_______+荒野のフィーメンニン+__




発車間際の列車に慌てて飛び乗ると、エルリック兄弟はどこか座るところはないかと車内を見回した。
座席のほとんどは人で埋まっており、空いているところも、二人分のところはなさそうだ。
たいていは空席に不自由しないのだが、今日はついていない。
顔を歪めたエドワードに、アルフォンスは提案をする。
「兄さん、ひとりなら座れそうだよ? ほら、あそことか」
示す先には、父と母、その子供と思しき3人連れが向かい合って談笑している。
「お願いすればきっと同席も大丈夫だと思う。座らせてもらいなよ、疲れてるでしょ?」
「バカ、オレだけ座ってられるかよ」
オレに気を使わないでいいのに、とエドは思い、ボクに遠慮なんてしないでいいのに、とアルは思う。
お互いがお互いを大事に思っているからこそ、相手のことを考えてしまうのは無理のないこと。
窓の外の景色は飛ぶようにぐんぐん遠ざかっていく。
目的地に着くまで我慢して立っていようか、とエドはぼんやりと窓に目をやると、3人家族のうちの、流れる景色に夢中になっていたらしい少年がこちらを振り返った。
ばっちり視線が合ってしまった。それだけならまだしも、少年はエドを見てぱぁっと顔を輝かせたので、エドは面食らった。
見覚えのない子供だ。知り合いではないだろう。それならなぜ、彼の目には自分に対する親しみがこんなにも溢れているのか。
少年は興奮した様子で父親の袖を引き、今にもこちらに駆け寄ってこようという勢いでエドを見ている。
いったいなんなんだ。オレ、何かしたか?
狼狽するしかないエドに、少年の声がかかった。
「あの、こっちに来て、一緒にお話しませんかっ!?」
事態がよく飲み込めないものの、とりあえず返答ぐらいはすべきだろう。
どうする? とエドはアルを見上げた。
「いいんじゃない? せっかくの厚意なんだし、座らせてもらいなって」
「でも……」
「ボクのことなら、別に……」
埒が明かない。
少年はわくわくしながら、今か今かとこっちを見ている。
こうなりゃ仕方ない、とエドは腹をくくることに決めた。
「悪いアル」
「気にしないで」
アルに詫びてから、エドは少年の横に腰掛けた。そのすぐそばの通路にアルが立つ。
「どーもありがとうございます」
前に座る男女に礼を言うと、彼らは笑顔で会釈を返してきた。仲のよさそうな夫婦だ。
と、すぐさまエドは少年に話しかけられた。
「お兄さんたち、錬金術師だろ!」
「……なんでわかる?」
多少の驚きをこめて問いかける。
そりゃあ自分たちエルリック兄弟はかなり名が知れている。
だが、外見までは知れ渡っていないはずだ。
実際旅をしていても、名乗るまで気づかれることはほとんど、いや全くといっていいほどない。
さらに言うなら、名乗った後ですら、アルの方を国家錬金術師、鋼の二つ名を持つ兄だと勘違いする輩の多いこと。
やはりどこかで?
いや、でも……。
「イーストシティでさ、なんか頭のおかしなやつが銃乱射しまくったじゃん」
少年の言葉に、エドとアルは顔を見合わせた。
「ああ」
「俺さ、あんときあそこにいたんだ。すげぇ怖くて、隠れたけど……お兄さんたちがあいつやっつけるとこ見てさ」
「へえ、そうだったのか」
「お兄さんたち、すごく強いのな! 俺、もう尊敬しちゃうよ」
嬉々として語る少年に、エドもアルも苦笑を禁じえない。
あの事件は、とても多くのものを二人にもたらしたから。
「ねえ、どうすればそんなに強くなれんの? 錬金術って俺にもできるかな? そこまで強くなるにはどんくらいかかる?」
「こら、ロイ、お兄さんも困っているわよ」
母親が、矢継ぎ早に質問を繰り出す息子をたしなめ、ごめんなさいね、と笑いながらエドに謝罪した。
だがそれよりも、錬金術師2人は彼女の口から出た少年の名前の方に軽く衝撃を受けた。
ロイ。そりゃあそんなに珍しい名前ではないけれど、偶然というのは恐ろしい。
まさかなんかの呪いじゃあるまいな、とエドは
「ロイっていうのか、名前」
「うん! ロイ・グリマーっていうんだ。お兄さんたちは? なんて名前?」
「エドワード。エドワード・エルリック。で、こっちが」
「アルフォンス・エルリックです」
その名前に、父親の方が反応した。
「エルリック? 最年少国家錬金術師の?」
「ええ、まあ」
肯定した途端に、少年の顔がはっきりとこわばった。
手のひらを返したように、エドたちに対する態度がさっきまでのものとうってかわって冷たくなる。
「なんだ、軍の狗か」
小さく呟かれたそれは、エドにとっては耳慣れた侮蔑の言葉だ。
だが耳慣れているからといって、嫌な気分にならないわけではけしてない。
「こら、ロイ。それでもこの人が、お前の命の恩人だってことにかわりないだろう?」
「そうよ。すみません、息子が本当に失礼なことを……ご気分を悪くされたのではないかしら」
「いえ……気にしてませんから。それに、こういう反応が普通ですよ」
そう、大衆のためにあるべき錬金術師の枠を外れた国家錬金術師は一般人には蔑まれる存在だ。
だからこそ、両親がこちらにたいして謝ったことが予想外である。
てっきり、一緒になって冷たい態度をとられるとばかり思っていた。
「実は私たち、娘を訪ねるところなんです。この子にとっては姉ですね」
「娘さん?」
「ええ、結婚することになりまして。それで、そのお相手が軍人さんなんですが、この子ったら姉が大好きなもので、彼に姉をとられたと思ってふてくされているんですわ」
どこかで聞いたような話だ。
「軍人は嫌いだ」
ロイはそっぽを向いたまま吐き捨てるようにそう言った。
「またあなたはそんなことを言って。ユーリが好きになった人なのよ? 祝福してあげなさいな」
「嫌だ。姉さんはあいつにだまされてるんだ」
どうやら雲行きが怪しくなってきて、エドはどうしたものかと考えた。
いや、部外者である自分がどうこう言える問題でないことはわかっているが。
アルはと見ると、こちらも同じく何か言いたそうで言えないでいる。
こんなことなら立ったままでいるんだったな、と思ったとき、もうすぐ駅に着くというアナウンスが流れた。
どうやらあと少しの辛抱で解放されそうだ。
「軍人なんてみんな同じだ」
ロイの一言がやけに耳に残る。エドは黙ったまま、申し訳なさそうにこちらを伺う母親にちらりと視線をやった。
なんだか自分は母親というものに弱い。
気に病む必要はないということを示すために、エドは彼女に話題をふった。
「娘さんはおいくつなんですか?」
「あ、ええ、20になったばかりです。相手の方は23だったかしら」
「お綺麗なんでしょうね、お母様がこんなに美人でいらっしゃるんですから」
「あら、お上手ね」
「思ったことを言ったまでですよ」
にこにこと愛想良く話すエドを、アルは驚愕の思いで見つめていた。
な、なんか兄さんが世渡り上手になってる!
妙に感心してしまう。いったいいつの間にこんなスキルを身につけたのか。
台詞だけ聞いていると人妻を口説いている風に聞こえなくもないが。兄さんってば性別女のくせに。
事実は、ただ単にもう少しで別れてしまう人間に嫌な思いをさせる必要もないと考えたエドのサービスなだけだったが、その場の雰囲気は和やかになったようだ。
しかし。
「うわっ!?」
エドとアル、ロイの進行方向を向いていた3人は前につんのめり、進行方向反対側を向いて座っていたグリマー夫妻は背もたれに叩きつけられる。
急ブレーキをかけて列車が速度を落としたらしく、レールと車輪が嫌な音を立てた。きっと火花がちっているに違いない。
乗客の間から悲鳴が上がる。
「な、なんだ! 何があったんだ……?」
体勢を立て直し、エドは状況の把握をしようと窓から首を出した。
後部車両は駅に入りきれずに途中で止まっている。
どうやら到着間際に何かが起こったらしい。
「兄さん」
「ちょっと待ってろ。今見てくる」
エドは窓からホームに飛び降りると、前の方へと人をかきわけながら走っていった。
「どうしたのかしら。まさか、何か事件でも……」
不安そうに、夫人は夫にすがるようにして言う。
「ユーリが巻き込まれていなければいいのだけど」
「そうだね。だから駅まで迎えに来なくていいといったのに……」
父親は、妻の肩を抱き寄せて窓の外を見た。
不安なのはこちらも同じようだが、妻に心配をかけまいとしているのだろう。
小さなロイは、焦れたようにホームを眺めている。
いらいらと窓のふちを指で叩き、やがて限界が来たとばかりに自分も窓に足をかけた。
「やっぱり俺も行ってくる。姉さんが心配だっ!」
「ロイ!」
母親の制止も聞かずそのままホームに降り立つと、先ほどエドが走っていった方へ駆けていってしまった。




