_______+ちしゃの葉ひめ+___




娘たちが出歩かない理由は、もはや街では周知の事実となっていて、それなのにまったく恐れる様子もない少女はのんきにショーウィンドウを覗き込んだりしている。
人々の視線は、自然、この少女に集まる。
少し離れたところから不自然ではない程度に見守るアルは、姉の心境の変化を悟った。
姉さん、今すっごくこの状況を楽しみだしてる。
危険なんだってことが、ちっともわかってないみたい。
今の姿の姉を兄と呼ぶのはなんだか抵抗があって、アルはついつい「姉さん」と心の中で言っている自分に気づいた。
がしゃん、と鎧の頭をめぐらすと、青い軍服の端がちらりと見えた。
これは、まずいんじゃなかろうか。
アルは軍属ではないし、おまけに弱冠
14歳の少年だが、そんなアルにまで『軍の人間がいる』ということがバレバレでは、犯人に悟られる可能性は非常に高いのでは?
本人は隠れているつもりなのかもしれないが、軍服は目立つ。
他のロイの部下たちはうまくあたりに隠れているようだったのに
(なんせアルだって彼らがどこにいるのかいまいちよくわからない)、その青年は、エドにしか目が行っていないようだった。
だから隠れ方もおざなりになる。
だからアルにも見つけられる。
況や犯人をや。
ど、どうしよう。
しかしこのままでは。
アルは後ろからそおっと、細い路地の間から、角にかじりついてエドを凝視しているリフに声をかけた。
「あのー……」
「!」
肩をびくり! とさせ、大声を上げそうになったリフの口を慌ててふさぎ、アルは路地の奥へ引っ込んだ。
リフが落ち着いたのを見計らって手を放すと、彼は少し咳き込んだ。
「けほっ、ふ」
「あ、ごめんなさい。でも、何してるんですか? 准尉」
「え!? あの、その」
「しー……、静かに。あんまり騒ぐと気づかれて犯人に逃げられちゃいます」
「そ、そうだね」
「で、准尉はなんでここにいるんですか? 僕の記憶違いじゃなきゃ、たしか大佐の言ってた囮作戦メンバーに准尉は入っていなかったと思うんですけど」
「……え、ええと」
「どうしてここにいるんですか?」
「――――は、鋼の錬金術師殿、が、心配で」
アルは脱力しそうになった。
恋とは、人をここまでさせるものなのか。
抜け出してきたのなら、勤務はいいのだろうか。いいはずがない。
そう言うと、リフは照れたように笑った。
「あ、なんか皆が行って来いって協力してくれて。おれのぶんの仕事もやっとくからって」
……遊ばれている。
東方司令部の人間たちは、そろいもそろってエドとリフの関係を楽しむつもりらしい。
さしずめていのいいおもちゃ、といったところか。
前言撤回、『東方司令部』は、それでいいのだろうか。いいはずがない。
まあ、ここでリフにそれを言っても無駄だろうが。
東方司令部の雰囲気がそうなった諸悪の根源は、おそらくあの焔の大佐であろうから。
「大佐にばれたらどうするんですか?」
そんなことを言いながら、ロイにばれたらどういうことになるか計算し、アルはいっそのことチクってやろうかと思った。
これ以上ややこしくなるのは正直、ごめんだし、今のうちにできるだけこの男を姉から遠ざけておきたい。
アルの心中を知らず、リフは胸を張った。
「そのときはそのときです。潔く処分を受けます。減給でもなんでもこい、です」
それっていいのかなあ。激しく方向性を間違っている気がするんだけど。
呆れたが、アルの顔は表情のわからない鉄の仮面だから、そう思ったことはリフにも伝わらなかっただろう。
「それに、おれ、実を言うと今回のマスタング大佐の発案はどうかと思って」
「え?」
「あんな年端も行かない少女を」
「少年です」
「少年を、囮にするだなんて。危険な目にあわせて平気でいられるなんて、信じられません。そりゃあ大佐の実力は確かでいらっしゃるし、一部下としては、尊敬すべき素晴らしい方ですけど」
「はあ……」
アルの相槌には力がない。
『尊敬すべき素晴らしい方』……、ねえ。
「一人の男としては、今回のことは賛同できません」
だから来たんです、と言ったリフを、アルは今回は見逃してあげることにした。
「でも、隠れるならもう少しうまく隠れてください。あなたたち軍部が失敗して、その危険な目に合うのはうちの兄さんなんですから」
うちの、というのをさりげなく強調する。
それが通じたのか通じなかったのか、危ういところで減給を免れたリフは頭をかいた。
「あ、はい。そうですよね、すいませんでした! つい、見とれてしまって……」
こういうことをするりと言えるあたり。
アルは聞こえなかったふりをする。
「わかったならもういいです。じゃあ、ボクは戻ります」
「はい! エドワードさんを絶対、守りましょうね!」
――――言われなくても。
アルは細い路を出ようと身体を反転させた。
後ろでリフが何かをまだ二言三言言っていたが、たいしたことではないだろう。
先ほどの場所に戻ると、少し目を放していた隙にエドは違う店のガラスを覘いていた。
なるたけ無邪気を装っているつもりなのだろう、エド自身は。
ほっと安堵したのもつかの間。
エドの後ろを通り過ぎようとした男の手に、きらりと太陽の光を反射させるものが見えた。
「兄さん、危ないっ!」
瞬間、辺りに潜んだ軍の存在も何もかも忘れて、思わずアルは叫んでいた。
准尉っ、やっぱり減給を覚悟しといてよ!




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