_______+荒野のフィーメンニン+___
ぺこぺこぺこぺこ頭を下げては無礼をわびるフェールに、そろそろエドは辟易し始めていた。
あと1分これを続けるようならキれてやろうと思ったが、幸いにしてやっとフェールがエドの思いを汲み取ってくれたようなので、エドは訪問先でその主人相手に鉄拳をくらわすようなマネをせずにすんだ。
フェールは紡績業を営んでおりかなりの利益を上げているとかで、羽振りがよく、つまりは商才があるということなのだろう。
恰幅のいい紳士で、赤い髪を後ろに撫で付けており、口ひげを生やしている。目は灰色だ。
さっそくエドは切り出した。
「こちらで働いていたグリマーさんのことについてお聞きしたいんですが」
「ああ、メイドは大勢いるので私にはよくわからんです。それでしたら私ではなくメイド頭のほうがお役に立てると思います」
「……そうですか」
フェールはベルを鳴らして召使を呼ぼうとした。エドはもう一歩だけ踏み込んで言葉を続けた。
「実はグリマーさん、昨日列車に轢かれてなくなったんです」
「……なんですって? それは気の毒ですね。なにかあったのでしょうか、彼女」
フェールはひげをいじり、今度こそベルを鳴らすと、メイド頭らしき年配の女性が彼の側へと寄った。
ああベス、お客様がお前に訊きたいことがあるそうだ、とフェールは告げると、エドたちのほうに向き直って用事があるのでこれで失礼させてください、必要があればこのベスに、それから屋敷のものにでもご自由にお申し付けくださいと言い残して部屋を出て行ってしまった。
「じゃ、ええと……」
「メイド頭を勤めさせていただいておりますベス・レタフと申します」
なんだか妙に威厳のある女性だ。メイド頭という肩書きがそうさせるのだろうか。
エドは気を取り直して尋ねた。
「グリマーさんをご存知ですよね?」
「ユーリでございますか。ええ、存じておりますよ。そういえば今日はまだ姿を見かけていませんが」
「彼女、亡くなりました」
ベスは目を見開いて言葉をとぎらせたが、すぐに胸に手を当てて再び口を開いた。
「まあ……なんてことでしょう。確かにあのこは無断遅刻をするような娘ではないので、おかしいとは思っていたんです」
「実はオ……私たちは、軍の命令でこの件を調べているんです。というのも死因に不審な点がありましてね」
「はあ」
「自殺か殺人か――――どちらにしても穏やかな話ではないので。同僚の方々に詳しいお話を聞きたいんですが、かまわないですか?」
「え、ええ……もちろんですとも。あの子はよくできたしっかりした子で、私は目をかけていたんですが」
言うベスの目にはうっすらと涙が浮かんでいて、エプロンの裾でそれをそっと拭う。
姉の死を悼む人間を目の当たりにした小ロイはどうやらもらいそうになっているらしく、涙をこらえて肩をぷるぷると震わせていた。
しんみりとした雰囲気になったとき、それをぶち壊すかのごとく情緒のまるで無い足音が勢いよく部屋に駆け込んできた。
「カインが来てるんですって!?」
小型の嵐のような荒々しさの侵入者は、しかしその荒々しさとは逆のなかなか可憐な容姿をしていた。
長い赤い巻き毛に、生意気そうな目はいかにもお嬢様風で、きっとフェールの娘だろうとエドは見当をつけた。
「まあ、まあまあ、ラミアお嬢様。いったい何事ですか。もう少しおしとやかにですね……」
ラミアと呼ばれた少女は頬を膨らませた。
このくらいのお小言は慣れっこという感じで、普段のベスの苦労がしのばれた。
ラミアのその目がエドとアルとロイをとらえ、期待が外れたことを悟りたちまちのうちにがっかりしたような色を浮かべた。
「なーんだ。お子様じゃないの」
「おこっ……!?」
抗議しようとしたエドの肩をアルはそっと抑える。ここで暴れられてはたまらない。
それに相手はこの家のお嬢様らしいし、一応女の子だ。いくらなんでも暴力はよくない。
ラミアは自分がどれほど危ない橋を渡っているのか自覚もなく、はぁーあ、といやみなほどに大きなため息をついた。
「軍人が来たっていうから、カインが会いに来てくれたのかと思ったのに」
その名前にはきき覚えがあった。確か――。
「カイン? カイン・バレットか?」
「カインを知ってるの!?」
なんという変わり身のはやさか、ラミアはぱっと顔を輝かせてエドに詰め寄った。
その態度の変わりっぷりはある意味尊敬に値するかもしれない。
エドは少女(といっても自分よりはいくらか年上だろう)の剣幕に押されつつ、まあ、知ってはいるな……とだけ言った。
そこへ小ロイが口を挟んだ。
「俺の姉さんの婚約者だ」
ラミアは目をぱちくりとさせたが、次の瞬間ロイを鼻で笑った。
「何を言っているの? 私、あなたみたいな弟を持った覚えはありません」
「え?」
「だって、カインは私の婚約者だもの。もうすぐ結婚するのよ。そうしたらカインはすぐに軍曹どころか大尉にだってなれるんですから」
「どういうことだろうねぇ……」
宿に帰る道すがら、アルの呟きに返事をしたのはエドではなく小ロイだった。
「やっぱりあいつが裏切ったんだよ」
日はすでに傾き、影は長く伸びてエドの身長すら高く見せていた。
あまり遅くなるとグリマー夫妻がロイの身を案じるだろうということで早めに切り上げたつもりだったのだが、エルリック兄弟の『早め』とグリマー夫妻にとっての『早め』は少し違うということを失念していた。
結局新しく得られた情報で重要と思われるのは、フェールの一人娘であるラミアとカインが知り合いだということ、そして彼女の言葉を信じるなら二人は婚約者どうしだということだった。
確かにラミアの言うとおり、カインがラミアと結婚すれば昇進への道は格段に開けるだろう。
どうやらフェールは軍上層部へかなりの金を都合しているらしいし、そのうえ娘を甘やかしまくっているというなら、娘がべたぼれしている婿のために出来る限りの力添えをするであろうことは明白だ。
ラミアがカインに一目ぼれして、カインも自分の思いを受け入れてくれたのだとラミアは言っていたが、もしそれが本当ならカインは昇進に目がくらんでユーリとの婚約を解消したということになる。
その場合、一方的に指輪を返されて婚約破棄されたと話したカインの言葉は嘘だったということだ。
恋人に捨てられたショックで自殺をしたのだとしたら。あの涙も、嘘。
宿に着くまで、エドはずっと無言だった。
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