ホームを支配する人々のざわめき。そして、聞こえてくる会話の断片。
若い女。
栗色の長い髪。
飛び降り。
自殺。
ホームに。
轢かれて。
急停車。
「ホームに飛び込み自殺?」
エドは人垣を泳いで一番前へと出た。こういうときは自分の小さ……ゴホゴホ、機敏さに感謝だ。
駅員が集まってなにやら話している。そのうち軍の兵士も来るだろう。
このぶんでは、当分列車は止まると思われた。
それにしても……若いみそらで投身自殺とは。いったいどんなつらいことがあったというのだろう。
エドは目を閉じてしばし黙祷した。
次に目を開けたとき、すぐ横にはロイがいた。
「あれ、お前もきたのか」
声をかけても返事がなく、その顔色は真っ青だ。
どうした、と聞こうとして気づいた。
彼が危惧しているのは、彼の姉のことだ。
エドはとっさにロイの腕をつかんだ。びくりと少年の体はこわばり、それからのろのろとエドを見る。
「姉さんじゃ……ないよなっ? 栗色の髪の若い女なんて、いくらでも……。な、そうだよな!?」
最後の方はほとんど悲鳴に近い。
「落ち着け」
低くそう言うと、エドは人の輪を抜けて駅員に近寄った。
「なんだ、君たち」
とがめようとした駅員に銀時計を見せる。国家錬金術師である証だ。
とたんに駅員の態度が変わる。
「飛び込んだ人の身元、わかりそう?」
「ええ、今軍に連絡を入れて……到着すれば判明すると思いますが」
つまり現時点では判断材料がないということか。エドは歯噛みした。
杞憂であって欲しい。あの人たちを悲しませるようなことになって欲しくない。
ロイは隣で細かく震えている。はやく、この心配を取りのぞいてあげなければ。
「目撃者によると、栗色の長い髪で、二十歳前後の女性だとか」
「はい。薄い黄色のワンピースを着ていたようです。それに靴が片方ホームに残っていて」
「! そ、その靴見せてもらえない!?」
ロイが駅員に詰め寄った。
エドはやんわりと彼の肩を抑えたが、
「お願いできるかな」
「は。では、こちらへどうぞ」
駅員の案内でホームを進む。そこに残された小さな女物の靴。
それを見た途端ロイの顔が悲痛に歪んで、のどから絶望の叫びがほとばしった。
悪い予感は、的中した。




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