_______+そして全てに幕は下りる+___




フュリーが紙に何かを書き記しながらしみじみと言う。
「熱狂的なファンってヤツは怖いですねぇ」
まぁクリスティ・ドールはすごく綺麗な女性ですし無理もないですが、と続けた彼に、エドはピンと来た。
「あれ、ひょっとして曹長も彼女のファン?」
「え、いや……そ、その」
フュリーは赤くなってしどろもどろに言葉を継いだ。
エドはわざとにやにや笑う。
「へぇー、なるほどねぇ」
「どう、どうだっていいじゃないですか、そんなこと……。あ、そうだ」
フュリーはエドの顔に視線を固定する。
「エドワード君って、ちょっと似てますよね、クリスティに。顔の雰囲気とか、金髪具合とか」
「はぁっ!?」
エドは思わず椅子から立ち上がってしまいそうなほど面食らった。
似てる? オレが、あのクリスティと?
なんと返していいか咄嗟に思いつかず、言葉の出てこないエドを横に、フュリーはホークアイに同意を求めている。
「似てません?」
「そうね、言われてみれば……」
二人してエドの顔を見ながら話している。
中尉まで何を言い出すんだ、とエドは慌てた。
「あ、あのさ!」
ようやく少しペースを取り戻し、二人に割って入る。
「オレ、男なんだけど……女優に似てるって言われてもさぁ……」
嬉しくねぇ、とエドが拗ねてみせると、
「そ、そうだよね! ごめん、エドワード君」
途端にフュリーは謝った。こういう素直さが彼のいいところだとエドは思うので、これ以上気にさせないように早めに話を変えた。
「それより、今は事件の話! ねっ、中尉」
ホークアイは冷静に頷き、目線を合わせるようにかがんで、ルーを見た。
「そうね。じゃあ、次は君の話を聞こうかしら。……話してくれる?」
ルーは目をぱちぱちとさせ、隣のエドを見上げてきた。
青い軍服の袖を引く少年の手が求めているものがなんだかわかって、エドはルーと手をつないだ。
「ん、大丈夫だから」
安心させるように笑ってやる。
ルーはこっくりと頷くと、ホークアイへと視線を戻した。そして言った。
「ごめんなさい」
そのままぽろぽろ泣き出したルーに、エドたちは驚いて顔を見合わせた。
どうして彼が泣くのだろう。
ホークアイがそっとルーの肩に手を置き、優しく尋ねた。
「何か知っているの?」
泣きながら、ルーはふるふる首を振った。
しゃくりあげ、それでも言葉を紡ぐ。
「ルー、本当は劇団の子役じゃないんだ」
「え?」
「僕、劇のこと新聞で見て、お芝居楽しそうだなって思ったから、お父さんに連れてってもらって、本当の役の子とこっそり代わって、勝手に出ちゃったんだ……ごめんなさい」
ひっ、とルーの喉から空気が漏れる。それから、ごめんなさい、ともう一度言った。
「それを怒るのは、私たちの仕事ではないわ」
ホークアイはハンカチを取り出してルーに渡した。ルーはそれで涙をごしごしと拭いた。
「……それで、君のお父さんは?」
「病院に帰ったと、思う」
ルーが答える。
「病院? ご病気なのかしら」
「ううん、医者なんだ。トマス・レッドブルームっていうんだけど」
「ひょっとして、レッドブルーム病院の?」
「うん。そこの院長なんだ、お父さん」
聞いたことがあるな――エドは記憶を探った。確か東部でも結構大きな病院だったはずだ。
そこの院長が父親ということは、ルーはかなり裕福な家の息子ということになる。
「舞台に出て、何か気づいたことはない?」
「すごく眩しくて、目をつぶっちゃったから……わかんない」
「そう……」
ホークアイは立ち上がった。これ以上訊いても有益な情報は得られないと踏んだのだろう。
「もういいわ、ありがとう。今日は遅いし、家まで送らせるわね。もしかしたら、いずれまた話を聞くことになるかもしれないけど」
「ハンカチ……」
「いいのよ、あげる」
ふっと微笑んだ彼女の顔は優しく、自分に向けられたものではなくてもエドは心が柔らかくなるのを感じだ。中尉は素敵な人だ。
「エドワード君も、ありがとう。アルフォンス君に、あなたのお兄さんを遅くまで拘束してごめんなさいと伝えておいてね」
「……あー、うん」
エドは髪の毛を指でいじった。あはは、とどうしても笑いが引きつってしまう。アルの出迎えは頭痛の種だ。


これからまだ残業だろうホークアイとフュリーに別れを告げて、エドは廊下で深々とため息を吐いた。
――――疲れた……。
ホークアイはエドも車で送らせると言ったが、エドはそれほどの距離でもないし、大わらわな軍部の手を煩わせたくないと断った。
それどころか、ルーを外まで連れて行く役目まで引き受けてしまった。
忙しい彼らの負担を少しでも減らせるなら、ということで。
それに、ルー自身がエドともう少し一緒にいたがったからでもある。
外に出ると、星空が広がっていた。
ホークアイが伝えておいてくれたらしい車が見えたので、ルーの手を引く。
運転席の軍人がエドに会釈し、エドも会釈し返した。ルーにドアを開けてやり、
「じゃあな」
座席に乗り込んだルーが、エドにぎゅっと抱きついてきた。
「ねぇ、エドお兄ちゃん」
「ん?」
「エドお兄ちゃんは、弟を、裏切らないでね」
するりと腕が解かれ、ドアが閉まり、車が発進する。
呆然とそれを見送るエドの中で、こだまする声。
『エドお兄ちゃんは弟を裏切らないでね』
アルフォンスの幼いころの顔と、鎧の顔と、それからなぜかロイの顔が浮かんだ。
車が見えなくなるまで、エドはその場に立ち尽くしていた。
「……どういう、意味だ」
それは誰に向けて問う言葉だったか。



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