_______+荒野のフィーメンニン+___




石畳の上を走る音ががしゃがしゃと夜の路地に響き、大小ふたつの影が颯爽と駆けていく。
あちこちに点された街灯の黄色っぽい明かりと頭上に昇る月や星の光が道筋を照らした。
「アル、二手に分かれるぞ」
「え?」
「お前は軍の寮を当たってくれないか? ロイがもしバレット曹長に会いにいったんだとしたら、まずそこだと思う」
「――――兄さんは?」
「オレは……」




鎧の奥の赤い光が、前方の小さな黒い人影を捉えた。
(兄さんビンゴ!)
こちらに気づき走って逃げようとしたその襟首をはっしとつかまえて吊り上げると、地面から離れた足が空回りしてじたばたもがいた。
「く、くるし……」
「あ、ゴメン」
すとんと地面に戻してやるが、掴まえた手は離さない。
エドの読みどおり、小ロイは中には入れずに建物の周りをうろうろしていた。
そもそも最初から軍の寮に一般人、しかもこんな子供が入れてもらえるわけが無いし、忍び込むのもまず不可能だ。
「はなせよっ!!
小ロイはこりずにアルの腕を振り解こうと身体をひねっている。
どうせ門前払いを食わされて、だからここで立ち往生していたに違いない。
「落ち着きなってば。リーさんもジョーさんも心配してるよ? 大人しく一緒に帰ろう」
「ここまで来て男が引き下がれるかよ!」
アルは肩を落として呟いた。
「しょうがないなぁ……」
姉の読みはどこまでも正しかったらしい。
別れる間際に手渡された銀時計を取り出しながら、アルはついておいでと小ロイに言った。




見上げた鉄柵の門。昼間も訪れたここに再びエドは立っていた。
豪奢な建物はそのままなのに、あのときとは光の加減のせいか、随分と与えられる印象が違う。
正面から乗り込むか、それともこっそり侵入するか――あの角からなら錬成反応の光を見られることは無いだろう。
でも、と守衛の姿を確認し、エドは前者を選んだ。
何かあったとき言い訳のきくぶん、ここはきちんと体裁を整えておくべきだろう。
アポなし、しかも深夜の訪問という時点ですでに体裁も何もあったものではないかもしれないが、ひとまず国家錬金術師と名乗っておけば、軍人が絶大なる力を持つ軍事国家たるこの国において、向こうとしてもエドを無下に扱うわけにもいくまい。
エドは口の端を吊り上げて、正面入り口へと歩み寄った。




「すみませーん、ボク、国家錬金術師のエドワード・エルリックといいます。あの、カイン・バレット曹長にお会いしたいんですけど」
心の中で姉に感謝と謝罪の言葉を述べながらアルファンスは応対した軍人に銀時計を差し出した。
鋼の二つ名を持つエドワードの名前と自分のこの全身甲冑姿は本人であるという説得力を増しこそすれ、疑われるようなことはまず無い。
そちらは? とたずねられるとアルの後ろにいる小ロイは、
「弟のアルフォンスです」
と、事前にアルに教えられたとおりに口裏を合わせた。




「こんな夜更けにお越しとは、いったいどんな緊急のご用事でしょう?」
「いえ、万が一のことがあるかなと思って」
「ほう?」
通された部屋ではこの屋敷の主――――フェール・ネルソンがテーブルについていた。
長細いテーブルの端と端に向かい合って、お互いの顔を探っている。
「それはどういった意味でしょうかな、錬金術師殿」
「万が一、ユーリ・グリマーの弟であるロイが、彼女の日記に記されていたことから真実を突き止めるようなことがあったら、という意味ですよ」
「……私にはおっしゃる意味がわかりかねますが?」
ぴくりとフェールの眉が動いたが、すぐに平然ととぼけてみせるのは、さすがといったところか。




やってきたカインは、告げられた名とそこに待っていた実際の人物とが違うことに目を丸くしていた。
エルリック兄弟がいるはずのそこには、弟二人――エルリック兄弟の弟と、グリマー姉弟の弟がいるのだから。
「あの……?」
困惑を隠さないカインに、アルは詫びた。
「お疲れのところごめんなさい。どうしても曹長に会って話したいことがあって」
「はぁ……」
「ラミアさんの、ことなんですけど」
小ロイがカインにいきなり飛び掛ることの無いように、自分の身体で遮ることでさりげなく牽制しながら、アルはずばりとそう切り出した。
カインの困惑は消えない。
夜更けに軍の寮まで来る理由としてはいささか弱い質問だから、カインの反応は当然だ。
「――――婚約者だというのは本当ですか?」




笑顔が貼り付いてはいるが、エドの目は笑ってはいない。フェールも同様だ。
「ご当主はお人が悪い――本当はお分かりでしょう、ユーリ・グリマーのことですよ。あなたが自殺まで追いやったんだから」
「何をおっしゃるやら。当方にはまったく覚えがございません」
「そうですか? 昼間私がこちらにお邪魔したとき、私がファミリーネームしか告げなかったにもかかわらず、あなたはすぐに私が言った人物が女であることや、メイドとして働いていることまでおわかりになったでしょう。それだけじゃない、あなたは」
「……なんだと言うのですか」
言葉を区切ったエドに、フェールはその先を促す。エドは挑むようにフェールの目を真っ直ぐに捉えた。
「彼女が列車に轢かれたと言ったとき、事故ではなく真っ先に自殺だと思われたようでしたね。事故の可能性を考えなかったのは、自殺する理由に心当たりがあったからではないんですか」




アルの言葉に、カインはまるで爆弾を投げつけられでもしたかのように驚いていた。
「誰がそんなことを?」
「ラミアさんご本人ですけど。違うんですか?」
「ええ、違います! 僕にはユーリがいたんですよ!? それなのに、他の女性と婚約なんてするはずないじゃありませんか!!
きっぱりと否定するカインが嘘をついているとは、アルには思えない。
「確かにネルソンのお嬢さんに……好きだと言われたことはありますが、でも僕はきちんとお断りしました」
「じゃあ……どうして彼女は、あんな嘘を……」




「それで、私が彼女を自殺に追い込んだ犯人だと?」
「あなた以外考えられないんですよ」
真正面から睨みつけるエドの目は、照明を受けてきらきらと金色に光っている。
フェールは右手でひげを撫で付けて、そんなエドの目を眩しそうに見た。
「いや、さすが最年少で国家資格を取った天才少年ですな」
「……ロイはここにいるのか」
エドの声は鋭く、もはや形だけの礼儀は存在しなくなっていた。
フェールは再びひげをゆっくりと撫でた。
「さて……そのロイとかいう彼が、昼間来たお子さんのことなら、……門の前で暴れていましたのでね。丁重に我が家にお迎えしておりますよ」
「なんだと……? ロイは無事なんだろうな!?
「それはあなたの出方次第でしょう」
フェールは目を細めた。テーブルの上に置かれた蜀台の炎が赤く揺らめいている。




ガタン、と何かに気づいたように突然立ち上がったアルを、小ロイは怪訝な顔つきで見上げた。
次の瞬間、アルは身を翻して寮の外へと駆け出していた。小ロイが慌ててそれを追う。
弾のように走りながら、アルは死ぬほど後悔していた。兄さんを一人で行かせるんじゃなかった……!!
ネルソンの屋敷へ。早く、早く。
姉の強さは知っているが、同じくらい無鉄砲さも知っているので心配だ。
もう今頃、危険な目の一つや二つにあっていたっておかしくは無い。そういう人間なのだ、あの姉は。
嫌な予感を胸のうちに抱きながらアルは叫んだ――――
「兄さんが危ない!




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