_______+ちしゃの葉ひめ+___




エドはもうめちゃめちゃに怒っていた。
よくわからないが、とにかく腹が立って腹が立ってしょうがなかった。
「ふ……っ、ざ、けんなああ――――っ!!」
その勢いのままぶちのめした扉の破片が舞う中、エドは見事なとび蹴りを男にかましたのだった。
視界の端っこに、おお……と感嘆したような表情のロイが映ったのは気にしないで置く。
蹴りをくらったジャスパーはふっとび、そのまま本棚に叩きつけられた。
眼鏡が宙を飛び、床に落ちてかしゃーんと音を立てた。
棚に収められていた本がばらばらと落ちる。
完璧なまでに決まった技に、男は身体の上に本を乗せたまま気絶した。
ぐったりした男に憤怒の形相で近寄り、エドは無言でその腕に拘束具(先ほど自分につけられていたものだ)をはめると、ロイに向き直った。
ぎろり、とにらまれてロイの頬を汗が一筋流れていく。
エドの様子は、烈火のごとくという形容詞がぴったり合った。
「怪我はっ!?」
「たいしたことはないよ」
ロイは壁にもたれて座り込んでいた。
軽く手を上げてそう言ったものの、もう片方の手は腹部を抑えていた。
機械鎧で切られでもしたのだろうか。
「こ……んの、バカ!!」
怒鳴りつけられて、ロイはあっけにとられた。
怒っているのだろうが、なんだかエドは泣きそうな顔をしている。
「なんで、怪我なんかしてんだよ……っ」
「いや、少し油断してしまってね」
「嘘つけ、なにがあったかは知らねぇけど、あんたならこんなやつに出し抜かれるはずないだろうが!!」
なにがあったか……ねぇ。
ロイは苦笑した。まあ、油断したというのは嘘ではない。
彼の腕が機械鎧で、かつ切れ味鋭いナイフだったとまでは気づかなかった。そのせいで不覚を取ったのだ。
そしてジャスパーはロイを斬りつけておいて、エドの身柄さえ自分にくれ、自分を見逃せば他の二人とロイ自身はこのまま帰そうと言ったのだった。
「っとに、バカ……。オレがこなかったら、どうするつもりだったんだよ」
そういうエドに、ロイはどこか自信に満ちた表情で笑った。
「君なら来るとわかっていたからね」
「はぁ?」
「あの程度の小者に、おとなしくつかまっていられるような君ではないだろう? 必ずこんな風に――」
そこでロイは首を動かして、視線を気絶してぴくりとも動かないジャスパーにやった。
「すごいことをやらかしてくれると思っていたから。だから、不安はなかったよ」
にっこり、としか形容のしようのない笑顔で言われてしまい、エドは言葉に詰まった。
自分でも顔が赤くなっているのがわかる。気取られたくなくて目をそらした。
「や、やっぱりバカだ。あんた」
今なら少し、エドが髪を切られたあの時、ロイがあんなに怒ったのかわかるような気がする。
きっと、さっきのエドと似たような気持ちだったのだ。
「そうかな」
「そうだよ」
「君から見ればバカかもしれないが、これでも私は真剣なんだよ」
「……っ」
ロイの目は確かに痛いほど真剣だったから、エドの胸に何かがこみあげてきて、それをこらえるために思わずエドは目の前にあった男の身体にしがみついていた。
一瞬驚いたような息を呑む音が聴こえたものの、頭の後ろにロイの手が回り、優しく撫でられる。
「わかってもらえたなら、なによりだ」
「……バカだっつーのは撤回しないぞ」
悔しいので、そう憎まれ口を叩いておく。
ああもうくそ、こんなことで気づくなんて。オレって結局、大佐のこと嫌いじゃなかったんじゃないか。
それが恋か、と言われればまだわからないというのが正直なところだけれど(我ながら往生際が悪い)、
少なくとも、失うのは嫌だ。




「えーっと……」
頭上から聞こえた気まずげな弟の声に、エドは我に返り、瞬時にロイから離れた。
ロイが「ぐ」、とか呻いたが、エドはそれどころではない。
「あ、アル!? これは、その……」
振り返れば、アルの後ろにはリフもいた。
ものすごくショックを受けたような顔をしているが、もしかして。
その想像に、エドの顔から血の気がひいた。
ど、どこからどこまで聞かれて見られたのだろう。
「あ、大佐! 大丈夫ですか」
アルの言葉に再びエドが振り向けば、蒼白なロイが腹を押さえて肩を震わせていた。
「き、傷口が……」
どうやらエドが突き飛ばしたせいで、傷口にさらにダメージを与えたらしい。
さすがにエドは慌てた。
「うわ、ごめん!!」
「た、大佐、しっかりしてください!」
「大佐、大佐っ!!」
「大丈夫だ、傷は浅いぞ――!!」




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