＿＿＿＿＿＿＿＋ちしゃの葉ひめ＋＿＿＿

ナイフを振りかざした男がエドの背に襲い掛かる。
そして、エドの髪が――――ばさりと、宙を舞った。
エドの耳に、アルの悲鳴が届いたような気がした。
切られた金色の毛が、辺り一面に散らばる。
振り返ったその目は鋭く男を捕らえ、瞬時に手を取って捻じり上げた。
「ぅ！」
男は苦悶の声をあげ、地面に押さえつけられてもがいている。
エドはしっかりと男の身体の自由を奪って、アルのほうを向いた。
「捕獲完了――、っと！　アル、縄！」
呼ばれたアルは、しかし呆然とエドの行動を見ていた。
路地から数人の軍人が現れて、動かないアルの代わりに、エドの捕まえている男に手枷をかけた。
エドはアルの様子に首をかしげながらも、軍人に男を委ねる。
細身の男だった。まだ歳はそんなにいっていないだろう。
口からは涎をたらし、ぶつぶつつぶやきだす。目には力が無かった。
エドはぱんぱん、と両手をはたくと、連れられていく男を見送りながら、得意げに胸を反り返らせた。
「楽勝だったな。たいしたこと無かったぜ」
そして我に返ったアルは。
「なっ――――、なにやってんのさ兄さんっっっ！！」
思い切り怒鳴りつけた。エドはぎょっとアルを見上げてくる。それすらアルを苛立たせた。
だって、だって。こっちを向いたエドの髪の毛は、短くなっていた。
「な、なんだよいきなり、そんなでかい声出して」
「なんだよってなんだよ！」
アルは天を仰ぎたくなった。
この様子じゃ、ぜったい兄さん、何が悪いかわかってないよ！
そう確信したアルが、もう一度怒鳴ろうとしたところへ、こつこつと靴音が響いた。
そちらを振り返ったふたりの目に飛び込んできたのは、東方司令部の執務室にいるはずの――――ロイ・マスタング大佐だった。
「え？」
「あれ？」
なんで彼がここに、とエドの目も、気勢を削がれたアルの目も丸くなっている。
ロイは今回の作戦についてくるとは言っていなかったはずだ。
仕事が溜まっているとかで、ホークアイに缶詰を言い渡されていたような気がするのだが。
それなのに彼は唐突にここに現れ、そしてこの様子は……。
怒っている。かなり怒っている。めちゃくちゃ、怒っている。
近づいてきた彼は、事態が理解できないエドの目の前でぴたりと止まった。
なんだか目に見えない圧力を感じて、エドはじり、と一歩後ろに下がった。
「な、なんだよ」
「……」
ロイは答えない。しかし、彼の顔は明らかにエドに対して怒りをあらわにしていた。
手が、翻った。
ぱぁん、と大きな音がして、エドは頬を張られたと気づいた。その後に熱い痛み。
口の中は切らなかったが、頬は赤くなっているだろう。じんじんした。
叩かれた箇所を押さえもせず、呆然とエドはロイを見た。
「な、なに」
「理由がわからないか」
「わかんねぇよ」
「そうか、ならばもう片方も殴るか？」
エドは我に返って、腕を身体の前でかまえた。
「なんなんだよっ！　だいたいあんた仕事は？　さぼってると中尉に怒られるぞ！」
「その心配は要らない。すでに終わらせている」
そう言うと、ロイはエドの手をつかもうとした。そうさせまいと、エドは振り払う。
「……なぜ、すぐに捕まえなかった」
ロイの声は低く、暴発しそうになる銃のような感情を押し殺しているのだろう。
エドはようやく自分を取り戻し始める。
「はぁ？　捕まえただろ。見てなかったのか？　あんた、いつからいたんだよ」
「最初から見ていた」
「なら、オレがちゃんと役目を果たしたとこも見たんだろ！　なにが不満だって言うんだ！！」
「君は犯人が自分の後ろにいるのに気づいていた。避けようと思えばできたにもかかわらず、避けなかった。わざわざ髪を切るまで待ってから捕まえた。――――何故だ？」
横でアルが驚いているのをちらりと見ながら、エドは小さく呟いた。
「ああ、そういうこと」
「なぜ、すぐに捕まえなかった！」
ロイは語気を強めて重ねた。
「別に、オレが髪切られたからって、なんであんたが怒るんだよ？　だいたい、あんたが言い出したんだろ、オレを囮に、って。こうなることは予想の範囲だったんじゃないのか」
「私は君の格闘センスと勘の良さ、気配に敏いところを買っている」
「そりゃどーも」
「それなのに、君はわざと自分の髪を切らせただろう。なぜだ、と訊いているのだ。答えたまえ」
ぷい、と怒ったようにエドは顔を背けた。
「……どうせなら、現行犯のほうがいいかと思ったんだよ」
「だからといってだね！」
「それにこれ、オレの毛じゃないし」
「……なんだって？」
今度はロイがあっけにとられる番だった。アルに至っては先ほどからずっと驚きっぱなしだ。
「だーかーら！　これ、オレの髪じゃないの！　中尉が用意してくれたウィッグ！　切られても平気なんだよ！」
「……」
「……」
ロイもアルも、言葉を失った。
ほら、とエドはウィッグをはずしてみせる。その下には、エドの本物の髪が、無事な姿で収まっていた。
「あーもー、誰かさんのために身体張ってやったっていうのに、なんで殴られなきゃならねぇんだ。理不尽にもほどがあるって」
「……すまなかった」
「ほんとだよ。あー気分悪い」
「だから謝っているだろう」
「言葉じゃなくて態度で示してもらいたいね」
「……わかった。なにかお詫びをしよう」
「忘れんなよ」
にぃ、と満足そうに笑うエドの横に、複雑な気持ちのままのアルが佇んでいた。
ロイが怒った理由は、ひょっとして。
やっぱり。




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