_______+荒野のフィーメンニン+___




「やっぱりグリマーさんだったの、あの事故……ええ、お気の毒にね。まだ若いのに」

「え? ユーリちゃん? そうねぇ……いい子よ。明るくて親切で。ああ、よく家に恋人が遊びに来てたわ。その人も優しそうなひとでね、とってもお似合いだった。え、事故にあって亡くなった? まぁ……」

「グリマーさんが死んだ? 冗談でしょう、どうして。え、ええ……そりゃ誰だって悩みぐらいあると思いますよ。でも、彼女に死ぬほどの悩みがあるようには見えなかったなぁ」

「嘘! 亡くなった!? 信じられない、あんなにできた子が……でもそうね、このごろ少し元気が無かったかも」

「ああ、知ってる。結構かわいい子だよ。でもかわいい子ってのには隣にかっこいい男がいるもんさ。仲良くしてんのよく見かけたなぁ」

「綺麗好きで働き者でね。おまけに気が利くのよ。職場では重宝してたと思うわ」


こんなとこか。エドはふぅ、と一息ついた。
近くに住む家をほとんど当たって話を聞いたところ、ユーリ・グリマーは近所でもなかなか評判のいい娘らしい。
尋ねてもみなくちぐちに彼女を褒め、悪口らしい悪口はとくに聞かれなかった。
「兄さん、ユーリさんって、すごく好かれてたんだね……」
感心したようにアルが言い、エドも同意した。だからこそ、ますます彼女の死の理由がわからない。
周りから見ても、彼女はあくまで『少し元気が無かった』『何か悩んでるようだったが、たいしたことではなさそうだった』という、その程度だったのだ。
だが、あるいは――――……。
エドは書きとめていた手帳から目をはずして、アルのほうを向いた。
「なあアル、もうちょっと遅くなっても」
「ダメ」
姉が何を言いたいのかわかっているアルは、先程とは違い、今度は即座に反対した。
「兄さん全然休めてないじゃないか。あんまり無理しすぎると倒れちゃうよ。今日はもう帰って、ゆっくり寝なきゃダメ」
「でもさ」
「心配なのも、一刻も早く何とかしたいのもわかる。でも、それで兄さんが倒れたら、仕事に余計に支障が出ると思うよ。それじゃ本末転倒じゃないか」
「……ちょっと、彼女の勤め先に寄るだけ、でも、ダメか?」
「ダメだってば。だいいち、こんな遅くに訪ねていったら向こうも困るでしょ。行くなら明日」
「どうしてもダメか」
「もう、兄さん!」
食い下がろうとするエドに、さすがのアルも声を荒げた。
「ボクはね、兄さんが一番大事なんだから、兄さんが身体壊すようなマネしようとしてたら、反対するに決まってるだろ!」
どうしてこの姉は、自分がどれだけ彼女を思っているか理解してくれないのだろう。
ああもう、とアルはエドを見る。エドはきょとんとしていたが、しばらくしてとても幸せそうに笑った。
「うん、ごめん。オレも、アルが一番大事だから――――オレがアルの立場でも反対するもんな。わかった」
その笑顔にしばし目を奪われていたアルは、大急ぎで頷いた。鎧がうるさくがちゃがちゃ鳴るのにもかまわずに。





軍の宿に帰ると、グリマー一家はエドたちを待っていた。
先に休んでいてもかまわなかったのに、と言うと、逆にねぎらいの言葉をかけられてしまった。
さすがに小ロイは眠そうだったが、それでもエドの言葉を一言一句聞き逃すまいとがんばっている。
エドは今日の成果を簡単に報告した後、
「明日、娘さんの職場に話を聞きに行こうかと思ってるんです」
「はい」
ユーリはフェール・ネルソンという資産家の家にメイドとして勤めていたという。
といっても住み込みではなく、日曜にはきちんと休みもあったようだ。
彼女のメイド仲間なら、もう少し詳しい話が聞けるかもしれない。
ひょっとしたら、ユーリがそのなかの誰かに悩みを相談していた可能性だってある。
エドが話を終えると、小ロイがこらえきれなかった大きなあくびをしてしまい、もう寝た方がいいと両親に叱られた。
ここまで気力だけでこらえていた眠気にとうとう勝てなくなったロイは、大人しくそれに従うことにしたらしい。
小ロイにお休みを言い、エルリック兄弟はグリマー一家と別れて自室に戻る。
ベッドを目にした途端それまでの疲れがどっと出たのか、エドは早業で服を脱ぎ捨てタンクトップと下着(やっぱりトランクスだ)の姿になると、ばふっとうつぶせにベッドへダイブした。
大の字になって「う〜……」とうなる姉をやれやれと見ながら、アルはエドの脱ぎ散らかした服を拾ってたたんだ。
……やっぱり無理してたんじゃないか。
自分がうまく制御しないと、このはちゃめちゃな姉はどこまでも頑張ろうとするから。
小さな背中に毛布をかけてやろうとしながらアルは気づいた。
「あ」
自分は鎧だから気にしてなかったけど、そういえば兄さんご飯食べてない。
「兄さん、おなか減らないの? 何か食べた方がいいよ」
「あー……なんかもう起きあがんのもめんどい……」
答えるエドは、しゃべるのすらめんどくさそうだ。
目を閉じて夢の世界に旅立とうとしている姉を邪魔するのも忍びない。
今は静かに寝かせてあげようと思い、アルは黙ってベッドの横に椅子を引っ張ってきて腰掛けた。





