_______+ちしゃの葉ひめ+___




床に描かれた赤い円、細部は若干違うものの、これが何のために描かれたものなのかエドにはわかる。
何故ならこれは、エドの罪の記憶の中にしっかりと刻み込まれた因縁の錬成陣――――人体錬成の錬成陣によく似ていたからだ。
もうひとつ、向こうには別の錬成陣、そしてその中央には、腐食の進んだ小さな肉塊が赤黒くわだかまっている。
その正体が、幼い少女の変わり果てた姿だと気づいたとき、エドは手袋をはめたままの両手で口を押さえていた。
「あんたっ……!?」
振り向くと、男はエドとは逆の恍惚とした表情を浮かべていた。
「大丈夫、今度は成功するよ――君の身体を使って、今度こそ!」
狂っている。
エドはぞっとして後じさった。
もしこの男が、一度人体錬成を試みているなら、ここに生きている以上、『あれ』を見て帰ってきたのだろうか。
しかし見る限り彼は、どうやら両手を合わせるだけでは錬成は出来ないようだった。これはどういうことだ?
考えられるのは。
「……魂の錬成」
そう小さく呟くと、男はほう、という顔を見せた。
「よくわかったね。そう、君の肉体を別の肉体に変換し、さらにそこに別の魂を定着させる。人体を構成成分から錬成するのが困難なら、最初からある肉体を使えばいい。わざわざ危険を冒して人体錬成を行う必要は無い」
「そんなことが、許されてたまるか!」
「でも無能な軍は僕を捕まえられない。僕を罰するものは誰もいない。罰せられない以上、許されているのと同じだろう?」
「一度失敗したんだろ! 錬金術の基本は等価交換、代償を持っていかれたはずだ、それでもなぜ諦めない!」
「アリスに会えるなら、僕のこの腕なんて無くなっても構わない」
男はそう言って長い右袖をまくった。
あらわれたのはエドと同じ、鈍く光る機械の義手。
さっきリフに突きつけられたばかりのナイフは、この機械鎧の……そして、そこに内蔵されたナイフで、娘たちの髪を切っていたというわけか。
「女の子を一人殺して、自分の腕も失って! なんでっ……!」
エドは湧き上がってくる抑えられない怒りに、ぎり、と唇をかみ締めた。
そのとき、どんどんと、どこかの扉を叩く音が届いた。
「どうやらお客さんのようだ。しばらくこの部屋で待っていてくれ」
男は、エドに手枷を嵌めていることでろくな抵抗ができないと思っているのだろう。
エドもここは大人しく男に従うそぶりを見せておく。
今下手に暴れるよりも、油断しているならそこにつけこんだほうがかしこいやり方だ、と考えたからだ。
それに、もう少し確かめたいこともあった。
外側から鍵ががちゃりとかけられる音とともに、エドは手枷を壊し、自由になった両腕を組むと部屋を見回した。




扉を乱暴に叩き、しばらくして中から現れた男は、ロイが軍服であるのを認めると不審な顔をした。
「軍人さん?」
「こんな時間に失礼」
「……なにか御用ですか」
「いや、大至急必要な本があってね。こちらにあると聞いたものだから」
「そうですか。どこで聞いたか知りませんが、うちは少し前から店の方は開けてないんです」
扉の上に掲げた看板には、「ジャスパー書店」と書かれている。
ロイは人好きのする笑顔で言った。
「すまないが、中に入れてもらえまいか。在庫を探させて欲しいのだが」
「軍人さんが欲しがるようなものが、うちにあるとは思えません」
「普通の軍人ならそうかもしれないね。――――だが私が欲しいのは、錬金術師として必要な資料なんだよ」
ロイと相対している男の目が、変わった。やはり、とロイは声を低く落とす。
「……私の部下はどこにいる」
「仕方ありませんね、どうぞ中にお入りください」
男――――ジャスパーは、すっと身を引く。ロイが建物に足を踏み入れ、ドアを閉めるとジャスパーは言った。
「大切な部下の命を失うことの無いように、ふるまいには十分ご注意を」
無論だ。
ロイはすばやくあたりに視線を走らせ、部屋と男の様子を把握すると、笑みを深くした。
ロイには、確信がある。




ほのかな明かりに照らされる部屋の床には二つの錬成陣、隅に置かれた椅子、壁に取り付けられた本棚には分厚い本が並んでいる。錬金術に関するものだろうか。
壁の正面には絵がかけられており、エドと同じ歳ぐらいの少女がこちらを向いて笑っていた。
薄暗いために色はいまいちはっきりしないが、多分金色、それもかなりの長さの髪を持つ少女だった。
エドは床に目を落とす。
錬成陣の上に置かれているのは、大量の髪だ。どれもほとんど同じ金色をしている。
――――アリス。
男の声が脳裏に蘇って、エドは手をあごの下にやった。
それはおそらく、正面に飾られている大きな肖像画の、あの少女だろう。
顔を上げると、絵の中の少女に笑いかけられたような気がした。




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