______+荒野のフィーメンニン+___
宙ぶらりんだ。このままでいいわけがない。
エドはその金色の目に決意を秘めて顔を上げた。
「ハボック少尉」
「ん? なんだ」
「この事件、オレに調べさせてくれない?」
「兄さん!?」
「エドワード!?」
思ってもみなかったエドの申し出に、その場にいた全員が驚いた。
小ロイですら、虚を衝かれたようにエドを見ている。
「少尉、ほんとは忙しいんでしょ? 軍だって、自殺じゃあんまりちゃんと動いてくれないだろ」
「そら、まあ……」
事件性のある殺人やなにやらと違って、急を要さない自殺の捜査では、多忙な軍に後回しにされる可能性は高かった。
それなら、一応軍属である自分が受け持ってもかまわないだろう。
「いいよね?」
「わかった、大佐に話通しとくよ」
「サンキュ」
本当は一刻も早く賢者の石を見つけて、元の身体に戻りたい。
そのためには、今回のことにも関わっていられないのはわかっている。
それでも、……放っておけない。
「ごめんな、アル。少し待たせる」
「ううん、兄さんがそうしたいんならボクはいいんだ」
アルの自分に対する信頼が嬉しくて、エドは微笑んだ。
アルがいるから自分は進んでいけるのだと、そう思う。
「と、いうわけで。宜しくお願いします」
「……は、はい」
グリマー夫妻に向けて頭を下げると、リーもジョーもいまいち事態についていけていないらしく、なんとも力の無い返事が来た。
まぁ、しょうがないよな。オレみたいな子供じゃ、いきなり信用しろっても無理な話だろうし。
こういう反応にはもう慣れたけど。
しかし、引き受けたからにはきちんと自分の役目は果たす。
ではさっそく……と、
「じゃあこれから娘さんの家に行きましょう。日記か何か残ってるかもしれない。住所わかりますよね?」
「はい」
慌ててリーが答えた。エドはむすっと黙り込んでいる小ロイの背を促す。
「ほら、行くぞロイ」
「さわんなよっ!」
ぱしっ。音を立てて手が振り払われた。
しかし、振り払われたエドよりも、振り払った小ロイのほうが驚いているのは。
小ロイはエドの手に当たった自分の指先を眺めた。
鋼の――機械鎧の腕を叩いたのだ、痛いに決まっている。
「……その手、どうかしたの」
「ん、……東部の内乱で、ちょっと、な」
言って手袋をはずすと、その下から出てきた義手に小ロイが――グリマー夫妻も、息を呑んだ。
こういう反応にも、慣れている。エドは笑って手袋を嵌めなおした。
「さ、行くぞ。少尉、色々とありがと」
「ああ、またな大将」
手を上げるハボックを後にして、彼らはそこを立ち去った。
車を呼び、運転手に番地を告げるとそうかからないうちに彼女の家に着いた。
鍵が無かったので、夫妻に一応許可を取り、錬金術で細工してドアを開け中に入る。
ユーリ・グリマーの家はいかにも一人暮らしの若い娘が住んでいそうな可愛らしい部屋だった。
しかし、この家に帰ってくる主はもういない。
そう考えるとこの一見華やかなインテリアもどこかさびしく思えた。
部屋の様子に、どこも変わった形跡は無い。窓際には鉢植えが置いてあり、薄いピンクのカーテンがかかっている。
小奇麗だが、生活感もある。
「……」
エドは少し引っかかるものを感じた。自殺をする気だったのなら、もっと片付いていてもおかしくない。
死を覚悟した人間は身の回りを整理する傾向があるという。
それなのに、キッチンには家族をもてなすための用意すらしてあった。
「だとすると……突発的なものだったってことか……?」
エドは誰へともなしに呟いた。
少なくとも家を出るときまでは、はっきりと死ぬつもりがあったわけではなさそうだ。
ホームで家族の乗る列車を待つ間、彼女の心にいったい何が起こったのか。
「日記……ないなぁ」
「兄さん、こっちにもないみたい」
ざっと探したが、どうやら見つかりそうになかった。いい手がかりになりそうだと思ったのだが。
「あの……なにか、わかりましたか?」
おずおずと遠慮がちに、ジョーが尋ねてくる。
彼女にしてみれば、いくら仕方の無いこととはいえ、大事な一人娘の部屋を荒らされているのと変わりないのだ。
あまりいい気分はしないだろう。
「そうですね、少しは。日記があれば一番わかりやすかったんでしょうけど、部屋の様子からでも推し量れることはありますから」
朝の食器はきちんと洗われているし、洗濯物も片付いている。彼女はきっと几帳面な性格だったのだろう。
そろそろ日も暮れる。エドはいったんこの辺で切り上げた方がよいだろうと判断して、夫妻に話を振った。
「泊まるところはお決まりですか?」
「え、いえ……まだです」
「軍の宿泊施設でよろしければ、オレの名前で格安で泊まれますけど」
「あ、はい。それで結構です。何から何まで……ありがとうございます」
「これもなにかの縁ですから」
恐縮している夫妻に、エドは気にしないようにと言った。
「オレたち、もう少し近所の聞き込みとか、交友関係当たってみます」
な、とアルを振り返る。アルは鎧の頭を動かして、肯定の意を示した。
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