「いっ、あ、んあっ、いっ」
下から突き上げられるたびに、身体同士が擦れる音が耳に届く。
こんな痛くて気持ちよくて疲れて恥ずかしいこと早く終われ。
エドの祈りが通じたのはそれからどのくらい経ったときだったか定かではない。
内股を伝う血と男の体液が気持ち悪い。
そうロイに告げたことを、エドは今とても後悔していた。
「あのさー……」
「なんだ? 鋼の」
「これ、いーかげんそろそろはずしてくんない? オレ、自分でやるし」
「なに、遠慮するな」
「嫌がってんだよ!」
ロイはエドの抗議などどこ吹く風で、エドの身体を拭い清めている。
「だから、拭いてくんなくていいってば!」
「すまなかった」
「謝るぐらいならやめてくれ、そんなとこまで拭くの」
だが、ロイはもう一度謝罪の言葉を繰り返した。
「すまなかった」
そこでようやくエドは、彼が謝りたいのは別のことなのだと気づいた。
なに? と促すと、ロイは口を開いた。
「避妊ぐらいはするべきだったな」
「ああ――大佐、子供できたら困るもんな?」
「そうではない、私のことより、君の身体に負担がかかるだろう」
そう思うなら最初っからこんなことすんなよ――――とは言わない。
エドも、この行為の裏に何か事情がありそうなことぐらい、今なら薄々感づき始めているから。
「大丈夫だよ」
「何を根拠に。まさかたまたま安全日だったとでも?」
「安全日とかそれ以前に、オレまだ子供作れる身体になってないし」
「……何?」
「だーかーら、生理がまだなの。きてねーの。おわかり?」
「そ……それはまたなんとも遅咲きな」
「いーだろ別に! 世の中には17、8でくるやつだっているらしいぞ!」
むきになって反論するエドに、ロイはくすりと笑った。
その笑みにはもう、エドが怖いと思うような要素はひとかけらも残っていなかった。
「どわー!! 服も自分で着るって!! うわっなにす……はーやーくーこーれーはーずーせ――!!」
軍の施設の廊下は好きではない。
冷たく無機質な石の塊は、普通の家にあるような人らしさがまったく感じられず、全力で温かさを排除しようとしてくる。
長く伸びた床に、今は、影二つ。
よく考えたら――よく考えなくてもか、これってすげー変な状況だよな、とエドは隣を歩く男をそおっと見上げた。
たったいままでエドと身体を繋げていたのが信じられないほど、ロイの横顔は平然として見える。
あんなことをしてしまったあと、普通はどう接するものなんだろう。
エドは視線に気づかれないうちにロイから目をはずした。
エドもロイも、普通の男と女ではないから、なおさらどうしていいか困る。
エドはとりあえず無難な話題でも振ってみることにして、ロイの反応をうかがってみた。
「今何時くらいかわかる?」
「ん? ああ……そろそろ8時になるな」
ロイは時計の文字盤を確認してそう答えた。
前言撤回、普通だ、思いっきり普通だ。
そうか、自分にとっては天変地異に近かろうが、相手にとっては通り雨ほどの驚きもない出来事だったのか。
そのへんをあまり気にしすぎると傷つく気がしたから、エドもロイを見習っていつもと変わらずいることにした。
……って、ちょっと待て。
「8時!? もうそんな!? ヤバイ、アルが待ってんのに!」
あの優しい弟のことだ。
たぶんきっと絶対間違いなく心配している。
だが、遅くなった理由をいったいなんと言えば良いのか。
うーうーうなるエドに目を細めていたロイの顔が、きっと真正面に向けられた。
こつこつと、廊下の向こうから足音が響いてくる。
曲がり角から現れたその男の顔にエドは見覚えがあった。
クレーの後ろには2人の部下と思われる男が従っている。
「これは准将。まさかこんな時間にお会いするとは思いませんでしたよ。そろそろお戻りになられたころかと」
口調、物腰ともに丁寧だが、ロイは対嫌な上官用の仮面をかぶっただけだということが、エドにはわかった。
