_______+ちしゃの葉ひめ+___




某月某日、「リフ・ローズマリー准尉(22)男性」が「鋼の錬金術師エドワード・エルリック(15)同じく男性」に一目ぼれしたらしいという噂が東方司令部中を駆け巡った。

「はぁ――――……」
「なんだなんだ、辛気臭い顔して」
頬杖をつき、長々とため息を吐いていたリフの頭を、ハボックは丸めた紙で軽くぽこんと叩いた。
こちらを向いたリフは涙目になっていた。
しかし、痛かったわけではないだろう。ハボックは力を加減して叩いたのだし。
でもまあ、泣きたい気持ちはわかる。
よりにもよって惚れた相手が7つも年下の、そして男だったのだから。
おまけにそれが、当の相手に思いっきり知れてしまったとくれば、泣きたくもなる。
「確かにエドワードはそこらの女より綺麗な顔してるし、ちみっこくて可愛いかも知れないけど、男だからなー。こればっかはどうしようもねぇな」
それにそこらの女とは比べ物にならんくらい凶暴だし、ちみっこいっていうとキれるし、国家錬金術師だし。
さて仕事に戻れ、とハボックは言おうとしたのだが、リフの目はハボックを通り越して遠くを眺めていた。
「そうなんです……エドワードさんは可愛いんですよ」
「……もしもし?」
これはあれだ。目がハートマークになっている。
こういう恋バカの輩には、何を言っても無駄なのだ。
実際、昔彼女ができたばかりのころのハボック自身がそうであった。
周りがなんと言おうが聞いていなかった。
四六時中彼女のことで頭がいっぱい、世の中がバラ色に見えて、大佐の忠告すらも軽く受け流せてしまった。
そして、振られた。
どうやら彼女には本命がいて、ハボックは二股の――遊びの相手だったらしい。
大佐はそれを知っていたらしく、傷心ながらも出勤してきたハボックは、「せっかく忠告してやったというのに」と言われてしまった。
まあ、そんな自分の過去の古傷のことはどうでもいい。
目下の問題はこの部下のことだ。
「……あのなあ。忘れたほうがいいと思うぞ。今のお前が感じているものは一時の気の迷いだ」
「でも初めてなんです、こんな気持ち」
「…………。」
ほっとこ。
ハボックの脳は、ひどく賢明な考えを打ち出したのだった。




ちらちらと見られている。ときおりくすくすと笑っているような声も聞こえる。
「兄さん……」
アルがこちらを伺うように聞いてくるが、アルの危惧そのままに、エドの顔は険しい。
東方司令部には顔馴染みも多いから、普段ならエドを殊更物珍しそうに見る軍人はほとんどいない。
それなのに、これではまるで初めて中央に行ったときのようだ。
視線が小虫のようにまとわりついて、うっとうしいことこの上ない。
なんだか見世物になった気分で、エドは膨れっ面を作った。
原因はわかっている。先ほどエドは初対面の軍人に一目ぼれだと告白された。
それが――――どうやってかは知らないが――――あっという間に知れ渡ってしまったらしい。
なまじ自分が有名人だったのがいけなかった。
娯楽の少ない軍部では、最年少国家錬金術師の天才少年であるエドと、一介の准尉でしかないリフとの恋愛話は、格好の話の種になってしまう。男同士ならなおさらだ。
軍部においてエドの本当の性別を知っているただ一人の人間であるロイは、なんのフォローもいれてくれなかった。
もうこんな場所には一秒たりともいるものか。
エドはずんずんと、小柄な体に似合わぬ足取りで東方司令部を出口に向けて進んでいく。
外に出れば、正午過ぎの抜けるような青空が広がっていた。
空腹を覚えて胃の辺りを押さえると、自分は食べられないくせに、エドの腹具合を気にしてくれているらしいアルが、ご飯食べに行こう、と提案してきた。
下降する一方だった機嫌が少し持ち直す。
アルは精神安定剤に似ていると思う。
「兄さん、怒ってる?」
「あふぁりまへらろ」
もぐもぐやりながら答えると、お行儀悪い、とアルの叱責がとんだ。
話しかけてきたのはアルの方なのに、なんだか理不尽さを感じる。
ごっくん。
口の中のものを飲み込んでからもう一度しゃべりなおした。
「当たり前だろ。大佐のやつあんなこと言いやがって、もしオレが――その、女……だってこと、バレたらどうすんだよ」
おんな、のところだけ声をひそめる。
ここは軍部のお膝元、イーストシティにある飯屋だ。誰が聞いているかわからない。
「でも、大佐がああ言ってくれたおかげで、僕らははっきり否定できたんじゃないかな」
「それは……」
そうかもしれないけど。
フォークを口に突っ込んだまま、エドは黙りこくって下をむいた。
でも、それは結果としての話であって、最初からあの男にそういう意図があったとは限らないじゃないか。
「どうかした、兄さん」
あわてて顔を上げると、アルはこころもち首をかしげるようにしてこちらを見ていた。
「……別にっ」
いけない、心配させてしまったか。
なんでもない、と付け加えてエドはハムの薄い表面にフォークを突き刺した。
出された紅茶から立ち上る湯気をぼんやり目で追いながら、単調に咀嚼を繰り返す。
味なんてよくわからない。
ちらちらと浮かぶのは、あの黒髪の上司の意地悪な笑顔と、それとは対照的な茶髪の准尉の底抜けに明るい笑顔。
「きゃああああっ!!」
笑顔、が。女の悲鳴に取って代わった。
「なんだ!?」
「なに!?」
がたんといささか乱暴に椅子を押しやって、兄弟はすばやく立ち上がった。
店の外から聞こえてきた悲鳴は、間違いなく空耳なんかではない。なにか事件か。
「つくづく巻き込まれやすいよね、兄さんって」
「オレのせいかよ!」
ぼやく弟にこぶしで抗議し、エドは小銭をいくばくかテーブルの上に放って外へと飛び出した。
そこにはすでに人だかりができていて、中心にあるものがなんなのかよく見えない。
……のは、小さなエドだけだったようで、アルにはしっかり見えたらしい。
「女の人が、震えてる」
アルいわく、肩を抱いて怯え、縮こまっているという。
誰かが憲兵を呼びに行ったらしいのが見えた。通り魔か、とエドは見当をつけた。
「怪我は?」
「うーん、見える範囲では無いみたい……あ」
「どうした?」
アルが気づいたのは、その不自然な毛先。
「髪が、ばらばらだ」
それが、最初の事件だった。




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