_______+そして全てに幕は下りる+___




たいして走らないうちに関係者専用らしき入り口を通って、エドとルーはやや広い通路に出た。
たぶんここを抜けてしばらく行けば玄関ホールに辿り着ける。
ここまでくれば、もう炎も煙も追ってはきまい。油断は出来ないが。
とりあえずルーを送り届けて、それからロイと合流すればいいか、とエドは少し歩調を緩める。
耳に人のざわめきが聴こえだした。
おそらく客の避難はほぼ完了して、軍人たちが後始末に追われているのだろう。
通路の先、遠目に見慣れた青い軍服が見えた。
「あれ、中尉いるじゃん」
大佐は「中尉は今日オフ」だと言っていたのに。
しかし、凛とした立ち姿、髪を後ろでまとめた女性軍人は、紛れもなくホークアイだった。
そしてその横に客らしき正装の男と、豪奢な金髪の女がこちらに背を向けて立っている。
内容まではわからなかったが、男のほうがホークアイに何か言っているようだった。
ふと彼がこちらを振り向き、そこで彼らに近寄っていたエドは気付いた。ロイだ。
「鋼の!」
彼の声は鋭く、表情には焦燥が見て取れる。やはり心配をかけてしまったのか。
「大佐っ……」
彼の側に行こうとして、ふとエドはルーとつないだ手に力を込めた。
もうひとつ、エドが気付いたことがあった――――ロイの隣の女性は。
つい先ほどまで舞台で目にしていた、クリスティ・ドールだった。


クリスティ・ドールは今最も人気と実力のある女優だといわれている。
その彼女がエドの目の前、ロイの隣にいて微笑んでいる。
ロイが助けたのだろうか、今まで何を話していたのだろう。
くそ、なんでこんなことが気になるんだ。
エドはそれ以上ロイに駆け寄ることが出来なかった。足が動かない。
女優の大輪の薔薇のような美貌は、間近で見るとよりはっきりと美しさがわかる。
その姿は、正装のロイと並んで実によく似合っていた。
エドは、自分とロイとの間にあるものを、まざまざと実感させられた気がした。
クリスティは咲き誇る妙齢の女性だ、未だコドモのエドと違って。
「……鋼の?」
立ち竦んだままのエドを不思議に思ったのか、ロイが声を発する。
はっと我に返って、エドはルーの手を引き寄せようとした。無意識のうちにアルを求めたのかもしれない。
なんだか居心地が悪い。
「あ、その」
何か言わなくてはと思って、何を言ったらいいのか思いつけずに探しているうちに、こちらを見るホークアイの顔が険しくなった。
「エドワード君! 火傷してるじゃない!」
「えっ」
ホークアイの言葉に、エドは反射的に機械鎧の手で頬に触れた。
そういえば、と今の自分の姿に思い至る。
整いすぎるほど整ったクリスティに比べて自分はどうだ。
頬の火傷だけではない、髪の毛は炎にあぶられてところどころがちりちりになっているし、自分では見えないが顔はすすで黒く汚れているはずだ。
ドレスの裾は破いてしまって、ショールがないから機械鎧の腕が一部見えている。
さっきまでなら全然気にならなかった格好が、クリスティを見た後ではなんだか胸がちりちりする。
「だ、大丈夫。こんくらい」
そう無理にエドが笑うと、くすり、と美しい女優の声が聞こえた。
「可愛らしいお嬢さんね」
エドの頭にかっと血が上った。今のはエドのボロボロの姿を揶揄したのだ。
しかしエドが何か言うより先に、ロイがそれを受け取った。
「こんな可愛い姿をしていれば無理もないが、ドール嬢。彼は男ですよ」
可愛い姿。ロイは本当にそう思っているのだろうか。エドはぐっと唇を噛んで目をそらした。
まあ、とクリスティは口を小さなO型にして、
「そう……男性なのに、こんなに……こんな……」
「鋼の。これを」
ロイが自分の上着を脱いでエドの肩にかけた。機械鎧や汚れたドレスを隠すようにとの配慮だろう。
「……ありがと」
「エドワード君、とりあえず手当てをしましょう。そっちの子は?」
ホークアイに尋ねられて、エドは自分の後ろに隠れるようにしているルーを見た。
「あ……今日の舞台の子役の子」
「この子も肌が少し赤くなってるわ」
ルーはエドの服をつかんだまま、前にも出ず答えようともしなかった。クリスティはそんなルーを見ている。
ロイが言った。
「爆破のとき舞台上にいた子だな」
ホークアイが察して、
「なら、彼も?」
「ああ、詳しい話を訊く必要があるな。中尉、頼んでいいか」
「Yes,Ser. エド君、行きましょう」
「……大佐は?」
ホークアイに促されて歩きかけたエドは、ふと立ち止まってロイを見上げた。
ロイは軍人の顔つきになっていた。
「私は現場の責任者だからな、まだここに残らなければならない。舞台も調べに行かなくては。そういうわけだから、ドール嬢……」
「あの、私もマスタングさんと一緒に舞台についていってはいけませんか。勿論すぐに軍には行きます。ただ、舞台がどうなったか心配なのです。今後の公演のこともありますし」
「しかし、まだ危険が」
「あら、あなたが守ってくださるのでしょう? 先ほどのように」
クリスティは誰もが思わず目を奪われるような笑みでロイの腕を取った。
大佐がやたらと女にもてるのは軍でも周知の事実で、別に今更驚くようなことじゃない。
けれど、エドの胸が、火傷をした頬よりも痛い気がするのは何故だ。
『近くにいたほうが守りやすい』だとか、『君は私が守ると言ったろう』だとか。
……誰にでも言ってんのかよ。
エドはもうロイの顔を見なかった。
「んじゃ、さよーなら」



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