相手もそれを感じ取ったのか、それともただ単にロイのことが最初から気に食わないだけなのか、返答は妙に不機嫌な様子だ。
「……マスタング大佐。私は明日まで滞在すると言ったはずだが」
「もちろん存じております。宿泊中のお部屋に戻られたのかという意味で申し上げたのですが、私の言葉が足りなかったようですね。申し訳ございません」
軽く頭を下げるロイを、クレーは忌々しげに眺める。
エドはこの場に自分がいていいものか迷ったが、なんだか離れるタイミングをつかみ損ねてしまった。
クレーの怒りの矛先はそんなエドにも向いたようで、声を荒げて言った。
「今朝の君の落ち度については、いくら国家錬金術師が一般軍人でないとはいえ、軍に属する以上問題になると思いたまえ! それなりの処罰を――――」
「准将」
ロイが遮った。
「その件に関しては、すでに彼には厳重注意しておきましたので、これ以上の罰は必要ないかと」
そこで初めて、クレーはエドの顔をまじまじと見つめ、エドの頬が殴られたようにうっすらと腫れていること、口が切れて微かに血がこびりついていること、泣いた後のように目が赤いことなどに気づいたようだった。
彼の視線はまるで自分を値踏みするかのようで、なんだか耐えられなくなってエドは下を向いた。
ねっとりとして気持ちが悪いのだ。
「あ、あの……オレ、人を待たせているので、そろそろ……失礼します」
エドはとってつけたようにお辞儀をして、なんとかそこから立ち去るのを成功させた。
だから、ここから先、軍人二人がどんな会話を交わしたか知ることはなかった。
「厳重注意、というが、甘すぎではないのかね? もう少しきちんとだな……」
「いえ、少々やりすぎてしまったぐらいで、私は後悔しているのですよ」
「なに?」
「彼は、大総統閣下のお気に入りですから……もし私がしたことが閣下のお耳に入るようなことがあれば、注意を受けるのは私のほうになってしまうかもしれません」
ロイは憂鬱そうに続ける。
「あの年で国家錬金術師になるだけあって、頭の良い子ですから、閣下に告げるのがどれほど効果的かは理解しているでしょう。できれば黙っていてくれると助かるのですが、覚悟しておく必要があるかと、実は内心不安でして」
「そ、そうか。閣下が高く評価されているとは聞いていたが、それほどまでとはな。わかった、彼の処分については君に任せたとおりということでいいだろう」
「は。准将にはご迷惑をおかけしたこととも思いますが、そういった事情ですので」
「なに、私も大人気なかったかも知れんな。……ではそろそろ、おいとまさせてもらうとしようか」
来たときより足音を小さくして、クレーは戻っていった。
ロイはその背中を見送ると、部下たちが仕事をしているであろう場所へと足を向けた。
自分の帰りが遅いことに対して、今頃文句を言っていることだろう。
「兄さん! どうしたのその顔! 何があったの!?」
開口一番、アルがものすごい勢いでエドに問いかけてきた。
その後ろでは、リザも書類をめくっていたはずの手を止めて、驚いた顔でこちらを凝視している。
オレ、そんなにひどい顔してんのか。
エドは頬を掻いた。
「いやーその、実は……だな、えっと」
「大佐に殴られたの!? そんなに怒られるようなことだったなんて……、こんなことならおとなしく待ってるんじゃなかった!!」
「あ、だからな……今回のことは、オレが悪かったんだから、これは当然の処置で、しょうがないことなんだよ。な?」
「なんで納得してるのさ! ボクは許せない、よりによって顔を殴るなんて! だって兄さんはお――――」
興奮したアルはあやうく『女』と言ってしまいそうになり、慌てて口をつぐんだ。
リザは目を瞬いたが、エドはアルが何を言おうとしたかわかってしまい、
「そのことなんだけどさ、アル」
「え? な、なに?」
これ以上まだ何かあるのか、と鎧の奥の目が光った。
一方エドの目は泳いでいる。
