_______+そして全てに幕は下りる+___
「前方不注意だな」
椅子に腰を下ろすなりそう揶揄られて、ぴくりと眉がはねた。
「やはり小さいと視界も狭まるものなのか。それとも君が注意力散漫なだけか?」
ロイの言葉はなかなかにエドの癇に障るのだが、今のエドの手持ちのカードにはジョーカーがある。
エドはにんまりと笑ってカードを場に出した。
「うっさいよお・じ・さ・ん」
「〜〜っ、それはもういい!」
ロイはごほんと咳をし、懐から鎖のついた時計を取り出す。
「開演は7時だ。後15分も無い」
「ああ」
男の声に、エドも顔を引き締めた。
最前列ど真ん中かよすげえじゃんと、単純に感心したエドに、彼は「出口から一番遠く、何かあったときにとっさに逃げられない場所だがね」と事も無げに言ってのけたのだ、先ほど。
確かにここからでは、仮に逃げたとしても一番最後になるだろう。
もっとも、エドたちの任務は、何かあったときに軍のお偉方を無事に逃がすことであったので、どちらにしろ自分たちのことは二の次にして彼らのことを最優先でなければいけないわけだが。
「劇場の見取り図はきちんと頭に入っているな?」
問われて頷く。ここへ来る車の中で散々説明を受けたし、描かれた見取り図も見せてもらった。
脱出経路、警備に置かれたロイの部下たちの配置場所だって、ちゃんと脳に叩き込んである。
「でもさ、警備とかするくらいだったらなんで中止にしないの? 公演。客も危険だってわかってんなら来なきゃいいじゃん」
「危機感が薄いのだろうな。予告が急だったこと、犯人の要求がいまいちはっきりしないこともあって、犯行予告を単なるいたずらだと、彼らはそう高をくくっているようなところがある。なおかつ、クリスティのファンとしては、いたずらかもしれない予告に怯えてせっかくの初日を逃すより、捨石に護ってもらって自分たちは楽しみたい――といったところだろう」
「捨石、って」
聞き捨てなら無い単語にエドは訊き返した。
そんな色ボケ連中の道楽のためにかり出された挙句使い捨ての駒扱いされたのでは黙っていられない。
「オレらの犠牲前提なわけ? それは、」
「だから君は私が守ると言ったろう?」
ふ、とロイはエドのほうに顔を向けて笑った。
……だからそういう不意打ちは卑怯だっての。
「大丈夫だ、焔や爆発は私の専売特許だし、性質も熟知している。爆破などと、そう大事にはさせないよ」
「どっから出てくんだ、その自信」
「開場前にざっと調べさせたが、爆発物が隠されているような形跡は無いそうだ」
「見つからないように隠してたら?」
「犯人は公演を中止しなければ劇場を爆破する、と予告した。ということは、公演をとりやめさえすれば、爆破はしない――と言ったことになるな」
「そう、だな」
「だとすると、あらかじめ単純な爆発物がしかけられているという可能性は低い。取引する以上、爆発を止める手段も同時に手にしていなければいけないからね。つまり、犯人は時限式、もしくは遠隔操作で爆発可能なものを使うか。これらは両方ともある程度の大きさが必要になってくる。そして、そんなものが隠せる場所も限られてくる。その“限られた場所”を探したところ、爆破装置は見当たらなかったんだよ」
「……なるほど」
「さもなければあるいは――」
ロイは意味ありげにそこで言葉を切り、エドが後をひき取る。
「公演が行われることを知って、開演後自分で持ち込むか?」
エドの答えに、ロイは満足そうに頷いた。
「その通り、あとは直前に客に混じり、機をうかがう。この3つしかない。だから客の持ち物には気を配っているよ。この時点で、外から持ち込まれる心配もほぼ消滅したと言ってもいいだろう」
「じゃあ、よっぽど巧妙か、なんか隠し玉が無い限り、この劇場を爆破されることは無いだろうと?」
「ああ。そして、そのよっぽどの例外事態が起こった場合のために、私と君、そして部下たちがいるわけだ」
ロイはエドの手から花を取ると、器用にもエドの髪に挿した。
「なにすんだよ……」
「そろそろ幕が開く。お喋りはここまでだ。何事かが起こるまでは淑女らしく静かにしていたまえ」
開始を告げるベルが鳴り、照明が落ちていく。
さあ、物語が始まる。誰もまだ目にしたことのないような、とびっきりの悲劇が。
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