_______+ちしゃの葉ひめ+___
アルが『それ』のことを思い出したのは、さっきまで彼が隠れていた細い裏道の前に差し掛かったときだった。
結局役に立たなかった『それ』――リフ――は、未だ路地に残っていて、そして落ち込んでいた。
「准尉、終わりましたよ。戻らなくていいんですか?」
アルは律儀にも、そう声をかけた。
リフがなんでここにいるのか理由を知らないエドが、ひょっこりとその後ろから路地を覗き込む。
「准尉? 何してんの?」
エドと目が合ったとたん。リフの顔はこれ以上ないくらい情けなく歪んだ。
「うっ……すいません……! 守ると言っておいて、この体たらく……!」
「いえ別に……そんな気にせんでも」
エドの言葉に、アルは心の中で「別に最初から期待してなかったし」と付け加えた。
「おれなんて……おれなんて……やっぱり大佐の足元にも及ばないんだ……っ」
「准尉? もしもーし」
「ほら、もう帰ったほうがいいですよ。お仕事しに。ね、准尉」
「そうそう、それに犯人は捕まったし、それでいいじゃないですか」
二人がかりで慰めるも、なんでオレらがこんなことをしなきゃならんのだ、とエルリック兄弟の胸中は複雑だった。
そこへ、もうひとつ声がかぶさった。
「犯人は捕まっていないよ」
え、と路地の奥を見ると、黒いローブ姿の男が影のようにひっそりと佇んでいた。
「何故なら――」
「犯人は、あんただから?」
エドがそう言うと、ローブに隠れていない顔の下半分で、男が笑ったのが見えた。
「僕に気づいていたのか?」
「妙に絡みつくような視線があるな、とは。このタイミングで真打登場とは思わなかったけど」
「わかっているなら話が早い」
なんでもないように自然に近づいてくる男に、リフは息を呑んだ。
エドとアルは構えを取り、男を警戒する。
「あんた――何が目的だ」
くすり、と男が笑う。
「金髪が欲しいなら――さっきのあいつみたいに、髪だけ切って逃げればいい。なぜ、わざわざオレたちの前に姿を現した?」
「知りたいかい?」
「ああ、知りたいね」
「もう、髪は必要ないからだよ。あと欲しいのは――」
迫る男には狂気が感じられて、エドたちは気圧された。
とん、と背に何かがぶつかる。
後ろには壁。
「身体」
男の声と同時に、両腕が前に突き出される。
攻撃に転じようとしたそのとき、背中に感じていた硬いものが消えた。
一瞬前まで横にあった壁が無くなったのだ、と気づいたときには、その壁に寄りかかっていたエドとリフの身体は、建物の中へと倒れこんでいた。
これは――――錬成反応の光!?
咄嗟にエドは手近にあったアルの手をつかんでしまい、引っ張られたアルも巻き添えにして雪崩れ込む。
「うわぁっ!?」
突然のことに体勢を整える暇もない。
床に叩きつけられて、骨が悲鳴を上げる。胸が圧迫されて息が詰まる。
「うっ……てて……」
痛む身体を押さえながら起こすと、すでに壁は元通りになっており、エドとアルは建物の中に閉じ込められた形になっていた。
傍のリフは昏倒している。頭から血が流れているのが見えた。
「准尉、大丈夫か!?」
呼びかけると、ぴくりと指が動いた。
なおも准尉、と繰り返すと、やがてリフはのろのろと顔を上げた。
「つ……。あ、あれ?」
何が起こったのか把握できていないのだろう、切れた額をぬぐいながら、きょろきょろ周りを見回す。
「大丈夫そうだな」
「さぁ、それはどうかな」
安堵したのもつかの間、男の声はリフの身体の上から聞こえて。
リフの首筋には、鋭利な刃物がつきつけられていた。
おそらくそれは、今まで数多の髪の毛を切ってきたのと同じもの。
「!!」
「おとなしくしてもらおう……彼の首から血が噴出すのを見たくなければ」
一方、ロイは兄弟を探して現場に戻っていた。
薄闇が支配する街は、すでに人通りもほとんどなく、辺りに響くのは軍人の靴音のほか、せいぜい猫の鳴き声ぐらいのものだ。
「大佐、エルリック兄弟が路地裏に入っていくのを見たとの情報が」
「どこだ?」
「こちらです」
案内された先は、なぜ彼らがこんな道を通る必要があるのかわからないほど、一見なんの変哲もないただの裏道だ。
だが彼らの消息はここで途切れている。
ロイは丹念に壁を照らしていく。もし、自分の予想が正しかったら、あるはずだ。
犯人が逃走に使った錬成陣が。
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