_______+そして全てに幕は下りる+___




焦げ臭い匂いが鼻につく。あちこちで煙がくすぶっており、ぶすぶすと音が聞こえるほどだ。
ちり、と頬に小さな痛みを感じる。
それを手の甲で乱暴に拭って、エドはこりゃ髪の毛焦げたな、と考えた。
でも、焦げた髪は切ればいいし、切った髪はまた伸びる。髪が焦げるくらいどうってこと。
けれど人は死んでしまったら、それはもう取り返しがつかない。
禁忌を犯したエドは、誰よりもそれを知っているから。
「危ないっ!」
だからエドは、迷わずルーを抱いて、舞台の上をごろごろ転がった。
一瞬遅れて何かが潰れる嫌な音が耳に届く。
さっきまでいた場所に、燃えた梁が落ちてきたのだ。
火の粉がぱちりとはぜた音が聞こえたような気がした。
エドは腕の中でぼんやりと自分を見上げてくるルーをはげますように微笑んで、汗の滲んだ額に触れた。
「立てるか? 逃げるぞ」
ルーはきょとんとしていたが、エドと目を合わせて頷いた。
炎に煽られて空気が熱くなっている。
クリスティ・ドールもいるかと思い、一応周りを見回したが、煙の中、他に人影はないようだ。
「もう脱出したのかな」
呟く声も熱にかき消されるようだ。
このままここでぐずぐずしていたら焼け死んでしまうかもしれない。
ルーを支えるようにして立たせ、手を――――機械鎧ではないほうの手をつなぐ。
舞台袖の幕は派手に燃えていた。
そこからの脱出は無理か、エドは自分がやってきた客席のほうを見る。
落ちてきた梁にさえぎられて、あそこに戻るのも難しいだろう。
となれば、エドに残された手段で一番良策なのはこれしかない。
つないだばかりの手を離そうとしたとき、ルーがそれをくいと引っ張った。
「こっち」
「え?」
「奈落があるんだ。地下だからまだ炎も平気だと思う。裏口に抜けられるよ」
「わっ」
ルーはそのまま舞台の床を強く蹴っ飛ばした。
がこん、と音がして木の板が下がっていく。どこかの機械が動くきしむような音が聞こえる。
なるほど、クリスティはこうやって脱出したのだろうか、女優ならこの装置のことなど知っているに違いないし。
「はやく」
「あ、ああ」
「燃えてるのは、舞台だけだから。ここからはなれれば後は大丈夫だよ」
ルーの口調は無邪気で慌てた様子がない。
よほど度胸があるのか、エドとつないだ手は小さいのに力強い。
エドはふとアルのことを思い出した。まだ鎧姿ではなかった頃の幼い弟との昔を。
そう、やはりこの少年はどこかアルに似ている。アルを思い出させる。
「お姉ちゃん、怒ってるの?」
「えっ」
舞台の下から通路に抜けて走っていたエドの思考がふっと浮き上がった。
自分はそんなに難しい顔をしていたか?
「いや、怒ってなんかないよ」
「ほんとう?」
「ああ、お前……君を怒ってるんじゃないんだ。君を助けようと思ってたのに、逆にオ、私のほうが助けられちゃったからね、自分に怒ってるんだ」
エドは努めて微笑んだ。
少年を救いたくて反射的に飛び出してしまったが、そういえばあのときロイの制止の声が後ろのほうで聞こえたような気もする。
ルーが言ったとおり燃えているのが舞台だけだとしたら、ロイは無事だろう。
新たな爆発が起こる気配はないし、どうやら物的被害だけで済みそうだ。
せっかくのドレスも下ろした髪もボロボロで、ショールなんか失くしてしまった。
この間の髪切り魔の事件を思い出し、また怒られるかなとちらりよぎった。
とんだデートになっちまったな。
エドは苦笑して走り続けた。



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