_______+そして全てに幕は下りる+___




劇場外に向かう途中、自分たちとは逆方向へ走る幾人もの青い軍服とすれ違う。
彼らのうちの大半は舞台と客席への扉を開け、消火・現場処理に向かうようだ。
その中にいたハボックがこちらを見てぎょっとした顔をしていたがすぐに通り過ぎた。
どうせボロボロだよ。ハボックに非はないが、そんな悪態のひとつでもつきたくなる。
つないだルーの手だけが暖かい。嘘だ。羽織っているロイの上着も暖かかった。暖かくて、だから余計にイラつく。
入り口の前には避難した大勢の観客が、軍人たちを遠巻きにしながら心配げに囁きあっていた。
軍人に文句を言っている男もいる。
また、軍のお偉方なのだろう、やけに上から東方司令部(ひいてはロイの)対応について言いがかりをつけている者もいた。
だったら最初から来なければ良かっただろうに、危険だと忠告したのにそれを侮ってのこのこ舞台を見に来たのはあんたらのほうだろ、大佐の落ち度は特になかったじゃないか――とうっかりロイに同情的な意見を胸に抱きかけて、そんな自分に腹が立った。知るか、あんなやつ。
ホークアイを先頭に、エドたちは階段を下りた。
来たときは、帰るときもロイと一緒にここを下りるのだと疑っていなかったのに。
ロイはエドにしたようにクリスティにも接するのだろうか。妙に手馴れていた女性のリード。
どうでもいい。そんなの、どうでもいいじゃないか。無性にアルのところに帰りたかった。
「表に車を止めてあるから」
「ありがと、中尉」
薄闇の中、黒い車が何台も並んでいる。後始末にかり出された軍人の数の多さが推し量れた。
その中の一台にホークアイが近寄り、彼女は助手席、エドとルーは後部座席に乗り込む。
それほど柔らかくはないが一応よりかかれる椅子に座れて、ようやく人心地ついた気がした。
待っていた運転手席の軍人に「司令部に戻る」と告げて、ホークアイはミラー越しにエドに笑いかけてきた。
「火傷、痛くない?」
「大丈夫」
そんなにひどい火傷ではない。たぶん痕も残らないだろう(万が一残ったらアルの怒りが恐ろしすぎる)。
「ごめんなさいね、大佐が無茶を言ったんでしょう」
「そうだ、中尉、今日オフなんじゃなかったの?」
「私? 私は普通にずっと仕事だったけれど」
やっぱりか。
ホークアイの答えにエドは膨れた。
「大佐が、中尉はオフだから頼めないし、エスコートする女がいないのは自分の沽券に関わる、だからオレに女役やれって……おかげで男なのにこんなかっこさせられて。後でたっぷり絞ってやってよ」
「そうね、その必要がありそうだわ」
ふぅ、とエドは車の背もたれに身体をずず……ともたせかける。ホークアイの瞳がいたずらっぽく笑った。
「でも、大佐ったら、嘘をついてまでエドワード君とデートしたかったのよ」
「でっ……! だ、だからまったく断じてこれっぽちもデートなどでは!」
「あら、不本意?」
「このうえなく」
両腕を組んで額の中心に力を入れる。
怪我の手当てなんかより、はやく着替えてえ……エドはぼやいた。
もっと言うなら怪我なんてどうでもいいから帰ってアルに会いたい。
アルのところにも事件の報が入っているだろうか。だとしたら心配してるだろうなあ。
あ、でもそうするとこんな格好のまま帰ったら間違い無しに烈火のごとく怒られるな。結局着替えなきゃダメだ。
「でも、さっきの大佐の剣幕は凄かったわ。エド君に見せてあげたかった」
「え? うわっと」
タイヤが溝に取られでもしたか、がくんと振動がありエドの身体は前に揺れた。
慌てて姿勢を正し、ミラーの中のホークアイに問いかけた。
「さっきって……」
「大佐はエド君を追って舞台に行こうとした途中で、クリスティ・ドールを保護したんですって。まさか彼女をほって行けないでしょう。彼女は有名人だし、国中にファンも多いわ。もちろん軍上層部にもね。大佐が避難する彼女と接触したにもかかわらず、彼女を守らずに下手なことがあれば、当然責任を追及される。だから何よりも大佐は一旦彼女を安全なところまで送り届ける必要があったの。どうしても」
「それは、……わかる」
エドだって一応軍属で、国家錬金術師で、軍の狗だからわかる。
若くして大佐の地位にいるロイの足元は切り立った崖のようなものだ。
気をつけなければすぐに足を踏み外して転落する。
しかも上から石を投げて彼を落とそうとする輩も後を絶たない。
「だから引き返して私に会ったとき、大佐は本当にほっとしたんじゃないかしら。ドール嬢の護衛を私に託して、すぐにエド君を助けに戻ろうとしたもの」
「……」
きゅ、とエドは唇を噛んだ。
「ああいう大佐の顔は、あまり見たことがなかったわ」
オレも見たかった、とエドは素直に思った。口には出さなかったが。
あのとき後姿だけじゃなくて、横顔でもいいから見えればよかったのに。
そうしたら少なくとも、こんなにもやもやした思いを抱えてはいなかっただろうと思う。
自分はどこまでロイを信じていいのだろう。どれが真実だろう。わからなくなってくる。
横に座ったルーの頭がエドの肩に触れた。
「お姉ちゃん」
ホークアイは僅かに目を見張り、エドは苦笑した。
「……ほんとはお兄ちゃん、な」
生身の左手は繋いでいたので、機械鎧の右手で頭を撫でる。
エドだって嘘をいくつも抱えているのはお互い様だからロイを責める資格なんてないのかもしれないけど。


NEXT


BACK