_______+そして全てに幕は下りる+___




上品な光沢のある赤のロングドレス。たっぷりとした布の柔らかな白のショール。
裾を引きずるドレスは機械鎧の足元を隠し、ショールは肩の継ぎ目と腕を隠し、おまけに厚めの白い手袋を嵌めれば、完全に機械鎧は隠れるだろう。
首元が寂しいと主張するロイのせいで、金のネックレスまでつけさせられることになった。うざったいったらありゃしない。
結局ロイの見繕ったとおりの服を着なければならなくなったわけだが、エドはむかついた気分のまま、ドアノブを捻ってぐいと乱暴にロイの身体をそちらに押しやった。当然抵抗される。
「なにをするんだ君は」
エドは正直に言ってやった。
「着替えるからしばらくお引取り願おうと思ったまでだよ」
「それなら言葉で言いたまえ」
言ったってきかねぇから実力行使に出たんだよ! と頭の中に内なる怒鳴り声がこだますが、こめかみに人差し指を当ててエドはそれを鎮める。ドアの開いた今の状況で怒鳴り散らすのは流石にまずい、外に丸聞こえだ。
「私は気にしないから、ここで着替えて構わないぞ」
「オレが構うんだよ!」
このエロ親父が、ときつい視線を浴びせてやるが、相手は堪えた様子が無い。
「今更照れることもあるまい。なにせ互いの肌を知った仲だろうに……、と」
エドは小さく息を呑み、ロイははっと口元に手をやった。
「失言だった。……すまない」
「……別に、もう気にしてないよ」
そうは言うものの、無理をして嘘をついているとロイは受け取っただろうし、エド自身思い出してしまったせいで余計に意識してしまい、部屋の空気は気まずいものになった。
視線を横に泳がせて、エドはぱっとドレスを取った。
それを合図にしたかのようにロイは口元を少し和らげた。
「しばらく廊下に出ている。終わったら呼べ」
「うん」
赤いドレスを顔の半ばまで引き上げて、エドは了承するとくるり背を向ける。後ろでドアの閉まる音が聞こえた。
それでこの場は終わったはずだった。
……の、だが。

肌触りのつるつるすべすべする長い布をかぶり、両腕を通したところでエドは困り果てた。
「ファスナーが、あげられねぇ……」
そもそも機械鎧の右手は、細かい作業には向かない。例えば割り箸だって不恰好に折れるのが常なのだ。
どうしようか、このぶんではネックレスの留め具を合わせるのだって自分では無理だろう。
……どうしようか。どうしようったって、ひとつしか選択肢は無い。畜生。
「はぁー……。大佐、大佐ー、そこにいるか?」
甚だ不本意ながら問うと、すぐさまドアの向こうから木の板を震わせて返答がやってくる。
「もう済んだのか?」
「あー、んーと、とにかくちょっと入ってもらえる?」
きぃ、とノブが鳴いた。
男の表情がゆっくりと変わるのを、エドは瞬きを挟むこともなく全て見た。なんだ今の。
しばらくの間お互い無言で、窓の光が少し翳ったとき、ようやくエドから声を発した。
「大佐」
「あ、ああ。なんだい」
「ちょっと背中あげてくれ。自分じゃできなかった」
髪を上げてファスナーを指し示す。ロイの近づいてくる靴音がし、すぐ後ろで止まった。
指先が触れる。動くな、オレの肩。
「……これでいいか」
「あとついでにネックレスも頼む。つけないんならつけないでいいんだけどさ」
「お安い御用だ、お姫様」
「殴られたくなかったらせめて黙ってやれよ」
くすくす笑う声が聞こえたので、エドはいっそ本当に殴ってやろうかと思った。
「出来たよ」
「……ありがと」
「さあ、では出かけようか」
「ああ」
エドは髪を下ろし、ショールと手袋を手に取った。
なかなか値がはりそうだけれど、もし暴れるときには破ったり汚したりしても仕方ないだろう。
当たり前のように腕を差し出すロイに嫌な顔を見せてから、しぶしぶそこに白い手袋の指先を乗せる。
「もう一回確認しとくけど、仕事だからな」
こんな格好をするのも、ロイと連れ立って劇場なんかに行くのも。
「あんまり念を押されると傷つくんだが」
「言ってろ」




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