_______+ちしゃの葉ひめ+___




「軍では例の髪切魔のことを、シザーマンと呼んでいる」
「はさみおとこ――ねえ。安直なネーミング」
「君には髪を下ろしたうえで女装してもらうことになるが」
「わかってるって。ちゃんとやります」
「……ずいぶん物分りがいいねぇ。少し拍子抜けするよ」
そう言ってロイは嘆息した。本音だろう。
もっと嫌がると思っていた、と呟くロイをエドは軽くにらむ。
「別にいまさら女装の一つや二つ、これまであんたにされてきたことを思えばたいしたことでもねぇし?」
エドの言葉に、ホークアイはすばやくロイに向けて銃を構えた。
「……大佐。いったい何をなさったんですか」
ロイは冷や汗をかきつつ両手を挙げた。誰だって命は惜しい。
「中尉、じゅ、銃を下ろしてくれないか。鋼のも、人聞きの悪い言い方をしないでくれたまえ!」
「へーへー」
「エドワード君、今度からは何かされたらすぐに私に言うのよ?」
「ははっ、ありがと中尉」
ホークアイに感謝をし、してやったり、とエドはロイに向かって舌を出す。
おとなしく使われてやるんだから、このくらいの意趣返しは許されるだろう。
それにさっき言ったことは、あながち嘘でもないし。
「兄さん、でもやっぱり危ないよ。怪我でもしたら」
「アル、オレを誰だと思ってんだよ。泣く子も黙る鋼の錬金術師が、こんなことで怖気づくかっての」
アルは食い下がる。
「髪、切られちゃうかもしれないんだよ?」
「すでにオレは右腕も左足もないんだぜ、髪が短くなるくらいなんでもねぇよ。それに、髪なら切られてもすぐ伸びて元に戻るじゃねぇか」
「でも」
「あー、もうこの話は終わり! 大佐、てきとーな布くれ、服錬成するから」





部屋の中にエド。誰かが来ないか見張るため、廊下にアル。ここには二人だけしかいない。
「でも本当にいいの? 兄さん」
「怪我でもハサミでも持ってこいっていってんだろ」
「そうじゃなくて」
「……何?」
「女の子の格好するなんて、もしばれちゃったらどうするのさ」
「ああ」
さっきしつこく止めようとしたのは、実はそれを心配していたのか。エドは納得した。
あきれたように息をついてみせる。
「おっまえなぁ、オレを舐めんなよ。こちとら年季の入った男装ぶりなんだぞ。生まれた時から今までずっと巧くやってきたことを、少し女物着たからってばれるようなもんだと思ってんのか」
「それは……そうかもしれないけど」
でもアルとしては、姉のほうこそ軍部の人間を舐めていると思うのだ。
観察眼・洞察力に優れた人間の多い中で、本来の格好をするなど正体を見破ってくださいと言わんばかりではないか。
特にホークアイ、彼女は敏い女性だし、それにあのローズマリーはどうやらエドに妙な感情を抱いているようだし。
そんなアルの心配も知らず、ドアの向こうからは能天気な声が返ってくる。
「うっしできた。―――入ってきていいぞー」
先ほどエドが自分で服を錬成すると言ったとき、ロイは残念そうな顔をした。
おそらく自身が見繕った服を着せるつもりだったのだろうが、おあいにくさまだ。
あんな男の手にかかれば、どんなコーディネイトをされるかわかったものではない。
散々好き勝手、いいようにおもちゃにされるに決まっているのだ。
なんでもかんでもロイの思い通りに動いてやれるほど、エドはできた人間ではない。
「うわあ姉さん、可愛い!」
ドアを開けたアルの目に飛び込んできたのは、いかにも女の子らしい服を着たエドの姿だった。
「姉さん言うなっつってんだろ!」
思わず本来の性別の呼称が口をついて出、間髪いれずアルは叱られた。
そして、はっと我に返る。
確かに可愛いのだが、よく考えればこれはますますまずいのでは?
「ていうか、やりすぎだよ!」
似合うけど、とは心の声。
アルは部屋に入り込むと、慌てて後ろ手にドアを閉めた。
エドはきょとんと、狼狽するアルを見た。
「やりすぎ? 何が、どのへんが」
「何がって、服! どのへんって、全部!」
エドが着ているのは、ふりふりのひらひらだ。
前々からエドの錬成は、ディティールに難ありだと思っていたが、ここでもそれはいかんなく発揮されてしまっている。
おまけに色が白だとかピンクだとか、妙に乙女チックだ。
似合わないわけではない、むしろものすごく似合う。
そして、これで路上を歩いたらさぞかし目立つに違いない。格好の囮になるだろう。
それはいいかもしれないが、問題は、この姿を東方司令部の軍人どもに見せなければならないということだ。
そんなこと、性別を疑ってくださいと頼むようなものだろう。
「別にいいじゃんこれで。とっとと行ってとっとと終わらしてとっとと旅に戻ろうぜ」
まるきり理解していないエドの声とともに、運命の扉は開けられた。
この後、東方司令部を、嵐が駆け巡ることになる。




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