_______+そして全てに幕は下りる+___




ごわごわするのは、きっとおろしたてだからなのだろう。
ホークアイは気を利かせてくれたのだ。
布が多いからか、いつも着ている服よりだいぶ重いような気がした。
大佐も中尉たちもみんな、普段こんなのを着てるんだ。
国家錬金術師であるエドも、いつか有事の際に召集されたときは、正式に着ることになるのだろう。
出来ればそんな日が来ないよう、来る前に本来の身体を取り戻して資格を返上できるよう(銀時計をロイのすかした顔面に叩きつけて返すことのできるよう)もし来るとするならそれがずっと先のことであるように。ずっとずっと先のことであればいい。
少し感傷的になり、エドは首を振ってロイから借りた上着を手に携えてドアを開けた。
着替えて戻ってきたエドを見て、ホークアイは顔をほころばせた。
「まあ、似合うわエドワード君! 良かった」
「……そう? これって服に着られてるって言うんじゃねぇの?」
――――サイズも大幅に直したし。という台詞はなけなしのプライドが邪魔して口から出なかった。
青い男物の軍服をかっちり着こなしたエドはさっきまでドレスを着ていた人間と同一人物とは思えないほど、どこからどう見ても立派な少年だ。
小さくて細くはあるから華奢な印象は抱くものの、公称している性別を疑われることはまずないだろう。
軍服は厚い生地で出来ているから、もともとのエドの凹凸の乏しさに加え、身体のラインがさらに目立たなくなっている。
普段編んでいる金の髪の毛は後ろでポニーテールになって揺れていた。
「そんなことないわよ。あ、でもエドワード君は、軍服が似合うなんていわれても嬉しくないかもしれないけど」
「いや、中尉に誉められると自信持てる! ありがと。そうだよな、こうして見るとオレって結構男前じゃん? ね?」
「ええ。素敵よ、とっても」
「ははは」
軽口を叩いて演技を続ける。
エドが姿を現すまでルーは背伸びをして窓の外を見ていたようだが、今少年はじっとエドばかりを見ていた。
どうかしたかとエドが尋ねると首を横に振った。
「ううん」
「んじゃ行こうか。って、中尉、オレらどこに行けばいいんだっけ?」
「第3応接室よ」
談笑しながら廊下を歩いていると、時折すれ違う軍人が、ホークアイに会釈してからエドを見て不思議そうな顔をする。
どうやら子どもが軍服を着ているのが珍しいらしい。それが鋼の錬金術師だとわかると、失礼しましたと姿勢を正す。
しかしすれ違った後、背中の後ろのほうで「ちまい」とか「豆が」とか聞こえた。
勿論「誰が豆だオラァ!」とは思ったが、ルーの手前ここは黙殺した。そうでなかったら猛然と抗議するところだ。
応接室の扉をホークアイがノックすると、ドアを開けて中からフュリーの顔が覗いた。
「お疲れ様です、中尉」
「ありがとう」
フュリーはエドの姿を認めると微笑んだ。
「エドワード君も、大変だったでしょ」
「はは……まあ」
部屋の中央にあるソファに促されてまずエドが座り、その横にルーがくっつくように座った。
随分懐かれたな。
まあ悪い気はしない。
テーブルの上には灰皿が置いてあった。
ホークアイはドアを閉めると、カーテンを開けた。エドの位置から、すっかり暗くなった空が見えた。
アルの怒る様が簡単に想像できて頭を抱えたくなった。覚悟しておいた方がいいだろう。
ホークアイは空気の入れ替えのためか窓を薄く開けてから
「煙草のにおいは平気? しばらくすれば気にならなくなるでしょうけど」
「あっ、すみません中尉、僕が気がつかなくて」
ホークアイの見せた気遣いに、最初に部屋にいたフュリーが頭をかいた。
彼自身は煙草を吸わないから、灰皿の吸殻と残り香は、その前にここを使っていた誰かのものだろう。
ルーは答えなかったので、エドは向かいに腰を下ろしたホークアイに笑った。
「オレは平気。ハボック少尉とかもいるし、慣れたよ」
フュリーはホークアイの座るソファの後ろに立ち、メモをとる準備を見せた。
「何から話せばいいかな」
エドは自分から切り出す。早く帰りたいからという思いもあったし、彼らの役に立ちたいという思いもあった。
「そうね、まず状況を順序だてて説明してもらえるかしら。大佐からも少しお聞きしたけれど、あのときは慌しかったし」
「おっけ」
首肯して話し出す。
「オレは大佐に拉致されて劇場に行った。着いたのが6時半くらい。席に着いたのが45分くらいだったかな。周りを注意したけど特に怪しいやつはいなかったと思う。いい席だったし、近くには金持ちそうなやつばっか座ってた。7時に開演して、それからは皆舞台に釘付けで、妙な動きをしてるやつがいたら目立ったんじゃないかな。でもそんなヤツもいなかったし。でも、8時になった瞬間、舞台の天井部分が爆発したんだ」
「天井?」
「うん。燃えた梁が落ちてきたことから考えると、そのそばだったんだと思うんだけど。ちょうどクリスティの教会のシーンだった。ルーが右袖から歩いてきて、いっせいにスポットライトがクリスティに当てられて、眩しくて思わず目をつぶった。それで目を開けたら――ドン、だ。大佐は――」
ひとつひとつ思い返しながらエドは語った。
「大佐は、『あそこは調べたはず』って驚いてたからそうなんだろうね。爆発物はなかった、なのに爆発した」
「不思議ね」
ホークアイが呟いた。
「エド君が目をつぶったその一瞬で何かあったのかしら」
「……そうかもしれない。すごく眩しくて、なんか真っ白だった」
「何か気づいたこととかない? なんでもいいわ」
「そうだな……爆発は一回だけだったのが妙だな、とは。お客は全員無事だったんだよね? 犯人のやつは何が目的だったんだろーな」
「公演を中止しろ、さもなくば劇場を爆破する。今のところクリスティの熱狂的ファンの仕業では、と軍は見ているわ」
「へぇ?」
ホークアイの言葉にエドは片眉を上げた。
「ファンなのに嫌がらせするの? 普通逆じゃん? 恨みを持ってる、とか」
「その線も考えてはいるわ。でも、クリスティ・ドール自身が、最近身辺に妙なことが起こると言っているの」
ホークアイは後ろに首をめぐらせて、エドの言葉を書きとめていたフュリーに頷いた。フュリーが話し出す。
「どうも誰かに見られているらしい、と。楽屋に花束が届くのはしょっちゅうだそうですが、その中の白い花束に『忘れるなかれ、逃げられない。貴女のことを誰よりも知っている者より』と書かれたカードが添えられていた、それから、箱の中に医療用のメスが入っているというプレゼントもあったようです」
「そして先ほど会った彼女から判明したのだけど、同一の差出人からのカードが、実は爆破予告と共に彼女に届けられていたのよ。そのメッセージから、おそらく犯人は彼女のファンではないか、という推測ね」
「……なるほど」
エドは手を顎に当ててうめいた。



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