_______+そして全てに幕は下りる+___




椅子の背にはロイのコートがかかっている。
一室に連れ込まれたエドが今一番必要としていたのは説明だった。
「……おい」
「やはり赤の方がいいな……これにショールを合わせて」
「おいって」
「アームロングの上からショールをはおれば、機械鎧は隠せるだろう」
「聞けよ人の話!」
「君の場合胸も腰も細いから、やはり露出の少ないデザインの方が立ち姿が美しいな」
「誰が寸胴でえぐれ胸の幼児体系だ――――!!」
どわー!と目の前の服の小山を全てひっくり返しかねない勢いでエドは両手を天に上げた。
赤いドレスをエドにあてがっていたロイは、エドなど置いてきぼりでどんどんと話を進めていこうとしていた。
どこから調達してきたのか、とっかえひっかえドレスを出してはエドの身体に合わせるのだ。
しかしどうして、ろくに説明もないまま、こんな風に着せ替え人形に甘んじていられようか。いやいられない(反語)
エドは持たされていたドレスをロイに押し付けて怒鳴った。
「なんなんだよいきなり! なんでオレがこんなフォーマルドレスなんか着なきゃなんないんだよ!」
そうなのだ、ロイが持ってきた服は上流階級がナイトパーティで着るような服なのだ。
エドのもっともな問いを、ロイは何を当然のことをといった顔で答えた。
「東都劇場に行くのだから、それなりの格好をしないとまずいだろう」
そう言うロイの、コートの下の服装は黒のタキシードだった。
「なんでオレが東都劇場に行くんだよ!」
「私が行くからだ」
「なんであんたが行くとオレも行くことになるんだよ!」
「デートの約束だからな」
「デッ……!? ――――違う違う違う断じて違うぞ! 決してデートなどでは!」
わたわたと茹でたロブスターのようになって否定する。
だいたい自分はお茶ならつきあうと言ったのだ。
それがどうしていつのまに、どんな化学変化を起こしてこんなことになっているのか。
「若い男女が夜に二人っきりで食事。デートでなくてなんだというんだね」
こいつときたら、顔色ひとつ変えずに言ってのける。むしろちょっと偉そうだ。
「あんた若くねぇし! ディナーじゃなくてオレ的にはちょっと遅めの午後ティーの予定だったし! 夜じゃなくて夕方だし! だからデートじゃねえっ!! あんたが何を言おうとデートじゃねぇっ!!」
「私はまだ精力旺盛な20代だし、キミにはあらかじめ、今日はきちんとした場所での食事だと言っておいたはずだが」
「ぐっ……」
確かにそんなことを言われたような気がするのでエドはつまった。
そしてそれを綺麗に聞き流していたのは自分だ。……だってなんか嫌だったんだよ!
くそう、と小さく悪態をついてエドは不貞腐れた。
違う、と思う。自分とロイの関係は、そういうのではないと思う。
意味づけをするのが、理由を考えるのが、名前をつけてしまうのが……なんだろう? 怖い? そうかもしれない。
その原因は、目の前で能天気に勝ち誇った笑みを浮かべているわけだが。
これ以上ロイに反論しても無駄だと悟り、エドはしぶしぶ引き下がった。
「ああもうじゃあそれでいいから、とりあえず説明してくれよ。東都劇場で何があるわけ?」
ロイの目がすっ……と軍人のそれに変わる。
「今日から東都劇場で幕を開ける演目を知っているか?」
「題名は覚えてないけど、あれだろ。新聞で読んだ。人気女優のクリスティなんとかが主役だってすげえ評判のヤツ」
「そう、薔薇の惨劇。愛する男に裏切られた女が、協力者を得て見事復讐を果たし伸し上がる物語だが……その公演を中止しなければ劇場を爆破する、という犯行予告が届いてね」
不穏な単語にエドも顔を険しくする。
「なんだって?」
「急に仕事が入ったということだよ。しかし君とのデートを中止するのも癪だろう? ならばいっそのこと君にも協力してもらって、一緒に行こうとまあ、こういうわけだ」
「……オレに手伝えって?」
「上層部のほうから君を指名する声が上がってね……ああ、君がここに滞在していることを知っている連中がね。しかし私は、それなら単独で行動させるより私の側にいてもらった方が安心できると思ったんだよ。だから一応、君と私は変装して潜入捜査という名目になっている」
まるで女を口説くような甘い顔。
「すまない、少し嘘をついたな。本当は私が一緒にいたいだけなんだ。近くにいた方が守りやすいし……。それに、今日を逃したら君はまた私の誘いを拒み続けるだろう?」
うっ、とエドは言葉に詰まった。
こいつわかっててこれやってんのか? それとも無意識か、どちらにせよたちが悪い。
頬が赤くなる前にぷいと視線をそらして、
「……わかった。国家錬金術師としての勤めだと思うことにするよ」
「わかってくれたか鋼の!」
「でも!」
びしっ、と指を突きつける。
「それとドレス着んのは別だ! つーかこんなん着てばれたらどーすんだよ!」
「その点は心配要らない。女装だといくらでも誤魔化せるからな」
「違う! オレはなにも女もんじゃなくても、正装ならあんたみたいなタキシードでもいいんじゃないかって言ってんの!」
オレの言っていることはものすごく正論だと思うぞ。さあ、論破できるもんならしてみやがれ!
ふん、とエドが小さな(誰が小さいかこのヤロー)背を反らす勢いでねめつけるのを、ロイは柳のごとくさらりと流した。
「君は私が男と二人きりで演劇を鑑賞するなどということがあってもいいと思うのかね?」
ぱかりとエドの口が開く。今のはなんだ、空耳か。
ロイは続けた。
「私の華々しい女性遍歴に傷がつく、それだけは絶対に避けなければならない事態なのだ、鋼の。このロイ・マスタングが夜の劇場に女性を伴わないとは何事か! 邪道だ、邪道!!」
「……」
呆れてものも言えないとはこのことだ。
そんなくだらない理由のために、オレはドレスなんてひらひらしたもんを着せられなくてはならないのか。
「なら中尉にでも頼めよ」
「中尉はあいにく今日オフだ」
かっかっかっと高笑うロイ。
だからこいつが野放しになってるんだな、とロイがここまで横暴できる理由を知って、エドは全てを諦めたのだった。




NEXT

BACK