_______+ちしゃの葉ひめ+___
先ほど飛び出してきたばかりの軍部にとんぼ返りしなければならないとは、しかも軍部の面々の好奇心に満ちた視線にさらされながら、その原因の一端を担った男のいる執務室に向かわねばならないとは、いったい自分がどんな不幸の星の下に生まれたというのか教えてほしくもなる。
執務室にはエド、アル、ロイ、ハボックの計4人が揃っていた。
エドの向かいに座った男が口を開いた。
その机の上には、処理漏れで積まれていた書類がまだ幾分か残っている。
「君たちの見たことを話してくれたまえ」
「……なんだよ偉そうに」
「実際偉いのだから仕方あるまい」
聞こえないように小声でつぶやいたつもりだったのだが、しっかり耳に届いていたらしい。
エドはばつの悪さを誤魔化すように、意図して呆れたような声音を作る。
「……オレはあんたの仕事を楽にしてやるための便利な道具じゃないんだけど」
「もちろん君が道具などでないことはわかっているとも。道具とは人に使われてその威力を発揮するものだが、君の行動は私の手に余る」
「それ褒めてんの? それともイヤミ?」
「どちらともとってもらって結構。さて、無駄口をたたくのはそろそろやめにして、本題に移ろうか」
ロイの眼光が鋭くなり、エドも顔を引き締めた。
軍に属するものとしての務めは、果たさなくてはならない。
後ろにいるアルにちらりと視線を送ると、鎧の頭が頷いた。
エドは先ほど見たことを話し始めた。
「襲われたのは若い女性。って、別室で話聞いてるんだっけ?」
「ああ。今、中尉が彼女のところへ行っている。被害者のことを考えれば、女性同士のほうが安心できるだろうからね」
「まあね……外傷はなかったけど、ショックはひどいだろうし」
肩を抱いて震えていた女性。突然の、理不尽な暴力。
「しかし、女性の髪を切るとは許せんな」
「そうですね。あの人、綺麗な金髪だったのに。兄さんみたいな」
「な、いきなり何言ってんだよアル!」
「え? 何って、事実だけど?」
「じ、事実って」
「そこ。兄弟でいちゃつかない」
脱線しそうになったエルリック兄弟の会話に、ハボックが軌道修正を加える。
エドはこほん、と咳払いをした。
「ええと、話を元に戻して。目撃者は結構いたはずなのに、誰も犯人の顔を見てない。犯人は被害者の髪を切ってそのまま逃走。その際、現場には切られた髪は残ってなかった」
「つまり、犯人が持ち去ったということか? いったい何の目的で……」
ロイが考え込んだそのとき、ノックの音とともにホークアイが戻ってきた。
そのの表情は冴えない。
「失礼します、大佐」
「中尉、ご苦労だったな」
で、どうだったと尋ねるロイにホークアイは答えた。
「彼女は護衛をつけて家に帰しました。報告書を読み上げましょうか?」
「頼む」
「被害者はメグ・ペコー19歳女性。本日午後1時ごろ、友人と食事を終えて店を出、しばらく歩いていたところ後ろから突然頭をつかまれたそうです。直後髪を切られたことに気がつき、悲鳴を上げた」
「そこにオレ達が居合わせたわけだ」
エドは腕を組んだ。
「彼女は犯人の姿は見ていないのか?」
「いきなりだったのでよくわからなかったそうです。加えて、パニックになってしまって周りを見る余裕もなかったとのことですから」
「そうか……犯人の顔も目的もわからない以上、こちらから積極的に出来ることは限られるな。とりあえず現場周辺の聞き込みをして、他に目撃者がいないか探そう。ハボック」
「イエス、サー」
心得たようにハボックが答えた。
話がまとまったようだ。これ以上自分たち二人がここにとどまる必要もないだろう。
エルリック兄弟は頷きあい、エドがロイに声をかけた。
「なぁ、オレたちもう帰っていい?」
「……そうだな、では――」
ロイが許可の言葉を発そうとした。
そこへ、せっぱつまったような激しいノックの音が割り入った。
なにごとだ、と部屋の中にいる5人の視線がいっせいにドアへと集中する。
続いて入ってきたのはリフだった。
意外な人物だったこと、それに先ほどの告白事件のこともあり、少々驚いてハボックが声をかけた。
「お。どうかしたか、准尉」
「あの、マスタング大佐にご報告を――あ、おれが来たのは、皆にお前が行けって言われて、それで」
鋼の錬金術師に会わせてやろう、とリフをからかいながら仕事をいいつける同僚達の姿をハボックは思い浮かべた。
あーあ、おもちゃにされてやんの。
まあ、エドを見て真っ赤になっているリフをからかうのが楽しいという、その気持ちはわからないでもない。
実際、リフは部屋に入ってきたとたん(ひょっとしたら入ってくる前からかもしれない)エドを気にしているのが丸わかりだ。
「報告?」
ロイが訊きかえす。リフは姿勢をただし、
「は、はい! また出たんです、髪切り魔が」
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