「ちょっと、こっちこい。もっと。もう少し」
言われたとおりにエドのそばによったアルは、本当は姉さんである兄さんの口からとんでもない事実を聞かされる羽目になった。
オレ、処女じゃなくなっちゃった。
数分後、自分に詰め寄ったときの倍の勢いでどこかに行こうとする弟を、必死になだめて宿に連れ帰ろうとするエドの姿がそこにはあった。
そのころ、別室では。
「大佐、遅いっスよ!!」
残業中だった部下たちがこちらを見ている。
予想にたがわぬ反応に迎えられて、ロイは苦笑した。
「いや、すまん。クレー准将につかまっていてね」
「ああ、あのおっさんですか。いつも嫌味言いに来る」
「よっぽど暇なんですかね?」
ハボックとブレダの言葉に、フュリーが顔を上げた。
「それってやっぱり今朝のことについて……ですよね?」
「あー、あいつらも災難だったな。巻き込まれただけなんだろうにねぇ、あのおっさんがたまたま居合わせちまったもんだから」
ハボックが煙草の煙を吐いて、エルリック兄弟に同情する言葉をつなげると、ふと思い出したように言った。
「そういや、あのおっさん、男妾趣味があるって噂あったよな?」
「男妾――男めかけ。主に同性である男が囲う愛人のこと」
ファルマンが引き継いで解説を加えると、フュリーが真っ赤になった。
どうやら彼には刺激の強い話だったようだ。
「なんでも、特に金髪の美少年がお好みだそうだ。俺、それ聞いたときクレーのおっさんの半径1メートル以内に近づくのは絶対によそうって思ったから、よく覚えてるよ」
「な、なんでそうなるんですか?」
真っ赤な顔のままフュリーが尋ねると、ハボックはしれっとして答えた。
「なんでって、金髪美少年である俺が近づいたら、職権にかこつけて食われるかもしれないだろ」
「……」
金髪しか当てはまってないじゃないですか、などと言おうものならどんな反撃が返ってくるかわかったものではないので、フュリーは適当に聞き流すことに決めた。
周りもおおむねそれに従ったようだ。
「でも、じゃあエドワード君とかやばかったんじゃないですか?」
「鋼の……そうですね。どなたかよりは条件に当てはまっている気がしますな」
「生意気な豆だが、よく見れば綺麗な顔してるしな、エドは」
「んじゃ、エドワードに気をつけるように言っといてやるか?」
彼らはエドを心配してはいるのだろうが、半ば冗談で言っている。
だが、その冗談交じりの危惧が、あながち間違いではないということは、知らないに違いない。
ロイは心中でこっそりと息を吐く。
ドアを開けてリザが部屋に入ってきた。
「大佐」
「ああ、ホークアイ中尉」
「二人は帰りました。アルフォンス君、すごい剣幕でしたよ。いったい何をなさったんです」
「いや、クレー准将の前で、少々パフォーマンスをね」
リザはそれ以上は訊こうとしなかった。
彼女のこういう聡いところを、ロイは高く買っている。
おおよそのことは見当がついているのだろうとロイは思った。
ただ、エドの本当の性別についてはどうだか知らないが。
彼女は自分が、エドワードをかばったと思っているだろう。
だが真実は?
ロイは最初、エドが泣いた時点でやめるつもりだった。
見える場所に目立つように折檻の痕を残すことが目的だったからだ。
それなのに、途中から――――きっとあの涙を見たときから、理性などどこかへ行ってしまった。
あそこまでやる必要など全くなかったのだ。
それなのに、止まらなくなってしまった。
もう自己を正当化する言い訳などするつもりはない。
自分はただ単に、彼女を抱きたかっただけだったのだと。
「さて、とっとと終わらせることにしよう」
デスクに向かうロイの脳裏に、一瞬金髪の少女の姿がよぎる。
彼女は今、鎧の弟と一緒に帰り道で月でも眺めているだろうか。
+END+
あとがき
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