「はっ……たい、さ、……なんで、こんなこ、とっ……」
蜜をたたえて震える小さな花弁に、男のものが一気にねじ込まれる。
びくん、と大きくのけぞる身体を逃がさないようにしっかり押さえられて、抵抗らしい抵抗もできない。
「あ……あ、ふ」
目を潤ませ口をわずかにあけて、快感にがくがくと力の入らない腰を必死に立たせようとしながら、それでも目の前の男から視線は離さない。
膨らみというのもおこがましいくらいのわずかしかない胸へ、愛撫の手は伸びる。
それにも耐え、回らない舌でなおも男に問いかけた。
「ねぇ、なん……で……?」
その声はとても自分のものとは思えないほど少女らしい甘い声だった。
そうして男は笑うのだ。
君を守るためだ――――。
どこか熱に浮かされた、けれどやはりつらそうな瞳で。
「鋼の」
「た、いさ」
ああ、腕が繋がれてなかったら、抱きしめてあげるのに。
「ロイ」





ぱちりと目が覚めた。
ぱち。
ぱちぱち。
そのまま確認するように、数回まばたきをぱちぱちしてから。
…………なんッて夢見てんだオレは―――――――――っ!!!!!!!!
エドは盛大に顔に血を上らせた。
乙女だ。乙女すぎる。おまけにはしたない。あんな……あんな……っ!!
あんな夢を見てしまうとは、自分が信じられない。
ああくそっ、エドワード・エルリック一生の不覚だ!!
ありえない。絶ッ対ッ――にありえない。
なんでよりにもよってオレがあの変態大佐を「ロイ……」なんぞと甘い声で呼ばわねばならんのか。
今ならオレ、恥ずかしさで死ねる!!
一瞬にして今の出来事を『抹消したい過去ナンバーワン』に決定し、エドはふるふるとコブシを握り締めた。
あああああああああああ。
そんなベッドの上でのたうちまわる姉にどう声をかけたものかと、アルフォンスは横で固まっていた。
ひとしきり煩悶を終えた後、ようやくエドが動きを止めたのを見計らって、
「に、兄さん……? どうかしたの……?」
おそるおそる問いかけると、親の仇を見るような顔で振り返られた。
思わずびびりそうになりながらもこの気丈で健気な弟は、律儀に姉の返事を待った。
「腹減ったから目が覚めたんだよ……そんだけだ……」
それだけにしては地獄の底から絞り出すようなやけに怨念のこもった声なんですが兄さん。
「そうか、なんかうなされてたから、嫌な夢でも見たのかと思った」
アルの言葉に、エドはものの見事にベッドの上から転げ落ちた。
そ、それ……うなされてたんじゃなくて喘ぎ声だ……!
とはもちろん言えるわけも無い。
『いろんな意味でピンク色』な夢を見て、あまつさえ喘いでいましたとは。世界がひっくり返っても言えない。
「シャワー浴びてくる……」
エドはのっそりと立ち上がり、この場から逃げようと試みた。
つか、もう、ほんと、自分がヤダ。
「え? お腹減ってるんじゃないのー?」
後ろから追いかけてくるアルの声は、聞こえないフリをして、エドはバスルームへと足を向けた。
トランクスの中を確認して、よかった、濡れてない……などと安心し、そんな安心をしなければいけないことに対して、また自己嫌悪におちいるのだった。



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