_______+そして全てに幕は下りる+___




「今日の大佐、やけに仕事熱心じゃないですか?」
フュリーが隣のブレダにこっそりと囁いた。
彼らの話題となっているロイは、デスクに向かいてきぱきと書類を処理している。
「どうせまたデートかなんかだろ」
「ああ、なるほど」
「この間のナースとか?」
ハボックが横から会話に加わる。
とある事件で腹部を負傷したロイは入院していたのだが、つい先日、病院の看護婦のほとんどと数人の女医に熱い視線を注がれながら退院の日を迎えた。
大佐という責任ある地位についている彼の入院期間はごく短いものだったが、その間に女性ファンを着々と増やしていたらしい。
そのうちの一人に誘われてデートに行ったのも、つい先日の話。
今回もそうだろうと彼らは推理したのだ。
それ以外に上司が真面目に仕事をする理由などありえない、と3人ともロイに対してかなり失礼な評価を下していた。
ハボックはしみじみと呟いた。
「いいなあ、俺にもひとりくらいわけて欲しい。あの病院、超可愛い子がいたんだよなー」
「ああ、ハボック少尉、前もそんなこと言ってましたね」
「だって可愛いもんは可愛いんだよ。くっそー、なんで大佐ばっかもてるんだ!」
「何を話しこんでいるの?」
力説するハボックの後ろから涼やかな女性の声がした。
男3人はただちに無駄口を叩くのを止め姿勢を正す。
「珍しく大佐の仕事がはかどっているんだから、あなたたちも頑張りなさい」
「珍しく……」
綺麗な顔に似合わず、彼女も自分の上司に容赦がない。
ホークアイはそのまま踵を返すとすたすたとデスクに向かい、手に持っていた書類をロイに手渡す。
受け取ったロイは嫌そうな顔をしたが、思い出したように一瞬その頬が弛んだのを、ハボックは見逃さなかった。
やっぱりデートだ。
と思ったがしかし、たかがデートでここまで浮かれているロイも珍しかった。
悔しいことに、デートなどこの上司には日常茶飯事なようなので。
とするとよっぽどの美女が相手か。それとも別の理由があるのか。
どちらにしろハボックにはわからないことで、これ以上考えても仕方ないし、女上司の言うように真面目に仕事をこなすべきだろう。
ハボックはぺらりと書類を繰った。
……でもやっぱりなんだか気になる。
「あの、中尉、質問なんスけど」
「なに?」
振り向いた彼女に小声で耳打ちする。
「大佐、今日いったい何があるんですか? やけに上機嫌みたいで気持ち悪いですよ」
仮にも上官に向かって『気持ち悪い』とはたいそうな言い草だが、言った方も言われた方も全く気にしないのが凄いところだ。
ホークアイはああ、と目を瞬いた。
「エドワード君たちと念願のお茶なんですって」
「あれ、あいつらまだこっちにいるんですか?」
エルリック兄弟は一つ所に留まっていることがほとんどなく、いつも忙しく動き回っている。
それなのにまだイーストシティにいるとは、珍しいこともあるものだ。
「大佐が引きとめたのよ、自分が退院するまでは、って」
「へー……」
半ば呆れて――――いや、9割がた呆れてハボックはそう言った。あの病室での一件を思い出す。
どこまでも自己中心的、強引グマイウェイな上官だ。それは己も身に沁みてわかっているではないか。
「でも、よくあいつら大人しくいうことききましたね。普段だったらとっとと行っちまうでしょう」
「等価交換だそうよ。イーストシティで錬金術に役立ちそうな施設への紹介状を片っ端から書いてあげたみたい。自分から留まる理由を作ってあげたんだって大佐本人は言ってたけど」
病院のベッドでか。
その根性というか執念にはある意味頭が下がる。ハボックはいまや10割呆れていた。
「しっかし、そこまでして豆っ子大将と茶ーしたいもんですかねぇ」
「さあ……何を持って喜びとするかは、人によって異なるものだから」
「そういうもんっすか」
ホークアイは微笑んだ。


ドアがノックされ、そこでハボックとホークアイの会話は中断した。
ロイも怪訝な顔を向ける。ドアを開けた部下に対して。
敬礼していたのはファルマンだった。
気が急いているのだろう、走ってきたのか息が荒く、ただごとではないと感じさせた。
「……どうした?」
「爆破予告です」
「なんだと?」
ファルマンは荒い呼吸を何とか整えようとしながら、手元の紙を読み上げた。
「東都劇場を爆破する、との予告文が軍部に届けられました。予告日時は――――本日、午後八時」




部屋の中でエドワードは鉛筆をくわえていた。
「兄さん、炭素おいしい?」
「……回りくどいいやみか」
「ううん、純粋な疑問」
アルフォンスは姉を眺めて、鎧の首をひねった……つもりになった(実際は動かない首なので)。
エドは本と紙と鉛筆を前にしつつも、その手はすぐに止まってしまい、いつの間にか鉛筆を舐めている始末。
今日一日、どうも集中力が続かないらしい。理由は知っている。
彼ら兄弟の恩人(これを言うと姉はものすごく嫌そうな顔をするのだが)である男との食事の約束をしているのだ、今日は。
「あーもー、憂鬱だ、行きたくねぇ、つかなんでオレがいそいそと待ち合わせなんてしなきゃなんないんだよ、どうせなら迎えに来るくらいの誠意見せてみろってんだ、あーマジ行きたくねぇ……すっぽかそっかなー……」
とうとう鉛筆を放って頭を抱え、テーブルに突っ伏してしまった姉の頭をアルはよしよしと撫でて、言った。
ドアの外に人の気配がある。
「良かったね兄さん」
「は? 何がだよ!」
「大佐、迎えに来たみたいだよ」
驚いたエドが顔を上げると同時に、扉を開けて入ってきたのは弟の言ったとおりの人物で、
「え?」
待ち合わせは六時半のはずなのに。窓の外の陽射しの加減を見るに、まだ五時がいいところだ。
ロイは目をぱちぱちさせているエドの腕をひっつかんで迫った。
「鋼の! 予定が変わった!!」
「……え?」
「東都劇場に行くぞ!!」
「………………え?」




それは、新しい悲劇の幕開け。




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