_______+ちしゃの葉ひめ+___
先程からロイは不機嫌だった。
この部屋の主である自分をほっぽって、エドもアルもハボックと談笑しているからだ。
ここは魔界か悪魔の巣窟か、と思われた黒い空気もいつのまにか霧散し、なんだか和やかムードになっている。
ただし、エドたちの周りだけ。
話の輪に入っていけないロイの機嫌は相変わらず低空飛行だ。
ハボックがエドの髪をくしゃくしゃっとやる。
「そっか、解決して良かったな」
――私を差し置いて。
エドが乱れた髪をぱっぱと直す。
「うん、少尉、協力してくれて助かったよ」
――上官であるこの私を。
ハボックが煙草をぷかーとやる。
「いいって。たいしたことしてねぇし」
――私を……。
エドが笑顔で礼を言う。
「そんなことないよ。ありがと、少尉!」
――プチ。
ロイの中で何かが切れた。
ソファがソファにあるまじき音を立て、いきなり立ち上がったロイに、振り返った3人の視線が集まった。
「……大佐?」
どうかしたかと尋ねようとした口は、男の顔を見て閉じられた。
エドを見るロイの目には、なんだか妙な迫力があった。
あれは――――焔のついた目だ、とかなんとか後にエドが語ったかどうかは定かではないが。
不幸なことに、エドたちからは、ただ単にこの三十路間近男が年甲斐もなく拗ねてるだけだということはわからなかった。
ただならぬ勢いで迫るロイの口から発せられた言葉は、
「今から約束を果たしに行くぞ」
「……約束?」
強い口調のロイを、エドはきょとんと見上げた。
残りの二人もいまいち状況が飲み込めていない。
「お茶に付き合うという約束だ」
「え、あ、……今から?」
真剣な顔していきなり何を言い出すのだこの男は、とエドはあきれたようにロイを眺めた。
びびった己がバカみたいではないか。
エドはすげなく返答した。
「オレ、まだ承諾してないけど。考えとくって言っただけで」
兄さんそれってまるで詐欺師の屁理屈みたいだねとかたわらの鎧は思ったが、この件に関してはわざわざ敵に助け舟を出してやる義理もないので、自分の心の中だけにしまっておいた。
事情を知らないハボックは、ロイとエドの会話の意味がわかっていないので、未だに状況が飲み込めないまま置いていかれている。
「なら承諾したまえ」
「は!?」
「今。ここで。私と。お茶に行くとっ!!」
「はぁっ!?」
「君と私の仲ではないか。さあ行こう、今行こう、すぐ行こう!!」
ロイに押されつつ、エドは口の端っこをひきつらせた。
ここにはハボック少尉もいるのだ。
妙な誤解を(一部事実ではあるが)招くような発言はよしてもらいたい。
「いつどんな仲になったって言うんだよ!! あーもー行かねーぜってー行かねー」
「そうか。行かないというのなら命令違反で軍法会議にかけるがどうかね?」
ふははははと勝ち誇ったように高笑うロイに、エドの肩ががっくりと落ちた。
ハボックはさすがに上司の横暴ぶりに慣れているのか、気の毒そうな顔をエドに向けはしたがそれだけで、のんきに煙草をふかしている。
エドはすがるようにアルを見た。
しかしエドを助けたのはアルではなく、扉を開けて入ってきたホークアイだった。
そしてその後ろからもう一人、抱えた書類に埋まるようにして顔は見えないが男性軍人が続いた。
「失礼します大佐。書類をお持ちしました」
突如として現れた仕事とその量に、ロイも顔を青くしている。
「……どういうことだね中尉」
「結論から申しますと、処理漏れです」
エドは心の中でご愁傷様、とロイに手を合わせた。
どさっ、と重そうな音を立てて、机の上に書類が置かれた。
「運んでくれてありがとう、准尉」
「いえ、お役に立てて光栄です!」
抱えていた荷物を降ろしたため、書類に隠れていた顔が現れる。
薄茶の髪は短めで、髪よりは濃い茶色の目がきらきらしている。若い。
二十歳ほどのその男は、純朴素朴、熱血系で、エドとアルが見たことのない男だった。
疑問が顔に出ていたのだろう、ホークアイが紹介してくれた。
「ああ、彼はリフ・ローズマリー准尉。この書類を運ぶのを手伝ってもらったの。私一人じゃ持ちきれなくて困ってたところを通りかかってくれて。少尉はいなかったし」
「……すいません」
ハボックは汗をかきながら頭を下げた。
その横でエドとアルは、リフのニコニコ顔を見ながらこの人、なんか豪華な姓だな、と思っていた。
「エドワード・エルリックです」
「アルフォンス・エルリックです」
「リフ・ローズマリーであります! いやあ、有名な鋼の錬金術師殿にお会いできるとは感激です!」
「それほどでも……」
照れたエドが言いかけた言葉は外に出ることなく消えた。
「まさかこんな可愛らしいお嬢さんだったとは驚きました!」
部屋の空気が、音を立てて凍りついた。
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