_______+そして全てに幕は下りる+___




東都劇場はイーストシティの名のある劇場で、金持ち連中の娯楽の場として贅の限りを尽くされている。
太い石の柱、精巧な彫刻の施された入り口。ここからでも大理石がぴかぴか光っているのがわかる。
その豪奢な外観もさることながら、舞台に立つ役者たちも人気絶頂の実力者ばかりで、一般人は建物の影にすら近寄れないと言われるほどだ。
なかでも今回は、演目の主役であるクリスティ・ドールが、美貌も演技力も兼ね備えた若手トップ女優であり、熱狂的なファンも多いことから、初日の賑わいは大変なものだった。
高級車から降りてくる上流階級の人間たち。
白い手袋とレースの帽子、一目で上質とわかる夜会服に身を包んだ男女が、笑いさざめきながら劇場ロビーへと入っていく。
そんななか、ロイの手をとって車から出たエドは、玄関口ですでに気後れしていた。
ひょっとしてひょっとしなくても、自分は思いっきり場違いなのではないだろうか……。
不安に駆られたエドの足は動かない。
わずかに斜め前に立ってエスコートするロイは、冷や汗を流しながら硬直しているエドを見て困ったように笑った。
困ってるのはオレのほうだっつの、エドはまっすぐ前を向いたまま、というよりは単に首も動かせないほどがちがちなだけなのだが、小声でロイに確認をとる。
「……なあ、オレ浮いてないか?」
「安心したまえ、どこもおかしなところなどないから」
ロイはそう言ったが、彼の太鼓判などちっとも信用できない。
「だって、なんかじろじろ見られてる気がする」
「私は人気者だからね。ご婦人方の熱い視線を集めてしまうのも仕方ない」
「てか、オレも見られてるんだけど」
「私の連れている君が注目の的になるのも仕方ない」
「……つまり嫉妬って?」
「そうだな」
アホらし、と脱力したエドは、まあそれならそれで、そっちのほうが気が楽だと思いかけたのだが、ロイはすぐに自分の言ったことを覆したから、嫌な緊張感に逆戻りだ。
「と、言いたいところだが、本当のことを教えてあげようか」
「なんだよ、はっきり言え」
変なのか、変だよな変なんだよな!?
歪な表情でロイの言葉を待つと、ロイはエドの肩を抱き耳元で囁いた。
「君が美しいからみな見惚れているんだろう」
笑顔で言われたって、そこに説得力は皆無だと、エドは頭っからロイの言葉をはねつけた。
いくらオレが子供でも、そんな見え透いたお世辞なんか信じるか。そこまでバカじゃない。
「嘘つけ、やっぱ変なんだろ!」
気休めなんかいらないんだ。そう思うとますます不安になってくる。
この場面で覚悟が決まらず一歩を踏み出せないでいると、なおさらそれが周囲に変に思われそうで、しかしどうしていいかわからない。
だって普段こんなとこ全く全然ちっとも縁が無いのだ。どんなふうにふるまうべきなのか判断がつかない。
そんな自分に比べて、目の前のこの男の実に堂々としていること。タキシードに着負けていない。よく似合っている。八つ当たりだがむかつく。
「行くぞ。開演まであまり時間がないんだ。動けないのなら引っ張っていくから、腕につかまっているといい」
エドは大人しく従った。
なにせドレスの裾は長く、着慣れないエドにはとにかく踏んづけて転ばないようにするのが精一杯だったので。
身に着けているもの全てがわずらわしい。邪魔だ。ドレスも靴も手袋も書ショールもアクセサリーも下ろした髪も。
階段を一段上がるたびに気疲れする。ロイの腕にすがっている自分がなんだか情けないやら悔しいやらで、だからなんでオレはこんな目にあってるんだろう。
「大佐、こういうのよく来るの?」
女性をリードする彼の手馴れた様子に、ふとエドは尋ねた。
ロイは意味深に笑い、
「大人の世界には色々あるのさ」
としか答えなかった。
かわされた気もしたが、別段そこまで深く追求したいわけでもなかったので、エドもそれ以上は言わない。
女ったらしで有名な焔の大佐のことだ。誰とデートを何回しようが、オレには関係ないし。
「もう少しにこやかに出来ないか」
「無理。諦めて」
きぱっと言い切るエドの目に、真紅の床が見えてくる。足音を消すために敷かれたやわらかな布だ。
火がついたら燃えやすいだろうな、とエドは考えた。
考えて、そんなエドの腹にぼすっと何かがぶつかった。
「うわ!?」
「あっ!」
慌てて下を見ると、子供が転がっていた。背の低いエドのさらに腹辺りにぶつかるほど、まだ小さな少年だった。
「ご、ごめん!」
すぐさま謝り、手袋を嵌めた手で助けおこす。
少年はぽけっとエドを見ていたが、腰をかがめたエドが彼の服を軽くはたき終わると、無邪気な顔でにこっと笑った。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「姉さん言う――……」
……おっと。
初対面の少年に、危うく普段アルに注意するように言ってしまうところだった。慌ててはぷっと口をつぐむ。
今のオレはドレスを着てるんだから、女と思われるのは当たり前のことだ。すっかり忘れていた。
ただ、咄嗟に素が出かけてしまった理由はそれだけではなくて、この男の子がどこか昔のアルに重なったからだろう。
目の色こそアルと違えど、金色の髪を短めに刈っている幼い少年――10歳を越えているか怪しいものだ。
突然片手を手に当てて黙ってしまったエドを、少年がきょとんと不思議そうに見上げている。
「……お姉ちゃん、機械鎧?」
「うぇっ!?」
直球の問いかけに思わず声を上げる。自分の身体が機械鎧だと、この場でばらしてよいものか。
困り果ててちらりとロイを見ると、彼は何も言わなかった。となれば大丈夫だということだろう。
「うん、そうなんだ……そうなの。ぶつかったとき硬かった? ごめんね」
周りの目を気にして乱暴な言葉遣いを正すエドだったが、その内心は鳥肌が立ちそうなのを必死でこらえているのだ。
「大丈夫だよ。ルーは強い子だから」
誇らしげに胸を張る少年は可愛らしく、エドの顔に自然と笑みが浮かんだ。
「そう。偉いね」
「お姉ちゃん、お花あげる」
よく見れば、ルーと名乗った少年は茎を短く切った花を持っていた。
彼はこうやって入り口で客に花を配っているのだろうか。エドは再びロイを伺った。
「もらうといい」
こくりと頷いてエドが受け取ろうとすると、ルーはエドの頬に親愛のキスをした。
あはは、と笑いながら姿勢を元に戻したエドの手には花がある。
ルーのそれはじゃれるような子供のキスだったので、エドだってこのくらいで照れたりはしないのだ。
「どうぞ、お姉ちゃん、おじちゃん。楽しんでいってね」
「おじっ……」
「あはは! うん、じゃあね」
ショックを受けた様子のロイを尻目に、ルーに手を振って劇場の中へと進む。
だいぶ緊張もほぐれたような気がする。
おじさん……おじさん……と衝撃覚めやらぬロイを、さっきとは逆に引っ張っていけるようになったほどだ。
「ほら、転ぶなよ。足元気をつけて、おじさん」
うくくく。席に着くまで爆笑をこらえるのが、本当に大変だった。




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