_______+荒野のフィーメンニン+___




「ちょ……っと、待って!!
アルの速度についていけなくなったロイが息も絶え絶えに後ろから叫んだ。
姉が絡むと視界が狭くなるというか、周りが見えなくなるアルはすっかり同行者の存在を忘れていて、その呼びかけにようやく小ロイのことを思い出して振り返った。
見ると少年は膝に手をついてぜぇぜぇ肩で息をしている。
「あ、えっと、ごめんごめん、すっかり忘れてたよ」
疲れを知らない身体のアルが全力疾走していたのだ、普通の人間、ましてや年端もいかない子供についていけるペースではない。
「君も行きたいの?」
そうアルが問うと、小ロイは息を整えながらこくこくと頷いた。
「はぁ、は……だって……はぁ、俺、当事者……っは」
「うん、わかった」
わかったけど、このままロイの速度に合わせてたら遅くなっちゃうしなぁ……
しょうがない、乗りかかった船。
アルは小ロイの小柄な身体をひょいと抱き上げた。
小ロイが驚くのもかまわず、そのまま再び走り出す。
人ひとり腕に抱いた鎧はがっしょんがっしょんと音を立てながら夜の道を目的地に向かって駆けていく。
ようやく一息ついたロイが身体を丸めてアルに話しかけた。
「す……すごい、ね、あんた。そういえば、あんたも、錬金術師、だっけ」
「舌かむよ? 気をつけて」
そう注意されても、ロイは話すのを止めない。
「俺、さぁ……強くなりたかったんだ……」
「ああ、そういえばなんかそんなようなこと言ってたね」
どうしたら強くなれるのかと、俺にも出来るかと、列車の中で目をきらきらさせながら話していた少年。
「姉さんを、守りたかったんだ。姉さんを守るのは、あいつ……カイン・バレットじゃなくて、俺だって」
抱えられて、アルの腕の中で、ロイはぽつぽつと語った。
「俺が守るから、結婚なんかするなよって言いたかった。でも、もう姉さんはいない……。あんな軍人と結婚するなんて言わなきゃ、姉さんは生きてたかもしれないのに。あんな、軍の狗なんかと……」
「……ねぇ」
黙って聞いていたアルが、口調に怒気をこめた。
「その言葉はよくないよ。カインさんは悪い人じゃなかったでしょう? なにより、お姉さんが選んだ人なのに」
「だって……っ」
「痛いんだよ、言われた人は。笑ってても、平気なふりしてても、本当は、痛い……」
蘇るのは、あの小さな一身に罵倒を浴びせられる少女の姿。
罵られ、さげすまれてつらくない人間なんているだろうか。
そんな思いをするのはオレ一人でたくさんだ、と、そういって笑ったエドの、その眉は何かを耐えるようにひそめられていなかったか。
小ロイはうつむいて顔を隠した。
それきり大人しくしていたが、路地を曲がって、しばらくするとおもむろに口を開いた。
「あの、さ。どうして、あの人……あんたのお兄さん、自分が機械鎧だってこと、笑って話せるの?」
ロイは指をそっともう片方の手で包む。
払いのけたときに硬い感触が当たって痛んだ指が、また痛むような気がして。
アルは姉を思う。怒ったり笑ったり忙しいけど、泣くことは滅多にない姉を。
「兄さん、自分のつらさを表に出すの、不幸をひけらかすみたいで嫌なんだって」
そう言うと、アルはすとんとロイを地面におろした。
「ほら、着いたよ」
「ここって……」
「うん、フェール・ネルソンのお屋敷。兄さん、ここに行くってボクと途中で別れたんだ」
さて、どうやって入ろうかなどと悠長に考えている時間は無い。
手段は選ばない、と、見張りから死角になるところの塀を錬成して扉へと変えると、アルはそこから敷地内に侵入した。
ロイがすげぇと感嘆しているのをよそにアルはちゃっちゃっと手際よく忍び込むための算段をつけている。
適当な窓を開けて屋敷に入り、赤絨毯の敷かれた廊下に出る。
照明の落とされた廊下はひっそりと静まりかえって人の気配が感じられない。
この屋敷のどこかに兄さんがいるはずなのに、こんなに静かなのはおかしい。
小型の嵐のような――――そう、いうなればエドは嵐の化身なのだ。
そんな姉が、乗り込んだ先でなにがしかの騒ぎをおこさないでいられるわけがない。
そう思ったまさにその矢先。静寂をぶちこわす大音量の悲鳴が聞こえた。




エドは腕を組んでフェールを見た。
「オレの……ねぇ。で、何が望みなんだ? 金……はもうさんざん持ってるだろ、あんたなら。軍人のコネだってあるよな。いまさら国家錬金術師に求めることなんて特になさそうだけど……まさか人体錬成して欲しいなんて言わないだろうし」
「私の専属になってもらえませんかね」
「は?」
思いっきりアホ声が出てしまった。
何を言ってるんだこのおっさんは、とエドは腕を組みかえる。
「なにそれ。国家錬金術師に一般市民の専属になれって? 意味わかんねぇ。資格返上してあんたに仕えろってこと?」
「いえ、国家錬金術師をやめる必要はありませんよ」
フェールの言葉に、ますますエドの頭の上にはクエスチョンマークが増えていく。
飛び交うクエスチョンマークの中のエドを、フェールは鷹揚に見やった。
「私のものになって欲しいんですよ、ユーリのように」
私は綺麗なものが好きなんです、と言ったフェールの微笑みは、エドをぞっとさせるのに十分だった。




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