_______+ちしゃの葉ひめ+___




やはり埃とかびくさい一室。
アルがリフを見つけたとき、変わらず彼は気を失っていた。不甲斐ないにも程がある。
「准尉、しっかりしてください。准尉?」
「う……」
鎖をはずしながらアルは呼びかけた。
額に血がこびりついてはいたが、出血のわりに深い傷ではなさそうだった。
「あ、え、エドワードさん! エドワードさんは!?」
目を開けたリフの第一声はそれで、
「兄さんはあいつに連れてかれました」
「そ、そんな! 助けに行かないと」
アルは頷いた。
「もちろんそのつもりです」




アルなら大丈夫だ、と思う。エドはアルをこれ以上ないほど信頼している。
彼なら、准尉を助け出す程度のことでへまはすまい。
エドは額にかかる前髪を指で軽く払って、慎重に廊下を進んでいった。
アルに任せたから、准尉も心配要らないだろう。後は、自分がどうするかだ。
もちろんそんなの決まっている。
(あいつを――とっつかまえて、軍に突き出す)
なにより錬金術師として、彼の行いは許せなかった。
人体錬成の愚を犯した自分と彼は同じ穴の狢と言うならそうだろう。
いや、人体錬成についてなら、実際に人ならざるものを造ってしまったエドのほうが罪は重いのかもしれない。
しかし、同種であるからこそ、なおさら自分は彼を止めなければならないのだ。
人体錬成、錬金術における最大の禁忌。
それは魂に刻まれた傷のようなもので、ずっとその痛みを忘れることはない。

ぼそぼそとした話し声が聞こえてきた。
おそらくこの扉の向こうが、表通りに面した玄関に通じる部屋になっているのだろう。
聞き覚えのある声、犯人と――――もう一人は。
(……なんでここに)
驚きとともに、扉に耳を当て、集中して耳を澄ませば会話の内容が聞き取れた。
「――見逃してはいただけませんか」
「そうしなければ、彼らを殺すと?」
「僕はこれ以上何も致しません。欲しかったものは手に入りましたから。髪切り魔はすでにひとりつかまっているでしょう? 彼を犯人とすることに、何の問題もない。軍部の公式発表なら、誰も何も疑わない。事実、これからは犯行は止むんですから。世間に対する軍部の面目はつぶれずに済む、あなたは手柄を立て、部下の命を救うことが出来る。悪い取引ではないと思いますが」
「さて。真の悪を見逃すのが良いことかな?」
「同意してはいただけませんか」
「部下の無事が保証されるのなら、前向きに検討しよう」
「歯切れの悪いお返事ですね」
「私には、君が何の目的もなしに彼らをさらうとは思えないし、素直に返してくれるとも思えないのだよ」
ロイは気づいているのだ、とエドは直感した。
「私も国家錬金術師のはしくれだからね。錬金術に対してはそれなりに造詣が深いつもりだ」
ロイに対して、男の声が楽しげなものになる。
「……そうですね、焔の大佐。けれど切り札はやはりこちらにあるのです。僕としては、あの少女さえいればそれで足りる。残りの二人の命は知ったことではない。あなたが妙な真似をすれば……もっとも、この状況でできるとも思えませんけどね……、僕の仲間が彼らを殺しますよ? 全員を失うか、二人を助けるか、どうぞお選びください」
ロイは、笑った。
「少女――ねぇ。残念だが、彼は男だよ」
虚をつかれたのか、男は聞きかえした。
「……なんですって?」
「ああ見えても彼は最年少国家錬金術師のエドワード・エルリックだ。名前くらいは聞いたことがあるだろう? 女装がなかなか似合うもので、囮になってもらったんだ」
「……」
「それに、彼の右腕と左脚は生身ではなく機械鎧でできている。そこから人体を錬成するのは無理だろうね。さて、どうする?」
やはりこの上司はたちが悪い、とエドは半ば呆れた。
ここからは見えないが、その顔がどんな表情を作っているか容易に予想がつく。
ややあって、男が言った。
「今更僕が諦めるとでも?」
「おや、意外と往生際が悪いね」
「男の身体でも変換はできるかもしれない。足りないパーツは補えばいい。例えば、あなたの身体を使っても――試してみる価値はある」
「成功するとは思えないよ」
「可能性が無いわけではない。そう……そうだ。ばらばらにしても、また繋ぎ合わせれば」
――――やはり狂っている。正気の沙汰とは思えない。
エドは薄ら寒いものを感じて、無意識に肩を抱いた。
それにしても、ロイなら一瞬でこんな男を倒すことが出来るだろうに、何をいつまでも遊んでいるのだろう?
「私が大人しく実験材料に甘んじると思うのか」
「その身体でどんな抵抗ができると言うんですか? 動くのもつらいはずだ」
エドの身体に戦慄が走った。
扉の向こうで何が起きているのだ。
まさかロイは、怪我を?
「手始めに腕と脚を切り落としましょう」
男の声が止んだ瞬間、エドは我を忘れて部屋の中に飛び込んでいた。




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