＿＿＿＿＿＿＿＋ちしゃの葉ひめ＋＿＿＿

エドが餌を見せびらかしていたころからずっと、獲物を品定めするような舐る視線を感じていたのは事実だった。
全身の毛が逆立つような気色の悪い感覚に、ひょっとしてその辺にロリコン変態親父でもいるのか、という可能性も考えたが、それよりはこっちの方がよっぽどしっくりくる。

――こいつが犯人だ。どこかでオレを見ている。




「いやあ、今更ながら自分の勘が怖いね」
エドはしみじみと呟いた。
「なに呑気なこと言ってんのさ兄さん！　ボクら一応ピンチなんだよ」
「しょうがないだろ、准尉が人質に取られちまったんだから」
エルリック兄弟は、埃臭い一室に仲良く閉じ込められていた。
その腕に壁からつながる鎖をつけたまま二人は隣り合って座っている。
リフだけはどこか別室に連れて行かれたらしい。
本来ならこの程度の拘束具、あっという間にはずせるのだが、リフの居場所がわからない以上うかつには動けなかった。
「とにかく准尉を助けないと……」
「うん。……どうする？」
「オレの見たところ、この家にはあいつ一人だ。それに人の住んでる気配がほとんど無いしな」
エドは部屋の隅に張った蜘蛛の巣を見る。
「准尉がもしあいつの側じゃなくて、オレらみたいにどっか部屋に閉じ込められてるだけだとしたら、助け出すのはそんなに難しいことじゃないと思うぜ」
「そうだね……なんとかあいつと准尉を引きはなせればあとは早いよね」
「――――しっ」
相槌を打ったアルに、エドは制止の声をかけた。アルもはっとして口をつぐむ。
扉の向こうからは、こつこつと足音が近づいてきていた。
……どうやら、運はオレらに味方したらしい。
向こうからやってきた相手にともすれば弛みそうになる頬を引き締めながら、エドは扉をきっとにらみつけた。
「ご気分はいかがかな」
男はローブを脱いでおり、至って普通の格好でにっこりと笑う姿は、とても優しげな印象すら与える。
「最悪で死にそー」
エドはことさら嫌そうな顔を造ってみせた。
「それは困る。今君に死なれるわけにはいかないんでね」
「……どういう意味？」
「それを教えてあげようと思って、君を呼びにきたんだよ」
エドは男をまじまじと見た。
年のころは30半ばだろうか。濃いこげ茶色の髪に眼鏡をかけている。
やや痩せ型で、どちらかと言えば研究者タイプ、あまり戦闘が得意そうには見えなかったが、油断は出来ない。
「さて。君だけついてきてもらえるかな」
「……アルは？」
「必要なのは君だけだよ」
「――そう」
エドはちらりとアルに視線を走らせた。
男はエドの手枷はそのままに、壁からつながっている鎖だけをはずす。
「大人しくしてくれ。さっきも言ったが、まだ君を死なせたくない」
「了ー解」
囚われの身にしてはいささか不遜な態度で応じ、エドは男の後について部屋を出た。
残されたアルは、足音が遠ざかったのを確認すると、隠し持っていたチョークで床に錬成陣を描く。

――――まかせといて、兄さん。




薄暗い廊下を歩くと、板がぎしりときしんだ。
やっぱり准尉はどこかに閉じ込められているんだろう。気絶したままうっちゃって置かれてたりして……。
まあそっちはアルがなんとかしてくれるだろうから、大丈夫だとは思うけれども。
「ここだよ」
呼びかけられ、エドの思考は中断した。
男が示したのはなぜだか禍々しいような気がする、汚れた扉。
まだ新しい鍵が外側に取り付けられている。
それを開けると、中には闇が充満していた。
同時に、鼻をつく妙な臭いにエドは思わず顔をしかめる。
何も見えない部屋に足を踏み入れると、男はドアを後ろ手にがちゃりと閉めた。
いったいこの部屋に何があるというのだろう――――
灯りがともされた瞬間、エドは信じられない光景に、目を見開いていた。
驚愕の声が、その喉からこぼれる。
「……な……っ」
この、見覚えのある錬成陣。忘れるはずも無い。




ＮＥＸＴ


ＢＡＣＫ