＿＿＿＿＿＿＿＋荒野のフィーメンニン＋＿＿＿

夕食をご一緒しませんかと誘われたのを丁重にお断りして、エドとアルは自室に引きこもった。
じっくり考える時間、頭の中のものを整理する時間が欲しかった。
「軍の狗となんか一緒に食事したくないっ」
兄弟を誘ったグリマー夫妻に投げつけられたロイの言葉を気にしている暇は無いんだ、とエドは自分の思考の中に没頭する。
小ロイの軍に対する敵意はますます強まってしまって、それを見ているのは正直あまり良い気分はしないけれども。
「兄さん、兄さん」
「……なに」
「今日はちゃんとご飯食べなよ？　昨日みたくあんまり眠れなくなっちゃわないように」
ごがん、と痛そうな音を立ててエドは額をしたたかテーブルにうちつけた。
せ、せっかく忘れてたのにまた思い出しちまったじゃねぇか、と弟に恨み言のひとつも言いたくなったが、それを言うとそもそもの理由を追求されそうなので、自分から藪をつつくようなバカな真似はすまい、とエドはぐっとこらえた。
今のエドに出来ることは、今日は熟睡できますようにと祈ることだけだ。
祈りたい神様がいないんじゃなかったのか、とか、そういう野暮なことは言わなくてよろしい。
「何ぶつぶつ言ってるの？　兄さん」
「気にすんな」
ずきずきするおでこを押さえながらエドはドアの方を向いた。人の気配がある。
予想通り子供の手によるノックの音が続き、うっすら赤い額のまま、エドは椅子から立ち上がってドアを開けてやった。
「“軍の狗”に何か用か？」
確認もなくドアを開けたエドに小ロイは一瞬ひるんだようだったが、すぐにそれは怒りへととってかわって、苛立ちもあらわにエドに詰め寄った。
「……どうして捕まえてくれないんだよ」
「誰を捕まえるって」
「そんなの決まってるじゃないか！　あいつ――――カイン・バレットだ！」
興奮してまくし立てるロイとは対照的に落ち着いているエドはため息をついた。
「あのな、証拠がまったくないだろ。それにもしネルソン嬢の言ったことが本当だとしても、婚約解消しただけじゃ犯罪でもなんでもない」
「なんだよ、そんなこといって、どうせ本当は軍人だから捕まえたくないだけなんだろ!?　所詮あんたも軍の狗だから――――」
「……お前こそ、“軍人”を捕まえたいだけなんじゃないのか？」
低い声に、アルは姉が本気で怒りはじめていることに気づいた。
言われた小ロイはぐっと口をつぐんで小さなこぶしを握り締めた。
「軍を正当化するつもりはねぇ……オレだって、軍は嫌いだ。でもだからって、内実を見ようともしないで、軍人ってだけで一律に嫌うのは間違ってる」
軍人すべてが嫌なやつだなんて、そんなことはないんだ。
軍人だって一般市民にだって腐ったやつはいるし、そうでない人もいるのは同じだから。
それを小ロイにもわかって欲しかった。なぜなら自分は知っている。
東方司令部の面々や、中央にいる中佐や、自分たち姉弟と親しくしてくれている、温かい人たちを知っているから。
少年はうなだれたまま、エドの声にこたえようとしなかった。
エドはもう一度彼を諭すように呼びかける。
「なあ、ロイ」
「――――――もういいよっ!!」
やっと顔を上げたかと思うとエドに怒鳴りつけて、小ロイはドアを乱暴にばたんと閉めて出ていってしまった。
後に残されたのはなんとも苦い空気のみで、アルはそろそろとエドの顔色を伺った。
あーっもう、とがしがし乱暴に癖の無いまっすぐな金髪の頭をかきむしり、大きな息を吐くエドは、内心落ち込んでいるに違いないとアルはそっとその肩を抱き寄せてやった。
エドは素直にそれに寄り添い、しがみつくようにアルに身体を預けた。
体温の存在しない硬い自分の身体が、彼女のやすらぎになれるとは思えないけれど、アルは少しでも彼女の痛みをやわらげてあげたかった。
「冷たくない？」
「ううん……気持ちいい」
ありがとな、と腕の中からそっと聞こえて、そんなふうになることができないはずのアルの胸はなぜか熱くなる。
そして、アルにそうさせることが可能なのはエドだけなのだ。






夜の帳がおりきって、そろそろ町も寝付くころ。
シャワーを浴びた髪も乾ききらないまま布団の中で身体を丸めていたエドは、ドアを激しく叩く音で起こされた。
どこか切羽詰ったドアの向こう側の様子に、瞬時に己を覚醒させ、エドはアルを見、どちらからともなく頷きあうとドアに近寄った。
「あの……夜分すみません、グリマーです……!!」
「エドワードさん、大変なんです!!」
どんどんとノックの間から聞こえてきた声はリーとジョーのそれで、エドは慌てて近くにあった服を羽織るとドアを開けた。
エドが顔を見せると夫妻は少しほっとしたのか表情を緩めたが、すぐにまた不安げな顔つきになった。
「一体どうしたんですか？」
尋常ではなさそうな彼らの様子にエドはそう尋ね、リーがそれに答えた。
「ロイが、いないんです……!!」
「なんですって」
あのバカ……!!　人の話を聞きやしねぇっ!!
「それで、部屋にこれが落ちていたんです」
そう言ってジョーが差し出したのは茶色い表紙の本、ユーリ・グリマーのサインの入った――――。
彼女の、日記。
ロイがこっそり隠していたのだろう。
読んでも？　と確認すると、ジョーは頷いた。
エドはぱらぱらとめくって最新の日付を探し、そこからさかのぼっていく。
みるみるうちにその顔つきは険しくなっていき、見かねたアルが声をかけようとしたところでエドはばたんと手中の日記を閉じた。
しかし顔を上げたエドの表情はアルが想像したようなものではなく、夫妻の心配を下手に煽らないためにか、穏やかで力強かった。
「安心してください、オレたちで連れ戻してきますから」
「息子のことです、私たちも行き……」
「いえ、途中で戻ってきたときのためにお二人は部屋にいてください」
行くぞアル、とエドはすでにコートに袖を通している。
心細いのだろう両手を組んだジョーに、にっこり笑って見せて、エルリック兄弟は宿を出ると藍色の街に飛び出した。




ＮＥＸＴ


ＢＡＣＫ